第55話 フクロウの導く先
使い魔のフクロウは街道から外れて飛んでいく。ロザリアたちは馬をゆっくりと歩かせながら、木々の合間を進んだ。ときおり現れる魔物を倒している間も、使い魔はじっと待って、終わると再び飛び始めた。
やがてフクロウは、ごつごつとした岩場の前でこちらを振り返った。行き止まりだ。ロザリアたちは馬を降りた。見上げると高い崖になっている。崖の上へ行くには、街道に戻って回り込まなければならない。
まさか、ここを登らせるつもりではあるまい。魔術を使って飛び上がるにしても、「浮遊の魔術」の範囲には収まらず、未だ成功者のいない「飛行の魔術」に挑戦することになるだろう。それもやぶさかではないが、今からでは流石に日が暮れてしまう。
そう考えている間も、フクロウはじっとロザリアのほうを見つめてきた。まるで自分たちがどうするのか、見定められているかのようだった。
「あなたは、何を……」
ロザリアが問いかけようとしたとき、使い魔は再び岩場のほうへ向き直った。そして、崖の上へ向かうのではなく、目の前の岩と岩の間に空いたわずかな隙間へ、半透明な身体をするりと滑り込ませた。
「なっ……消えた、のか?」
岩場に駆け寄り、シュヴェルトが呟く。ロザリアは魔力探知をした。
「……いえ。使い魔の魔力は、まだ存在しています」
「岩場の一部が、空洞になっているようだね」
ユースも魔力探知をしているのか、俯きながら言った。
「だけど、人間の気配はないな……そもそも、人が入れるような隙間はないし」
どうやら、使い魔は主人の元へ導いていたのではなかったらしい。ユースの見解を聞き、ロザリアはさらに魔力探知の範囲を広げた。確かに、岩場の中に人間の気配はない。助けを求める人がいなかったのは幸いだが、ここまで来て引き返すのも後味が悪い。そう思って探知を続けていると、
「……あっ! 奥に魔物の気配が……!」
ロザリアは声を上げた。同時に、魔力探知をしていたユースが顔を上げる。
「ああ、僕も見つけた。数は一つ……だけど少し魔力が高いな……」
「強い魔物が潜んでいるということか」
シュヴェルトが眉をひそめる。
「ええ。魔物にとっては絶好の隠れ場所なのでしょう。ここで魔力探知をしなければ、見つけられなかったでしょうし」
フクロウは、この魔物を退治してほしくてロザリアたちを連れてきたのだろうか。使い魔の魔力がまだ岩の向こうにあるのを感じる。ロザリアたちを待っているのかもしれない。
「おびき寄せられた、とは考えたくはないけれど……」
ユースが警戒を口にする。ロザリアも同感だった。しかし、魔物の気配を探知してしまった以上、そのままにしておくわけにもいかない。引き返すという選択肢は三人の中にはなく、満場一致で魔物を退治していこうということになった。
「だが、どうやって岩場の中に入る? 魔術でどうにかなるものなのか?」
「ちょっと、見てみよう」
シュヴェルトの疑問を受け、ユースが岩場に手を当てて目を閉じた。この仕草は集中して探知系の魔術を使うときの定石だ。ユースが手をついた場所から、魔力の発する青白い光が徐々に広がっていく。彼がどの魔術を使っているか、ロザリアにはわかった。
そんな最中、シュヴェルトがロザリアの隣に立って、こっそりと尋ねてきた。
「これは……何をしているんだ?」
ユースの邪魔をしないためか、体をこちらに傾けながら、囁くように言うのがくすぐったい。動揺を悟られないよう、ロザリアは張り切って淀みなく答えた。
「ユースお兄様は今、力の流れを見ていらっしゃいますの。一般的に『解析の魔術』と呼ばれており、魔術の精度だけでなく力学の知識も必要で、近代になってから確立された新しい魔術なのですけれど、物理的な力の流れを魔力によって再現することで……」
