第41話 はじめての野宿
いくつかの街を通り過ぎ、ロザリアたちはひたすら街道を進んだ。馬を休ませるために何度か休憩を挟みながらではあったが、日が暮れる頃にはロザリア自身も存外疲れが溜まっていた。
空が暗くなる前に先へ進むのはやめ、約束通り、野宿をするのに適していそうな場所を探した。街道が目に入るくらいの距離で、ひらけすぎず、隠れすぎず、適度に木々の生えた場所を選んだ。
シュヴェルトは町を出る時に調達していた大きな布を、地面に突き立てた枝に引っ掛けて広げ、簡易的な天幕を作った。
ロザリアは魔術学院で習ったことを思い出し、まずは枯れ枝を集めてまわった。ついでに、防御魔術を障壁代わりとして周囲にかけた。さすがにロザリア一人では、街の魔術障壁のように何日も維持することはできないが、一晩だけなら保つだろう。
それから、集めた枯れ枝を地面に組み、「炎の魔術」で火をつけた。魔術だけで火を維持するのではなく、枝に火をつけることで、魔力の消費を最小限にし、不用意に燃え広がるのを防ぐのだ。
「火をつけてくれたのか。助かる」
天幕を作り終えたシュヴェルトが、こちらに気づいて言った。
「このくらい、天才魔術師にかかれば造作もないことですわ!」
ロザリアは焚き火を見せびらかしながら胸を張った。けれど、そう言ったあとで、ふと思った。野宿の経験があるシュヴェルトなら、魔術を使わなくてもすぐに火を起こすことができただろう。
きっと、野宿に張り切っているロザリアを気遣って、褒めてくれたのだ。いい気になってしまい、少し恥ずかしくなる。
しかし、何故だかシュヴェルトもまた、恥ずかしそうに頬をかいていた。
「実は、火を起こすのが少し苦手でな……おかげで、みっともないところを見せずに済んだ」
それを正直に言ってしまうのがシュヴェルトらしい。苦笑いする彼に釣られて、ロザリアも頬を緩ませた。
そうこうしているうちに、テオが戻ってきた。野営地を決めるなり、「ちょっと見てくる」と言って、ふらっとどこかへ行っていたのだが……その腕には、弓で仕留めたのであろう、鶏くらいの大きさの鳥が抱えられていた。
「まあ! いつの間に!」
「ふっ。たまたま良い獲物を見つけてよ。安心しな。あんたらにもちゃんと分けてやるよ」
テオは得意げに、ニッと歯を見せて笑った。
食糧としては、町を出る時に干し肉とパンをもらってきてはいたのだが、物足りないと思ってわざわざ獲ってきてくれたのかもしれない。初対面のとき然り、意外と世話焼きなところがあるというのが、数日過ごして固まり始めた彼への印象だった。
テオは、慣れていないロザリアに配慮してか、「見られてると集中できねぇ」と言って、少し離れたところで背を向けたまま鳥を黙々と捌き始めた。
その間、ロザリアとシュヴェルトは拾った枝を削って串にしていった。もっとも、ロザリアの場合、削るというよりは「変形の魔術」で形を作り変えたのだが。
そうして、テオが捌いた肉を串に刺し、焚き火の周りに並べて焼いていく。肉に段々と焼き色がつき、肉汁が滴ってくるのを、ロザリアは誰に言われるでもなく、じっと黙って見守っていた。
シュヴェルトは馬に餌をやり、テオは弓の手入れをしながら、三人とも何も話さなくても、どこか居心地の良い時間が流れていた。
やがて、肉の焼ける匂いの中に、焦げの香ばしさが混ざり始めると、それが夕食の合図となり、自然と三人で焚き火を囲んで座った。
「うん、そろそろ良い頃合いだろう。食べてみな」
テオが串を一本取って、ロザリアに手渡す。
焦げ目のついた熱々の焼き鳥を、物珍しさに少し眺めてから、ロザリアは小さくかじった。
「……美味しい……!」
思わず笑みが溢れる。味付けも何もない素朴な料理だが、自分も手伝って、出来上がるところまでを見て、その達成感が味付けとなっているかのようだった。
テオが自慢げに笑って鼻をこすった。
「へへ。だろ? さ、あんたも遠慮せず食えよ」
「ああ、いただこう」
シュヴェルトとテオも串を取り、肉にかじりつく。
同じものを食べ、美味いと言い合う。そんな些細なことが、今日はとても嬉しくて、ロザリアは何だか戸惑った。
