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第4話 図書館とお兄様


 放課後、ロザリアは魔術学院の図書館へと向かった。


 悪夢を戒めとしてセレン王女を守るため、まずは「未来予知の魔術」について、もっとよく調べておきたい。



 昨晩読んでいた本は、屋敷の書棚の中からさっと選んだ軽い読み物だった。もっと詳しく知るためには、他の魔術書にも目を通すべきだろう。


 魔術について書かれた本を総じて魔術書と呼ぶが、子ども向けの絵本のようなものから、数千ページにも及ぶ研究論文まで様々な本がある。


 そんな魔術書の全てが揃っていると言っても過言ではないのが、王立魔術学院の図書館だ。


 この国で最も多い蔵書数を誇り、魔術学院の生徒でなくても利用ができる大規模な図書館である。


 ロザリアも、物心ついたときから、しょっちゅう連れてきてもらっていた。


 だが、未来予知の魔術に関する本を探すのは初めてだ。


 昔からその存在は知っていて、ロマンのある魔術だとは思っていた。しかしそれよりも、様々な魔術を使いこなせるようになることで手一杯だった。


 魔術を極めるには、時間がいくらあっても足りない。それがあらゆる魔術師の悩みである。


 天才魔術師を自称するロザリアも例外ではなく。未来予知の魔術は、いつか本格的に挑戦してみたい、という未来の課題のひとつにしていた。


 まさか、寝ている間に成功させたかもしれない、なんて状況に悩まされることになるとは。


 これだから魔術は面白い。



 ロザリアは、めぼしい本を数冊抱えて、空いている机の前に陣取った。どさりと本を置き、ふうっと息をつく。


 今日はさほど利用者が多くないようなので、遠慮なく居座らせてもらおうと、椅子に深く腰掛けた。


 机の上に、本の表紙を並べる。序章をペラペラとめくってみた限りでも、未来予知の魔術に関する見解は、著者によってさまざまだとわかる。


 いかにロマン溢れる魔術であるかを情熱的に書き連ねたものもあれば、そもそも存在していたという通説に対する批判的な意見もある。さらには、再現しようと挑戦した魔術師による失敗集なんてものまで。


