第43話 使い魔と魔物
木々の合間から差し込んだ朝日の眩しさに、ロザリアはゆっくりと目を覚ました。小さく寝返りをうち、しばらく微睡んだあと、身体を起こしながら、うーんと伸びをする。
天幕の前に置いた焚き火は、いつの間にか消えていた。そこから寝返り10回分ほど離れたところに、ぐるぐる巻きになっていたであろう布の抜け殻と、テオのものと思しき上着が脱ぎ捨ててあった。水浴びにでも行ったのだろう。
シュヴェルトの姿は相変わらず見当たらない。けれど、魔力探知をするまでもなく、彼の居場所には見当がついていた。
ロザリアは「水の魔術」と「風の魔術」ですばやく身なりを整えてから、昨日の夜と同じように、天幕の後ろへまわった。
シュヴェルトはすでに起きていた。慣れた手つきで馬たちに餌をやり、毛並みを整えてやっていた。いつからそうしていたのだろう。ちゃんと眠れたのだろうか。
ロザリアがそんな様子を眺めていることに、いち早く気がついたのは、昨夜と同じく馬のほうだった。草を食んでいた馬が、ふいに顔を上げたのを見て、シュヴェルトもこちらを振り向いた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
シュヴェルトはロザリアと目を合わせ、そう返してくれる。いつもと変わらぬ爽やかな声音に聞こえるけれど、短い返事からは心情を推し量れない。
昨夜は結局、ロザリアだけが天幕の下で眠っていた。シュヴェルトは朝まで馬たちのそばにいたようだった。元からそうするつもりであったのかもしれないし──「あのこと」があって、ロザリアとの距離を取ったのかもしれない。
「……昨夜はあの後、きちんと休まれましたの?」
人懐っこい栗毛の馬を撫でながら、ロザリアは何気ない風を装って聞いた。昨夜のことを蒸し返すべきかどうかは、正直迷うところだった。
昨夜、野盗と間違われ、ロザリアはシュヴェルトに押し倒されてしまった。驚きはしたものの、紛らわしい真似をしたロザリアが悪いのだから、彼を責めるつもりはこれっぽっちもない。
けれど、昨夜のことを気にして、彼から距離を取られてしまったらと思うと、それとなく言及せずにはいられなかった。
こちらは気にしていないということが、伝われば良いのだけれど。
ロザリアが撫でる手をおろそかにしているうちに、馬は草を食むのに戻った。シュヴェルトも馬たちからそっと手を離し、ロザリアに向き合った。
「ああ、問題ない……ロザリア嬢のほうこそ、ちゃんと眠れたか?」
少し眉をひそめて、気まずそうな顔をしているように見えるのは、朝日が眩しいせいではないだろう。
「ええ、もちろんですわ。お気遣いくださり、ありがとうございます」
ロザリアは間を空けずに即答した。恥ずかしくても、目を逸らさないよう努めた。すると、シュヴェルトはいくらか表情を和らげ、安堵したように小さく頷いてくれた。
それを見てようやく、ロザリアもほっと息をついた。
*
その後、馬の世話を手伝い、自分たちも軽く朝食を取ってから、出立の準備に取り掛かった。
天幕を片付け、荷物をまとめる。忘れ物がないか、辺りを見回していると、テオが木の上を見上げて言った。
「あいつは、ついてくんのか?」
彼の視線の先には、木の枝に止まった使い魔のフクロウがいた。
「いえ、もうすぐ魔力が尽きる頃でしょう」
ロザリアが答えたちょうどそのとき、フクロウの使い魔は、小さな嘴でくわっとあくびをしたかと思うと、泡が弾けるかのように、パッと光の粒を残して消えた。
「ふぅん。魔力が尽きたら消えるのか……魔物と一緒だな」
テオが感慨深そうに呟いた。そうだ。使い魔と魔物は似ている。ロザリアは思い出した。前に、自分も同じようなことを考えていたのを。
──「未来予知の魔術」で夢を見ていたときだ。
嫉妬に狂い、愛を失って絶望したロザリア。夢の中の彼女は、恐ろしい使い魔を作り出していた。ドラゴンの形を成したそれは、黒紫のモヤに包まれ、魔物と区別がつかなかった。
……このまま旅を続けていれば、そんなものを作り出す未来なんて、現実にはならないと信じているけれど。
「……ええ、そうですわ。使い魔の本質は……魔物と変わりません」
使い魔が、人の役に立つためではなく、人を傷つけるために作り出されたのであれば、魔物と変わりはない。
「ならば、魔物はどのようにして生まれるんだ?」
シュヴェルトの疑問はもっともだった。お手上げというようにテオが肩をすくめた。
「さあな。その手のことは嬢ちゃんのほうが詳しいだろ」
二人の視線を受けながら、ロザリアは目を伏せた。
「それは……わたくしにも、わかりません。魔物の発生源は、現代の魔術学においても、未だ判明していないのです」
「そうなのか……」
「一説によると、わたくしたちの祖先がこの地へ辿り着く前……『古き民』の時代から、魔物は存在していたとも言われていますわ」
「『古き民』って、あれか? 遺跡がどうとかの」
ロザリアは頷く。かつて、この地で高度な魔術文明を築き上げていた、古き民。ここアージェンタム王国には、彼らの文明の痕跡が多く残されている。今から数千年、あるいは一万年以上も昔のものだ。
そんな時代から存在していた「魔物」という生き物は、他でもない古き民が生み出した負の遺産である、という見解が魔術師たちの中では主流となっている。
魔物の存在と、彼らが滅びを迎えたこととは、関係があるという説もある。しかし、現在の魔術学においても、遺跡の全てを解明できてはおらず、真偽は定かではない。
「そういえば、ロザリア嬢は遺跡へ行ってみたいと言っていたな」
「ええ、ですが……」
未来予知の魔術と、魔物の起源。どちらも未だはっきりと解明されてはいない。もしかすると、まだ見ぬ遺跡に、手がかりが隠されているかもしれない。けれど、あてもなく探している時間はない。
「……今はとにかく、オブシディアン領へ向かいましょう」
ロザリアの言葉通り、三人はオブシディアン領へ向けて再び馬を走らせた。