自分を律する気持ちも含めて野宿を希望したのに、こんなに楽しんでしまって、いいのだろうか。そんな不安がまた脳裏に浮かんだ。
けれど、ロザリアは首を振った。
(……いえ、旅を楽しいと思うことは、決して、悪いことではありませんわ)
そう思えるのはきっと、一人ではないからだ。
真面目なシュヴェルトだって、今だけはゆったりと焚き火にあたって、くつろいでいる。最初は旅に同行するのを渋っていたテオだって、今は美味しそうに肉を頬張っている。
ロザリア一人では、こんなにスムーズに野宿をすることはできなかっただろう。
二人への感謝の気持ちを噛み締めながら、ロザリアはまだ暖かい焼き鳥を、ゆっくりと味わって食べた。
*
夕食を終え、小さくなった焚き火に、枯れ枝と「炎の魔術」を加える。空はすっかりと暗くなって、丸い月が昇り始めていた。
テオが気持ちよさそうに伸びをしながら言った。
「はぁー食った食った。じゃ、俺が見張りをするから、あんたらはさっさと寝な」
「いいのか? では、しばらくしたら代わろう」
テオの提案に、焚き火の前から立ち上がりながら、シュヴェルトが答える。
二人のやり取りを遅れて理解し、ロザリアは慌てて引き留めた。
「お、お待ちください。お二人は、寝ずに見張りをされるおつもりですの?」
「ん? 寝ずにっつっても交代しながらな。あ、嬢ちゃんは気にせず寝ておけよ」
「ああ。慣れない乗馬で疲れているだろう? 遠慮せず休んでくれ」
野宿に見張りはつきものだ。ロザリアもそれは知っている。街道沿いは比較的安全とはいえ、真夜中まで騎士団が巡回しているわけではなく、野盗や魔物が現れないとも限らない。魔術学院でもそう習った。
けれど、魔術師ならば、寝ずの番などさせずとも済むやり方がある。
「見張りでしたら、わたくしにお任せください!」
ロザリアは自信満々に胸を叩いた。
「おいおい嬢ちゃん、ここは意地を張るところじゃねぇぞ」
「あら、わたくしを誰だと思っておりますの? 天才魔術師ですわよ!」
ロザリアは袖を捲って、腕に嵌めた魔道具を露わにした。魔力を巡らせると、腕輪に付いた宝石が、月夜の下で赤く輝く。
テオが「ほぉ……」と気の抜けた声を上げた。ロザリアは気を良くして少し口角を上げた。そういう反応が見たくて、わざと魔道具を見せている節がある。
と、気を取り直して、ロザリアは手元に集中した。目の前の何もない空間を、丸く切り取るように、手の中に魔力を込める。
「あ……もしかして……」
シュヴェルトがぽつりと呟く。そうだ。彼の前では一度同じ魔術を見せたことがある。気づいてくれたことに、嬉しさが湧き上がる。
ロザリアは、そのときも思い浮かべた、ある動物の形を、手の中の魔力に映し出した。
そして仕上げに、ふうっと息を吹きかける。ロザリアが手を離すと──月のように白くて丸い一羽のフクロウが、夜闇の中で輝く羽をばさりと広げた。
「それは……使い魔だな。なるほど。使い魔に見張らせるのか」
「ええ!」
ロザリアはフクロウ型の使い魔を腕に止まらせながら頷いた。シュヴェルトには以前、使い魔に伝言を届けさせるところを見せたことがある。ロザリアの使い魔がきちんと役目を果たせることは、力説しなくても信じてくれるだろう。
「こんなちっちゃいので大丈夫か?」
テオが不審げに首を傾げて、使い魔を覗き込む。フクロウはどこか不満げに羽を膨らませた。ロザリアはそれを宥めるように、指の背で透明な羽を撫でながら、テオの疑問に答えた。
「小さくした分、少ない魔力で長く保ちますわ。それに、フクロウは夜に強いですもの」
ロザリアの期待に応えるように、フクロウは「ホー」と一声鳴いた。
「見張りはこの子に任せて、お二人もしっかりと休んでくださいませ」
ロザリアは腕を上げ、フクロウを近くの木に止まらせた。フクロウは白い魔力の輝きを放ったまま、規則的な動きで辺りを見回し始めた。
それを見て頷き、ロザリアは天幕の下に置いた荷物から、シーツ代わりの布を引っ張り出した。そして、ふと思う。天幕の下に三人並んで寝れなくはないが……
(シュ、シュヴェルト様の隣で眠るだなんて……! ど、どうしましょう!)
……冷や汗と熱が、同時にロザリアを襲った。




