第45話 賭けの決着?
「おい、聞いたか? 王女が──オブシディアンの中心街に来たんだってよ!」
「え……!」
ロザリアの口から漏れ出た驚きの声には、喜びが混ざっていた。
セレン王女が誰と結婚するか、などという、不敬な賭けをしている酒場の中である。その知らせは、賭けの決着を示すものではなかろうか。客たちの間にも、ざわめきが広がった。
「ほら見ろ。やっぱ、一番人気は固いだろ?」
彼らに混ざって、一番人気のオブシディアン伯爵令息──ユースに賭けていたテオが、得意げに言った。
しかし、飛び込んできた知らせはそれで終わりではなかった。
「それがよ……王女はすぐ街を出て、アメジスト領のほうへ向かったってさ」
「え……」
再び漏れ出た声には、ロザリアの絶望と困惑が混ざっていた。
「へっ、じゃあオレの勝ちか?」
アメジスト侯爵に賭けていた客が言った。ロザリアは思わず立ち上がっていた。
「そう決めつけるのは、まだ早いですわ!」
「そうじゃ! そこからさらに東のオーラム王国へ向かう可能性も……って、嬢ちゃん何者じゃ!」
「あ……」
気づくと、酒場中の視線がロザリアに集まっていた。貴族令嬢であることは抜きにしても、男性客だらけの酒場の中で、とても場違い感があることだけは自覚した。
しかし、今の自分は立派な旅人であるのだから、気圧されてはいけない、と胸を張った。
「わ、わたくしは、たまたま居合わせた天才魔術師。話は聞かせてもらいましたわ! 全員、ユースおに……ユース様に賭けなさい! そうすれば、この不敬な賭け事は、聞かなかったことにして差し上げますわ!」
勢い余って言いたいことをぶちまけると、「それじゃあ賭けになんねぇよ」とテオがぼやいた。
こうなってはシュヴェルトも、こそこそするのはやめ、ロザリアを庇うようにすっと立ち上がって口を開いた。
「それより、王女がオブシディアン領に来たというのは、いつの話だ?」
少し強張った彼の声に、ロザリアも冷静になる。セレンが王都を離れているとは知らなかった。それはシュヴェルトも同じだろう。
「昨日だってよ。さっき街から来たやつが言ってた。馬車から出てくるところをたまたま見れたって、自慢してきやがったよ」
「本当か? そいつ、王女の顔知ってんのかよ」
横から口を添えたのはテオだ。すると、賭けの元締めが呆れたように言った。
「お前、王女を見たことねぇのか? 俺も遠目からしか見たことねぇが、あの王家特有の銀髪と、凄まじい魔力の高さを目の当たりにすりゃ、誰でもわかるぜ」
客の何人かが同意するように頷く。テオは、ばつが悪そうに金髪の頭をかいた。
「……そうかよ。田舎もんで悪かったな。でもよ、王女がこっちに来てるなんて、ここまで聞いたことなかったぞ。そんなすげぇ魔力なら、道中でもすぐに見つかって噂になってるはずだろ?」
拗ねたような口調は、納得がいかなそうだった。けれどロザリアには、その疑問の答えに見当がついた。
「それは……きっと、オブシディアン領だからですわ。わざと『魔力隠しの魔術』を使わなかったのでしょう」
確かに、セレンの持って生まれた魔力はこの国の誰よりも高く、魔力探知をできない人間であっても、無意識に感じ取ってしまうほどだ。
つまり、居場所を探知されやすい。そのため、王都の魔術学院や貴族街の中ならまだしも、王都の外へ出るとなれば、セレンは通常、「魔力隠しの魔術」を使用するはずだ。
初等部から中等部へ上がる前に、「魔力隠しの魔術」を会得できたセレンと、トネリコの木の「ひみつきち」で一緒に喜んだのをロザリアは覚えている。
それに加えて、王家の者が使う馬車はトネリコ製の魔力探知を防ぐものである。宿に泊まる際も王家御用達の、トネリコの木で出来た特注の部屋があるところだけだと聞いた。それがない場所へ赴いたときは、馬車の中で寝泊まりすることもあるという。ゆえに、ここまで目撃証言を聞かなかったのは頷ける。
それなのに、オブシディアン領で目撃された。不測の事態が起きていそうなわけでもない。であれば、特別な意味があるはずだ。
「オブシディアン領でなら、魔力を隠さずにいられる……きっとセレン様はそんな信頼を示されたのですわ」
学院内しかり、セレンが魔力隠しをせずにいられる場所は、彼女にとって安全な場所だと言える。
もしかするとセレンは、ユースと共にオブシディアン領へ来たのかもしれない。ロザリアは卒業パーティー以来、セレンとユースには会っていない。特に……誤解していたこともあって、セレンには会えるはずもなかった。
旅をすると決めて両親に打ち明けたロザリアが、承諾を得るまでの数日の間に、彼らも王都を離れていたのかもしれない。ロザリアと同じくらいか、それより前に王都を出ていなければ、先にオブシディアン家へは辿り着かないだろう。ただ……
(シュヴェルト様もご存じでない様子なのは、なぜなのでしょう……)
王都を出てから最初に立ち寄った町で、商人の証言から、セレンが何者かに狙われていると知った。そのとき、シュヴェルトが「王都には団長も近衛兵もいる」と言ってロザリアを宥めたのは、セレンが王都にいると思ってのことだ。
ロザリアが旅に出る前に彼女も王都を離れていたのなら、シュヴェルトがそれを知る機会もあっただろう。しかし、そうではないのなら、副騎士団長にも通達されないほど、セレンも何らかの理由で秘密裏に動いているのだろうか。
そんなことを考えながら、ロザリアはシュヴェルトに目をやった。彼もまたロザリアと同じように腑に落ちない様子で腕を組みながら、再び口を開いた。
「では、アメジスト領へ向かったというのは確かか?」
知らせを運んできた客は、酒場に似合わぬ真剣なシュヴェルトの態度に、圧倒されながらも答えた。
「あ、ああ。たぶんな。王女はすぐまた馬車に乗って、王都とは逆の方向……よりによってアメジスト領のほうへ向かったんだと。俺もユース様に賭けてたんだがなぁ」
その言葉に、ユースに賭けていたであろう人たちが肩を落とす。
「いや、まだオーラムの王子の線は消えておらんぞ……!」
「それはねぇって。爺さんはいい加減諦めろ」
「なにおう!?」
テオと老人が小競り合いをしているのをよそに、ロザリアは声を落としてシュヴェルトにこっそりと話しかけた。
「詳しいことは、オブシディアン家の屋敷で尋ねましょう。この話が本当なら、ユースお兄様が領地に帰ってきていらっしゃるのかもしれませんわ」
「そうだな。行くぞ、テオ」
シュヴェルトがもう包み隠さず声をかけると、テオは「はいよー」と返事をし、
「じゃあな、爺さん。賭けは程々にしとけよ!」
と、老人に手を振った。呆気に取られたような客たちの視線に見送られながら、三人は酒場を出た。




