第5話 お嬢様の見る夢
ロザリアは温かな夢の中にいた。
「う〜ん……いけませんわ、セレン様……そんなにたくさん、お砂糖を入れて……」
朝日が差し込む部屋の中に、ロザリアの声だけが聞こえる。
「え? 蜂蜜もおすすめ? あぁそんな……ユースお兄様まで……」
唸りながら寝返りを打つ。
「わたくし、『恋』を食べたことは…………ん?」
耳から聞こえた自分の言葉を不思議に思い、ロザリアは目を覚ました。
「……恋は食べ物ではありませんわ」
ロザリアは寝ぼけていた自分に呆れて吐き捨てた。
変な夢を見た。恋とは何かを考えていたことと関係があるのか。二人から甘いお菓子を勧められる夢だった。
意味のわからない夢だったが、これが未来予知でないことだけはわかった。
次の日もその次の日も、ロザリアは「未来予知の魔術」を再現しようと試みていた。
しかし、あの日のような現実味のある夢を見ることは叶わなかった。おかしな夢を見るたび、あの日の夢が普通ではない、特別なものであったと実感する。
ロザリアはひとまず、あの悪夢が未来予知の魔術を使った結果であると仮定した。
そして図書館から借りてきた「未来予知の魔術〜失敗集〜」を参考に、再現できない原因を洗い出してみた。
魔術とは、「体内の魔力を消費して、思い描いた事象を引き起こすこと」である。
強く思い描けていればいるほど成功しやすくなり、魔力の消費も抑えられる。
たとえば、「治療の魔術」は患部に杖の先や手のひらをかざして使用するのが一般的で、魔術学院でも初等部で習う初歩的な魔術だ。
しかし、目視できない相手に対して使用する場合、成功率は極端に下がる。
見えない相手の傷を思い描くことは難しいからだ。このように「想像力」が足りない場面では、消費する魔力も増え、魔術の難易度は跳ね上がるのだ。
(これを未来予知の魔術に置き換えると……)
「未来」を想像することすら難しいのに、「未来を知ること」を想像するのは、更に難しい。
目の前に映るものは常に「今」だからだ。
──ならば、「今」を目にしていない、夢の中でなら?
つまり未来予知の魔術は、睡眠時に成功率が上がるということだ。
起きている状態では、どんな魔術師でも再現することができないほど、難易度が跳ね上がるのかもしれない。
失われた魔術と呼ばれるのも無理はない。ロザリアも自分があんな夢を見なければ、突拍子もない仮説だと思っただろう。
「失敗集」の中にも、寝ている人に対して使用する魔術なのではないかという仮説はあったが、寝ている本人が使うという検証は流石になかった。
魔術を成功させるためには、強い意思が必要だ。
「やりたいこと」を強く思い描き、「必ずできる」と強く信じること。
眠りながらでもそれが可能な魔術師など、そうはいない。
天才魔術師たるロザリアも、簡単に再現はできていないのだ。
睡眠時に行うべき魔術であるというのは、あくまで仮説だ。あの日は他にも自覚していないところで、何か成功率を上げる条件を満たしていたのかもしれない。
一度成功したのであれば、ロザリア自身の魔力に不足はないはずだ。
あるいは単純に、実現させたいと願う気持ちが足りないということも考えられる。
寝ている間に魔力を消費するということは、身体は十分に休まらない。そのせいでまた授業中に居眠りをしてしまうかもしれない。
そんな雑念が、魔術の成功を妨げているのなら……
「休日の前夜なら、成功するに違いありませんわ!」
──そう結論づけて、迎えた週末。
ロザリアは、あの日と同じ夢を見た。
*
見覚えのある、冷たい城の中。王城に似ているようにも見えるが、断定はできない。この国にある城は、大体が同じような構造をしている。
今度は夢だとわかっているから、これが本当に未来の出来事なのか、いつどこで起こることなのか、少しでも情報を集めようと目をこらした。
目の前にセレン王女の姿がある。その隣にいるのは──
(ダメですわ。お顔がぼやけて……)
背が高く、服装からして男性であることはわかるが、肝心の顔が見えない。やはり、まだ知らない人だからだろうか。
そう思っていると、ロザリアの口がひとりでに言葉を発した。
「──あなたは、その方に相応しくありませんわ!」
(この声……やはり、わたくしの……)
間違いなく自分の声であると認識し、これからセレンを害するのは自分自身なのだと突きつけられたかのようだった。
ロザリアが動揺している間に場面が変わる。
男性がこちらに手を伸ばしている。彼の隣にいたはずのセレンは、ロザリアのそばにいる。
(セレン様……どうしてそんな、怯えたようなお顔を……)
それを認識した瞬間だった。自分の腕がセレンを突き飛ばした。
困惑と悲しみの混ざった表情でロザリアを見上げるセレン。
その姿に心を痛める、現実のロザリアの感情を押しつぶすように、夢の中のロザリアの感情がのしかかってきた。
愉悦、失望、憎悪。
まるで、身体の中に別人の感情を詰め込まれたかのようだった。ロザリアの心が許容できる感情の限界を超え、夢の中なのに気を失いそうになった。
(うぅ……見ていられませんわ……!)
そう思ってしまったのが「魔術」に作用したのか、目の前が一瞬、真っ白になった。
(いけない! まだ、見ていなければ……! この未来を回避するための手がかりを……!)
この夢を見たくないと念じてしまったら、きっと未来予知の魔術が終わってしまうのだ。
浮上しそうになる意識を抑え、無理やり夢の中へと意識を戻す。
真っ白だった視界の中に声が聞こえてくる。
「──復讐してやる。お前の大切なもの──すべて滅ぼしてやる!」
おどろおどろしい声だった。自分の身体が発しているとは思えないほど。
あの日見た夢の最後の場面だ。
視界を取り戻したロザリアの目に飛び込んできたのは、巨大な生き物の姿。黒紫のモヤに包まれている──魔物だ。
それはロザリアの身体から生み出されたかのように見えた。
(わたくしが、魔術で? しかも、この形は──ドラゴン……!)
ドラゴンとは、かつて巨大な翼で空をかけていたという動物で、現在は絶滅している。
魔物は絶滅した動物の姿を形作ることができる。そして魔術師もまた、自らの魔力で様々な動物の形をした使い魔を生み出せる。
悪意をもって作られた使い魔は、魔物と区別がつかない。いや、魔物と呼んでも差し支えないだろう。
魔力によって形作られ、人を襲う生き物。それが魔物である。
この魔物は、ロザリアが魔術で作り出したのだろうか。であれば相当な魔力を消費するはずだ。
そう思った途端、視界がぐるりと回転した。ロザリアの身体は力尽きたようにくずおれた。
ドラゴンの形をした魔物は、ロザリアの意をくむように、けたたましい声で叫んだ。すると、空からおびただしい数の魔物が現れた。
街を逃げ惑う人々に、魔物は空中から容赦なく襲いかかる。その様子を城のバルコニーに横たわりながら眺めていた。
遠くの空へと飛んでゆく無数の魔物たちは、この国の全ての街にこの光景をもたらそうとしているのだろう。
セレン王女の大切なもの──この国の民。
その全てを滅ぼすことが「彼女」の選んだ復讐なのだ。
頬に涙が伝うのがわかった。その涙を流したのは、現実のロザリアか、夢の中のロザリアか、わからなかった。




