第51話 使い魔を飛ばす
ロザリアたちは馬を連れて街を出た。テオの託した白毛の馬は、まるで彼の言いつけを守っているかのように、新たな乗り手となるユースにも、しっかりとついてきていた。
街に来たときは一緒だったテオがいないことにはまだ慣れないが、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。
この先にはどんな危険が待ち受けているかわからないのだ。そして、一刻も早くセレンを追いかけなければならない。
目的地となるアメジスト領へは、一番大きな街道に沿って進めば辿り着く。何か理由がない限り、セレンも同じ道を通っているはずだが、今現在の居場所までは、はっきりとはわからない。まだアメジスト領に足を踏み入れていなければいいのだけれど。
不安と心配に気を引き締めつつ、ロザリアは馬に乗ろうとした。だがその前に、ロザリアとユース、二人の魔術師に向かって、シュヴェルトがあることを提案した。
「的外れなことを言っていたら申し訳ないのだが……セレンディーネ様の元へ、使い魔を飛ばすことはできないのか? 危険を知らせることができるのではと思ってな」
魔術に明るくないシュヴェルトは、控えめにそう問いかけた。ユースが悩ましげに唸る。
「街から出た今なら可能だけれど……どこにいるかわからない人に使い魔を届けるのは難しいんだ。それに、セレンが魔術障壁の中に入ってしまっていれば、届けることはできない」
「そうなのか……」
シュヴェルトは落胆したように呟いた。魔術を愛する天才魔術師としては、彼の寄せてくれた魔術への期待を裏切りたくはない。ロザリアは何か手はないかと考え、声を上げた。
「やってみる価値はありますわ! セレン様の魔力を強く思い浮かべて、それを探すよう使い魔に組み込めば……」
ロザリアは目を瞑り、顎に手を当てて、魔術師としての頭をくるくると働かせる。
通常、伝言のために使い魔を飛ばすときは、その人がいる場所を思い浮かべるものだ。だが、相手がセレンほどの魔力の持ち主であれば、居場所ではなく魔力を思い浮かべるのも、さほど変わりないのではないだろうか。たとえセレンが魔力隠しをしていようと、魔力の塊である使い魔にとってはお見通しだ。
そんな理屈を説明する前に、なるほど、とユースも頷いてくれた。
「相手がセレンだからこそ、だね」
「ええ。あとは、セレン様が障壁の外にいらっしゃることを願うばかりですわ」
安全なところにいてほしくないなんて皮肉なものだが、魔術障壁は魔力を弾くようにできているため、魔物と同じく使い魔も通り抜けることができないのだ。
けれど、一か八か、やってみる価値はある。ロザリアはさっそく、使い魔を作り出そうとローブの袖をまくった。しかし、ユースがそれを止めた。
「ここは僕に任せてくれないか? セレンを思い浮かべればいいのであれば……僕にもできる自信がある」
「まあ……! でしたら、ぜひお願いいたしますわ!」
ユースが乗り気であることに、ロザリアの声は弾んだ。少し前までは卑屈になって、セレンへの想いを押し込めていた彼が、その気持ちを隠さないでいられるようになったのだ。そんなロザリアの嬉しさが伝わったのか、ユースは照れくさそうに笑った。
改めて、心を落ち着かせるように、ユースが深呼吸をする。手の中に魔力を集めて、使い魔を作り出した。彼がよく使うのは鷹の形だ。
「ほう……フクロウじゃないんだな」
シュヴェルトが不思議そうに言った。ロザリアの出す使い魔が毎度フクロウだったからだろう。
使い魔の鷹は、その場で一回転してから、ユースの腕に止まった。
「使い魔は、魔術師の性質や状況に応じて形を変えるものだよ。今のように伝言を預ける場合、鳥の形ならなんでもいいわけだが……とりわけ、ロザリアはフクロウが好きなんだ」
ユースは鷹の頭を撫でながら言った。
シュヴェルトは「そうだったのか」と呟き、ユースと二人揃って微笑ましそうにロザリアを見てくる。なんだか恥ずかしい。
「か、勘違いなさらないでくださいませ! 決して、わたくしの趣味嗜好というわけではなく、最古の魔術師ベルガモットがよく使っていたのがフクロウ型だったという記録が残っているので、それに倣っているだけですわ!」
矢継ぎ早に弁明すると、ユースが「ふふ、そうだったね」と笑った。あまり響いていないようだ。
確かに、鳥類の中でもフクロウは可愛さと凛々しさを兼ね備えた素晴らしい生き物だけれど、それだけの理由でフクロウを選んでいると思われるのは、魔術を愛する者として、なんだか癪なのである。無論、フクロウが嫌いなわけではないけれど。
ひとり納得がいかないロザリアを、慣れた様子であしらいしつつ、ユースは切り出した。
「じゃあ肝心の、セレンへの伝言は何と言おう?」
その問いかけに気を取り直し、ロザリアはシュヴェルトと顔を見合わせた。そして、どちらからともなく頷き合う。意見の一致を感じた。
「ユースに任せる」
思った通りの言葉をシュヴェルトが返すのに、ロザリアも大きく頷いた。
ユースは「そうだなぁ」と少し考えてから、深呼吸をして口を開いた。
「『すぐに追いかけるから……アメジスト侯爵のところへは行かないでくれ』──そう、セレンに伝えてくれるかい?」
鷹は主人の言葉に、キィ、と一声鳴くと、高く飛び立った。遠ざかっていく鷹を目で追いかけながら、ユースの頬が赤くなっていることには、気づかないふりをするのだった。