 そんなものも集まるのが魔術学院の図書館の良いところではあるが、未来予知の魔術に関しては、どこの図書館も同じようなものだろう。


 なにせ、存在していたことを示す記録は、最古の魔術師ベルガモットの残した記述しか現存していないのだ。


 ゆえに、たとえ失敗集であろうと貴重な記録だ。中には、著者の創作に等しい記述もあるが、想像力が要となる魔術の世界において馬鹿にはできない。



 さて、どの本から読み始めようか。机に並べた表紙を眺めながら、顎に手を当てて考えていたときだった。


「──この席、いいかな?」


 突然、声をかけられ、ロザリアは弾かれたように顔を上げた。目の前の本たちに夢中で、誰かが近づいていることすら気づけなかったようだ。


 一瞬、驚いたものの、ロザリアはすぐに安堵の笑みを浮かべた。


 目が合ったのは、見知った人物であった。


「まぁ! ユースお兄様!」


「随分集中していたみたいだね」


 そう言って呆れるように微笑んだのは、黒髪の男子生徒──ユース・ノクス・オブシディアンである。


 お兄様と呼んではいるが、ロザリアのひとつ年上の従兄だ。


 彼はロザリアの向かい側の椅子を静かに引いて腰掛けた。


「聞いたよ、ロザリア。今朝は悪い夢を見たんだって? セレン様が心配していたよ」


 ユースは声を落として言った。ここが図書館であるのもさることながら、内緒話のつもりで切り出したのだろう。


「あぁ……セレン様ったら……」


 あのときのロザリアは、規律正しい侯爵令嬢にあるまじき行動をしたのだ。


 許してくれたとはいえ、セレンも不思議に思ったことだろう。あの出来事がユースの耳にも入ることは予想ができた。


 ただ、こうしてユースが真っ先に話題に出すあたり、セレンはよほど心配そうに彼に話したのだろう。


 思ったよりも大事になってしまって、申し訳なさが募る。一方で、彼女の優しさを改めて感じた。


「いったいどんな夢を見たんだい?」


 ユースがそう問いたくなるのも無理はないだろう。


「それは……」


 ロザリアは言い淀み、机の上に目をやった。未来予知の魔術について書かれている本ばかりが集まっていることは、察しのいいユースならひと目でわかるだろう。


 彼は少し身を乗り出して、更に声を落とした。


「まさかとは思うが……『未来予知の魔術』を成功させたのかい? もしかして、その悪夢が?」


 ロザリアは曖昧に首を傾げた。魔術にはいつも自信のあるロザリアであるが、今回ばかりは自分でもわからない。


 ──いや、夢の中で見たものが未来の光景であると、認めたくないだけかもしれない。


「未来予知ではないといいのですけれど……あんな未来なんて絶対に嫌ですもの」


 たとえ、卒倒しそうな暴言を吐いていた悪女が、ロザリアではない誰かだとしても、セレンが傷つくことには変わりない。そんな未来なんて、断じて認められない。


 ロザリアが眉をひそめていると、ユースが見かねたように声を明るくした。


「そう思いつめる必要はないさ。未来予知というのは、神様からの警告なのかもしれないよ。こんな未来にならないようにってね」


「神様、ですか……」


 この国において「神」とは、この地に魔術を残した、古き民のことを指す。


 今もなお、天空から地上を見守っているとされ、熱心に信仰している魔術師もいるが、ロザリアはさほど信心深くはない。


 魔術の成功率は、己の力量にかかってくる。神という存在が本当にいるのなら、魔術師の先人として尊敬はするが、魔術の上達を祈ったりはしない。


 天才魔術師たるもの、神に頼る暇があれば、修練に励むのである。


 ユースもまた、特段信仰に厚いというわけではなかったはずだ。ロザリアがそう思っていると、彼はふっと笑った。


「あぁ──といっても、その本の押し売りだけどね。僕も読んだことがあるんだ」


 机の上に並んだ本の一冊を指さす。内容を引用して励ましてくれたようだ。


 未来予知が警告であるという考えは、まさに、悪夢を戒めとみなしたロザリアの考えと同じだ。ロザリアを励ますのにぴったりな助言である。


「さすがですわ、ユースお兄様。もしかして、図書館の本を全部読まれたのかしら?」


 冗談交じりに言うと、ユースは小さく笑い声をあげた。


「はは。残念ながら、それはまだだよ。卒業までに間に合うかどうか……」


 その言葉が本気か冗談か、ロザリアには区別がつかなかった。


 昔からよく本を読んでおり、物知りな従兄である。本当に全ての本を読んでしまっても、おかしくはないと思うほど、頼りになるお兄様なのだ。


 ロザリアが感心していると、


「さ、邪魔しちゃ悪いから、僕はそろそろ行くよ」


 ユースは腰掛けたばかりの椅子から立ち上がった。


「え? 本を読みにいらっしゃったのではなくって?」


「あぁ。実は、君の顔を見に来ただけなんだ。図書館に入るのが見えてね」


「まぁ……ユースお兄様にもご心配をおかけしてしまいましたのね……」


「いいんだ。まさか未来予知の魔術について調べているとは思わなかったけれど──」


 彼は机の上に並んだ本とロザリアの顔を交互に見てから続けた。


「思ったよりも元気そうで安心した。セレン様にもそう伝えておくよ」


 ユースはセレンと同学年であるから、会う機会が多い。


 ロザリアは、はっとして付け加えた。


「未来予知の魔術のことは、どうかご内密に……」


「ああ、わかってる。君さえ良ければ、いつでも相談に乗るよ」


「ありがとうございます」



 彼はロザリアの返事に頷き、去っていった。


 結局、ユースにも夢の内容までは話せなかった。むしろ、詳しく聞かれなくて良かったとさえ思う。


 セレンを傷つける未来だなんて、彼女本人に話すのと同じくらい、ユースに聞かせるのは躊躇われることだからだ。


 ロザリアとセレンがそうであるように、ユースとセレンも小さい頃から仲良しである。


 同学年ということもあり、ロザリアの知らないところでも、二人は一緒にいることが多いらしい。


 ──恋人同士だという噂を耳にするほどに。


 昔、噂が本当なのか、ユース本人に聞いてみたことがある。


「僕がセレン様の恋人だなんて、おこがましいよ……」


 そう言って目を伏せたユースの、どこか悲しそうな顔をロザリアは覚えている。


(とってもお似合いのお二人ですのに……)


 彼らは最終学年であるから、あと数ヶ月で魔術学院を卒業してしまう。


 そうすれば「婚約禁止の校則」から解放され、結婚相手探しが本格的に始まるだろう。本人の意思はどうあれ。


 特に第一王女であるセレンは、自分の気持ちだけで結婚相手を選べる立場ではない。


 そのことに漠然とした不安を覚えてしまうのは、一番近くで二人を見てきたからだ。


(あれこそが『恋』というものではなくって……?)


 ユースとセレン。二人の関係。


 あの悲しそうな顔を見て以来、いくら恋愛に疎いロザリアでも、もう本人に直接尋ねようとは思えなかった。きっとまた、同じ顔をさせてしまうだろうから。


 人の感情を揺さぶり、ときに狂わせる、恋というもの。


 ロザリアの脳裏に浮かぶのは、嫉妬に狂う女の夢。


(恋が悲しみを生むものなら、わたくしは恋心なんて知りたくありませんわ……!)


 机の上に並んだ「未来予知」の文字を眺めながら、そんなことを思った。


 ロザリアはひとつ深呼吸をし、手前に置いてある本から粛々と読み始めた。



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