第52話 高まる緊張
オブシディアン領の中心街を出て街道を東へ進んでいると、傭兵たちが魔物を討伐しているところを、たびたび目撃するようになった。
魔物を討伐するのは騎士団だけの仕事ではない。国の管理下にある街道沿いはともかく、騎士団が国土の全てに目を光らせておくわけにもいかないのだ。なぜなら、王に仕える組織である騎士団に守られてばかりでは、各地の領主の威厳が薄れてしまう恐れがあるからだ。
テオと出会った町に魔物狩りのギルドがあったように、それぞれの領では独自のやり方で魔物を退治している。ロザリアの父が治めるルベウス領と同じく、オブシディアン領でも、領主が私兵を雇って魔物を討伐しているという。
ここまでの旅路でも、騎士団員が魔物を倒しているところは何度か見てきた。「東の森」へ近づくにつれて魔物は増えてくるため、騎士団だけでは対処しきれなくなってくるのだろう。オブシディアン領内でも、中心街へ到達させないように、東側の地域を重点的に守っていると聞いていた。
しかし、何度かオブシディアン領を訪れたときには、ここまで魔物の数が多いとは感じなかったはずだ。そんなロザリアの疑問を代弁するように、シュヴェルトがユースに問いかけた。
「このあたりは、いつもこんなに魔物が多いのか?」
シュヴェルトは眉をひそめて険しい顔をしている。問われたユースも同じような表情をしていた。
「いや……少し前に、魔物が増えていると聞いて傭兵を増やしたばかりなのだけれど……そのときより更にひどくなっているかもしれない」
「何らかの理由で、魔物が活発になっているのでしょうか?」
ユースは、うーん、と唸る。ロザリア自身も、思いつきで言ってはみたものの、納得はできていなかった。
「もしくは……他領がわざと魔物を見逃しているか……」
シュヴェルトが声を落とす。明言はしなかったが、言わんとしていることは十分伝わった。
もちろん、普段から魔物の数に多少の増減はあるだろう。ただ、その数は「東の森」からここに至るまでの討伐数に左右されている。
その中でも主要なのは、やはりアメジスト領の動向だ。魔物をわざと見逃して、他の領地に流れ込ませる。そんなことがあり得るのだろうか。
「だとしたら、何のためにそんなことを……本当に反乱でも起こすつもりなのか……?」
ユースが独り言のように呟いて、東の空を振り仰いだ。ロザリアも釣られて顔を上げる。
思いを馳せるのはアメジスト領、そこへ向かっているセレンのことだ。翼を広げて飛んでいった使い魔の姿が脳裏に浮かぶ。どうか彼女の元へ届きますように、と願わずにはいられなかった。
*
その日は、日が暮れる前に、宿のある町で馬を降りた。小さな町ではあったが、魔物の侵入を防ぐため、魔術障壁に覆われていた。強度としては王都や中心街のものには劣るものの、補強のための防御魔術を町の住人たちに教え、障壁の維持を民に任せているという。魔道具の生産が盛んなオブシディアン領だからこそ実現できていることだ。
宿に泊まると決めたのは、魔物が増えて危険なのと、ユースにまで野宿をさせるのは流石に気が引けたからだ。
「急ぎたいところですが、仕方がないですわ。ユースお兄様に野宿をさせるわけにはまいりませんもの」
ロザリアが言うと、シュヴェルトがじっと……いや、ジトっとした目でなぜだか見つめてきた。
「……その言葉、そっくりそのままお返ししたい」
「え?」
シュヴェルトのぼやいた言葉に、ロザリアは首を傾げた。それを見て、気がかりそうに暗い顔をしていたユースが、不意に頬をほころばせた。
「ふっ。君はやはり、ロザリアの野宿には反対だったんだね」
シュヴェルトは何やら感慨深そうにゆっくりと頷く。
「ああ。できる能力があるのは認めるが、実際にやらせるのは気が引けるものだ。ロザリア嬢にも、少しは私の気持ちをわかってもらえただろうか?」
「んん……」
ロザリアは唇を曲げた。なるほど、それは言い返せない。
ここにいるのは、魔術学院を首席で卒業したユースである。ロザリアにもちゃんと野宿ができたのだから、彼にもできないはずはないとは思う。それでも野宿をさせたくないのは、貴族令息たるお兄様に不便を強いるのが心苦しいからだ。
……ロザリア自身も貴族令嬢ではあるが、それは一旦、棚に上げておくこととする。
「まあまあ。ほら、僕の場合は自領内での野宿になってしまうから、ロザリアも気を遣ってくれているんだろう? 野宿をしてみたかった気持ちは、よくわかるよ」
「まあ! 本当ですか? ではまた機会があれば、ユースお兄様もご一緒に野宿をいたしましょう!」
「できればそれは、私のいないときで頼む……いや、私が付き添っているほうがまだマシか?」
真剣に悩むように唸りながら、シュヴェルトが首を傾げる。その様子に思わず、ユースと二人で笑い合った。おかげで、肩の力が抜けたような気がした。知らずのうちに自分も、旅の行末を案じて緊張していたようだ。
もしかすると、シュヴェルトがわざと和ませてくれたのかもしれない。ほっとしたように二人を見下ろす翡翠色の瞳を見て、ロザリアはそう思うのだった。