そこまで言ったところで、ロザリアは我に返った。勢い余って力説しすぎた。それを自覚するのと同時に、シュヴェルトが真剣な眼差しで聞いてくれていることに気づいた。
ロザリアの話を聞き漏らすまいと、彼の翡翠色の瞳が、まっすぐこちらに向けられている。意識してしまうと、途端に恥ずかしくなってくる。
そう思ったところで、ちょうどユースの解析が終わったようだった。
「うん、やっぱり。崖にあいた空洞の入口に、大きな岩が嵌っているだけみたいだ。この岩を取り除くだけなら、崖が崩れる心配はないだろう」
ユースが岩をぺたぺたと叩いて示す。言われてみれば、そこだけ周りの岩場と質感がわずかに違って見える。使い魔の入り込んだ隙間は、ちょうどその丸まった角にあたる位置だった。この岩を取り除くだけ、とはいうものの、岩はシュヴェルトの背の高さほどはある。しかし、ロザリアは自信満々に胸を張った。
「では次は、わたくしにお任せください!」
そう宣言し、照れる気持ちを抑えつつ、どんな魔術で対処するかに意識を向けた。魔力をぶつけて破壊してもいいが、周囲の岩まで巻き込んだら大変だ。ならば、と考えを巡らせる。
「じゃあ、君に任せるよ。下手に他人が手を出すと、制御できなくなるからね」
ユースの言葉に、なるほど、とシュヴェルトが呟く。ロザリアは彼らを見やって頷いた。
「お二人とも、少し離れていてくださいませ」
その言葉に、二人は馬の側まで下がって、ロザリアを見守る姿勢になった。
ロザリアがやろうとしているのは、周りを巻き込む恐れがある危険な術だ。もちろん、実際に巻き込むなんてヘマはしないが、少しでも憂いを取り除いておけば、魔術の精度は上がる。
岩場に嵌った大きな岩。とてつもなく重いであろうもの。人間一人の腕力で動かすことは不可能だ。しかし、怯んではいけない。想像する。自分の魔力、そして魔術なら、容易く動かせる──引き寄せられる、と。
ロザリアは岩から少し離れて立ち、袖をまくって手のひらを前に向けた。選んだのは「引力の魔術」だ。
「重力の魔術」の応用で、自分と対象との間にだけ局所的な重力場を生じさせ、対象をこちらへ引き寄せる。加減を誤ると自分のほうへ岩が吹き飛んでくることになるし、うまく対象を絞れていないと、周りのものを巻き込んで引き寄せてしまう。
強力な魔術だが、だからこそロザリアは好きだった。自分の背丈よりも大きな岩を、動かすことができる。腕力がなくてもできる。どんな人間にだって、できないことはないのだと思わせてくれる。そんな魔術の良いところを如実に表しているからだ。
ザリザリと擦れる音を響かせながら、岩がゆっくりと動き出す。よし、対象は絞れている。そのまま気を抜かずに引き寄せていく。完全に岩場から取り除けたところで、慎重に傍らへ降ろした。
ふぅ、と息をつき、腕を下ろす。岩から目を離し、顔を上げると、予測通り眼前には空洞が現れていた。そして、使い魔の姿もそこにあった。
ロザリアの魔術が終わったのを見て、ユースが側に立った。
「お疲れ様。いつ見ても君の魔術は迷いがなくて、お手本のように綺麗だね」
「まあ、ユースお兄様ったら。褒めても何も出ませんわよ」
ロザリアが気を良くしていると、シュヴェルトが驚いたように言った。
「ユースから見てもそうなのか。私が魔術に疎いから、何度見てもロザリア嬢の魔術に惚れ惚れしてしまうのかと思っていた」
「ほ、惚れ……!?」
ロザリアの口から頓狂な声が出た。落ち着け。彼は魔術を褒めたのだ。ロザリア自身を、ではない。
しかしロザリアにとって、いや、魔術師にとって、魔術とは人生そのもの。ともすると、家柄や容姿を称えられるよりも、魔術を褒められることのほうが、何よりも嬉しかったりするのである。相手がシュヴェルトなら、なおさらだ。
「あ……ありがとう、ございます」
彼の顔を直視できずに俯いた。ロザリアの頬が赤くなる理由に、シュヴェルトだけが気づいていないのだった。




