第47話 噂の真相
旅の話が一段落つくと、泊まっていくよう祖父母に勧められ、三人はユースによって客間へ案内されることになった。
ロザリアにとっては勝手知ったる場所だ。気兼ねはしなくていいと遠慮したのだが、いくつかあるうちの一番広い客間を、満場一致でロザリア一人にあてがわれることになり、ありがたく受け入れることにした。
シュヴェルトは、またもや泊まること自体を遠慮したが、「お祖父様たちの厚意を無碍にはできないだろう?」とユースに説き伏せられ、ロザリアの隣の部屋をあてがわれた。
最後に、そのまた隣をテオが使っていいとわかるや否や、彼は部屋のソファにどかりと座って「はぁー」と気の抜けたような息を吐いた。ロザリアたちのよく知るテオの姿だった。
ロザリアとシュヴェルトは揃ってじっとテオを見つめた。
「……なんだよ」
「いえ……借りてきた猫のようだったなぁと」
「ふん。俺だって、場をわきまえてるんだ」
「今はもういいのか?」
シュヴェルトは目線でユースがいるのを示した。今度はユースが、テオの態度の変わりように、ぽかんとしていた。
まるで気にしていない様子で、テオは無造作に金髪の頭をかく。
「嬢ちゃんの従兄で、あんたの友人なんだろ? なら、もう猫をかぶる必要もねぇかなって」
おどけたように小首を傾げて、テオはユースを見た。ユースは呆れたように微笑んだ。
「あぁ、いいさ。テオと言ったね。ロザリアが世話になったようだけれど、まだ何か隠していることはないかい?」
「え?」
テオはピンときていないのか、険しい顔をした。ロザリアは思い出した。
「そうでしたわ。テオさんは、本当は護衛として同行しているわけではないのです」
「あー、なんだ。そのことか」
「ユースお兄様には、お話しても?」
「ああ。私から話そう」
少し長い話になるだろう。シュヴェルトは、壁際に置かれたデスクの椅子を引き出して座った。ロザリアとユースもテオの向かいのソファへ腰掛けた。
「テオは、ある調査がきっかけで、同行してもらうことになったんだ」
「調査?」
祖父母には話さなかった旅の部分──テオとの出会いのきっかけや、商人から聞いた証言をユースに話した。その話をするには、王都の魔術障壁に穴が空いたのが、経年劣化のためではなかったことを伝える必要があったが、彼も魔術師として薄々感づいていたようだった。
それよりもユースの気を引いたのは、やはり、
「『王女を貰い受ける』か……」
商人が聞いたと言う、怪しげな貴族の発した言葉であった。ユースは眉をひそめて、考え込むように目を伏せた。セレンのことが心配なのだろう。
「セレン様が、ここへ来られたというのは本当なのですか?」
「……知っているんだね。あぁ、本当だよ」
「噂を聞いたのです。それから、アメジスト領のほうへ向かわれたと……」
「それも本当だ」
心ここに在らずといった様子で簡潔に答えた。
「お二人は……ご一緒に王都からオブシディアン領へ来られたのでは?」
その問いに、考え込んでいたユースがようやく顔を上げた。
「いや、それは違う。僕は卒業の次の日に王都を出たんだ」
「では、セレン様が追いかけて?」
「そう、とも言えるのかな。セレンには何も言わずに出てきたから……」
ばつが悪そうに目を逸らした。
どうして黙って出てきたのか、とは聞けなかった。その苦しそうな、あるいは寂しそうな表情の意味が、今のロザリアには痛いほどわかった。
シュヴェルトが婚約すると思い込んで、ロザリアが苦しんだように、ユースはセレンが他の誰かと婚約するところを見たくなくて、王都を離れたのだろう。
そして、セレンはそんなユースに、自ら会いにきた。彼らの気持ちはどのように、互いへ伝わっているのだろうか。側から見ていれば明らかなのに、もどかしい。
「セレンが言うには、アメジスト領へ行く前に、一か八かでうちへ寄ってみたんだってさ。僕のほうが驚いたよ。しばらく会えないだろうと思っていたからね」
ユースの話に、ロザリアは旅の始まりを思い出していた。シュヴェルトにしばらく会わないつもりで、王都を出ようとしたのに、当の本人が屋敷の前で待ち構えていたのだ。
あのときは大層驚いたが、同時に嬉しかったのも確かだ。その上、セレンがシュヴェルトのところへ嫁ぎたがっていたというのが、誤解だとわかり、どれほど安堵したことか。
……けれど、ユースの場合は、誤解とは言えない。セレンが近いうちに誰かと婚約を結ぶことは確実だ。そして冷静なユースは、その相手が自分ではなかったときのことを、真っ先に考えてしまっている。それを、間違っているだなんて、言えるはずもない。
「ではセレンディーネ様は、最初からアメジスト領へ向かわれるおつもりだったのか……」
呟いたシュヴェルトと、顔を見合わせる。酒場で聞いた話。アメジスト侯爵がセレンに婚約を申し込んでいることを、ユースは知っているのだろうか。
その答えはユースの口から聞くことができた。
「『王女を貰い受ける』という言葉……それは、『王女を嫁がせる』ということではないだろうか」
「ほう……それも考えられるか」
確かに、謎の貴族がセレンの命を狙っていたのなら、一度目の襲撃でもっと大規模に仕掛けていたはずだ。けれど実際は、王家の警戒を強めさせただけだった。どちらにせよ、そんな危ない輩の思い通りにさせるわけにはいかないのだけれど。
「ひとつ、心当たりがある……セレンがアメジスト領へ行ったのは、侯爵に求婚されているからだ。けれど、彼女にはそれが不自然に思えたらしい」
「不自然?」
「なんでも、アメジスト侯爵から、婚姻のためにセレンを一方的に呼びつけるような手紙が来たそうだ。そんな無礼な人ではなかったはずだ、と」
「それで、セレン様を行かせたのですか?」
「……」
ユースは苦しげに唇を噛んだ。ロザリアは、しまった、と思った。彼は、謎の貴族による「王女を貰い受ける」という言葉を知らなかったのだ。その正体がアメジスト侯爵であると決まったわけではないが、危険だとわかっていたら当然彼女を引き止めていただろう。そうしなかったことを悔やんでいるに違いない。
ロザリアは口をつぐんだ。しかし、それまで黙って聞いていたテオが、ソファの背もたれから身体を起こし、ユースに向かって追い討ちをかけた。
「恋敵んとこに、そのまま行かせたのかよ。あんた、スカしちゃいるが案外ヘタレなんだな」
「……!」
ユースが息を呑む。
「テオ……」
シュヴェルトが諌めるように名前を呼んだ。しかしテオはどこ吹く風で、ニッと口端を上げて好戦的な笑みを浮かべた。




