第49話 本音
翌朝。ロザリアは再び談話室で祖父母と話をすることになった。今度は背筋を伸ばして真剣に話をさせてもらうため、窓際の椅子に向かい合わせで座った。
ロザリアに付き添うのはシュヴェルトとユースだ。
テオは「もう猫を被るのはごめんなんでな」と、一足先に屋敷を出て、騎士団詰所に預けた馬たちのところへ向かった。ロザリアが次の目的地──アメジスト領へ行く許しを得られると見越してのことだろう。
「……お祖父様、お祖母様。わたくし、これからユースお兄様と一緒に、アメジスト領へ行くつもりですの」
祖父母を前にして、ロザリアは正直に告げた。そして昨日ユースにも伝えたように、魔術障壁を破った犯人の調査をしていることもちゃんと話した。王都で魔物侵入の騒動があったことは、すでに彼らの耳にも入っているようだった。
祖父母はロザリアの説明を聞き終えたあと、顔を見合わせてから、しばし黙り込んだ。まあ、二つ返事で送り出されるとは、はなから思っていない。けれど、思っていたよりは、厳しくなさそうだった。
沈黙を破って、祖父が口を開いた。
「……セレンディーネ様がアメジスト領へ向かわれたときから、ユースも追いかけるんじゃないかと思っていたよ」
祖父はユースに向かって微笑む。ユースが恥ずかしそうにぎこちなく笑った。
「お見通しだったのですね……ロザリアたちに背中を押され、ようやく決心がつきました」
ユースがオブシディアン家の跡取りとして、正式にセレンへ婚約を申し込んでいることは、祖父母も当然知っているだろう。それに、ロザリアがたびたびユースやセレンの話をしていたから、昔から彼らの仲が良いことも伝わっている。
意外と、反対はされないかもしれない……かと思いきや、祖父はロザリアのほうへ目を向けると、途端に渋い顔をした。
「だが……ロザリアも行くと言い出すとはな……」
腕を組んで唸る祖父に、
「わたくしも、セレン様や民の安全を守るためのお力になりたいのです!」
ロザリアが慌てて力説するも、まだ良い反応は返ってこなかった。
「うーむ……いいかい、ロザリア。ユースはもう成人だ。いくら祖父とはいえ止める権利はない。だがお前はまだ学生の身。危ないところへ行くというのなら、保護者として止める義務がある」
「あなたに何かあったら、あなたの両親に申し訳が立たないわ」
祖母も切実そうに付け加えた。けれど、ロザリアは不服さを隠しきれず、そっぽを向いた。
また子ども扱いだ。セレンや国の危機に、学生もなにもない。それに、まだ旅を終わらせたくはない。
「君はどう思う? シュヴェルト」
場を取り持つように、ユースが話を振った。シュヴェルトは不意を突かれたように、
「私……ですか?」と、なんとか体裁を整えた。
「あぁ。護衛である君の目から見て、ロザリアの旅は危なっかしいかい?」
ユースの質問に、ロザリアの中で希望の光が見えた。シュヴェルトは顎に手を当て、真剣そうに少し考え込んでから、口を開いた。
「……ロザリア様は、すでに自立心と身を守る術をお持ちです。初めて訪れた場所でも物怖じせず振る舞われ、自ら望まれた野営では、ご自身で火をつけてくださり、見張りの使い魔を出してくださいました。もしお一人であったとしても、問題なく旅ができていたのではないかと、思わされるばかりです」
最後にシュヴェルトはロザリアのほうを見やり、かすかに笑みを浮かべた。
シュヴェルトの答えを聞き、ユースが満足そうに頷いた。そういえば彼は、賛成してもらえるようサポートすると言っていた。ロザリアを褒め立てて、祖父母に安心してもらおうという作戦だろう。シュヴェルトはユースからのバトンを見事に察して受け取ったわけだ。
お世辞だとしても嬉しい。けれど、心に引っ掛かるものがあった。黙っておいたほうがいいのかもしれないが、こればかりは、聞き流すわけにはいかなかった。
「……シュヴェルト様。嬉しいお言葉を、ありがとうございます。けれど……買い被りすぎですわ。この旅の中でわたくしは、一人でできることには限りがあると思い知りましたもの……」
そこまで言って、ちらりと四人の顔を見回した。みんな黙ってロザリアの声に耳を傾けてくれている。ひとつ息を吸って、ロザリアは続けた。
「シュヴェルト様やテオさんがいなければ、こんなに楽しい旅にはならなかったでしょう。それに、泊めてくださった宿の方や、馬を貸してくれた方。様々な方のお世話にになりました。ここまで安全に旅をしてこられたのだって、騎士団の方々によって街道の安全が保たれているからですわ」
そう言ってシュヴェルトに微笑み返した。彼は礼をするようにゆっくりと頷いた。
隠し立てはしないと決めたからには、どうしても伝えておかねばならない本音だった。これで反対されたとしても、悔いはない。
向かいに座る祖父は、鋭い眼差しでロザリアに問いかけた。
「……それでもお前は、危険を承知でセレンディーネ様を追うというのか?」
「ええ!」
ロザリアは迷いなく即答した。
「それでも、安全な場所でじっとしていることなどできませんわ! わたくしが皆さんに助けられているように、わたくしも、みなさんの助けになりたいのです」
祖父は神妙そうに目を伏せた。すると、隣で祖母が笑みをこぼした。
「……ふふ、ねぇあなた。ロザリアは見た目よりも、心がずっと成長していたようね」
その言葉に、祖父は目を閉じたまま頷いた。
「……よかろう。もし、お前がシュヴェルト君の言葉に同調していたら、反対していたところだ」
「え?」
つまり、賛成してくれるということだろうか。ロザリアは訳がわからず、首を傾げた。ユースもぽかんとしていたが、シュヴェルトは祖父の言葉の真意に察しがついているようだった。
孫たちに言い聞かせるように、祖父が目を合わせながら続けた。
「どれだけ力のある魔術師でも、隙は生まれるものだ。自分一人の力を過信していないのであれば、いざというとき、他人に助けを求めることができるだろう」
気をつけて行ってきなさい、と真剣な顔でロザリアを見つめたあと、祖父は眉を下げて微笑んだ。少し泣きそうにも見えるその表情は、涙もろい母によく似ていた。
そうして無事に、ロザリアの旅は続くこととなった。




