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第40話 馬に乗って


「ここからオブシディアン領の中心街までは、馬の足で2日……いや、馬車なら3日はかかるか」


 次の日の朝食後、ロザリアたちは地図を広げて旅路の計画を立てていた。


「こっからここまで、1日で行くのは厳しいんじゃねえか? 途中の街で止まらねぇと、日が暮れちまう」


「なら4日か……」


 シュヴェルトがため息混じりに呟きながら顎を撫でる。思ったよりも時間がかかる。そう考えているに違いない。


 そこでロザリアは、昨日の思いつきを提案すべく、ここぞとばかりに口を挟んだ。


「いえ、その必要はありませんわ!」


 二人が地図から顔を上げ、ロザリアに注目する。


「馬車ではなく、馬に乗って行けばいいのですわ!」


 声高に言うと、シュヴェルトとテオは揃って目をぱちくりとさせた。しばしの沈黙のあと、シュヴェルトが口を開いた。


「ロザリア嬢は……馬に乗れるのか?」


「ええ! 魔術学院の一般教養の授業で馬術の訓練がありますもの!」


 ロザリアは胸を張って言い切った。


「いやいや、待てよ」


「大丈夫ですわ! 馬を二頭借り、テオさんはシュヴェルト様の後ろに乗っていただければ……」


「ちげぇよ。なんで俺が乗れない前提なんだ。俺は乗れるぞ! このくらいの距離だって、休まず走ったことがある」


 テオは不服そうに地図を示しながら言った。


「嬢ちゃんはどうだ? その授業とやらで、どのくらい走った?」


「そ、それは……」


 思わず言葉に詰まる。シュヴェルトもどこか訝しげに、ロザリアが答えるのを待っていた。見栄を張って嘘を言うわけにはいかない。


「校庭を、一周したくらいですけれど……」


 唇を尖らせながら、ロザリアは正直に答えた。テオが呆れたようなため息をついた。


「じゃあ、嬢ちゃんが副団長サマと一緒に乗りな。それならいいんじゃねぇか?」


 テオはシュヴェルトに尋ねる。ロザリアは一瞬、自分がシュヴェルトの背に掴まりながら馬に乗っているところを想像し、慌ててかき消した。


「そ、それは心臓が持たな……いえ、重さで馬の体力が持たないのではなくて?」


「ならさっきの提案は何だったんだよ……」


 テオがぼそりと言うので、ぎくりとした。


「と、とにかく! わたくしなら大丈夫ですわ! 万が一、馬から落ちそうになったとしても、『浮遊の魔術』を使えば怪我を避けられますし、馬が暴れた場合は『睡眠の魔術』で宥められますわ! 馬術はともかく、魔術の腕なら信用していただけるでしょう?」


 ロザリアは矢継ぎ早にそう言った。シュヴェルトは少し俯いて考える素振りを見せてから、納得してくれたのか、念を押すようにロザリアへ問いかけた。


「本当にそれでいいのか? 馬車ほど快適な旅とはいかないぞ?」


「もちろん! 望むところですわ!」


 ロザリアは拳を握って大きく頷いた。


 二人の賛成を得て、ここからの旅は馬に乗って行くこととなった。ここまでは、ロザリアが昨日思いついた通りだ。


「では、この街とこの町に泊まるとして、3日……」


「いえ! その必要もありませんわ!」


 ロザリアは再び、シュヴェルトの言葉を遮った。


「……まだ何か企んでんのか?」


 テオが根に持っているのか、呆れを隠さずに言う。けれどロザリアは気にせずに、また自信満々で胸を張った。


「ええ! 今度こそ、野宿をするのです! そうすれば、2日でオブシディアン家の屋敷に着きますわ!」


 こちらのほうが、ロザリアの思いついたことの本命だった。


 馬車で行くのをやめる、という比較的簡単な要求を先に提示することでハードルを下げ、次に本命の要求を提示して、賛成してもらいやすくする。貴族社会で自然と身につけた交渉術だ。ただ、真面目な彼に通用するかは賭けである。


 案の定、シュヴェルトの返答は、快諾とはいかなかった。


「しかし……」


「確かに、わたくしは、野宿も授業の中でしかしたことがありません。不安に思われるのも当然ですわ」


 シュヴェルトは黙って頷く。却下の言葉が聞こえる前に、ロザリアは続けた。


「であればなおさら、シュヴェルト様やテオさんという頼もしい仲間がいる今このときにこそ、経験しておくべきではありませんこと?」


 真摯に訴えかけると、シュヴェルトは一考するように腕を組んだ。


 野宿をしてみたいというのは、それほど危険なことではないはずだ。


 これまで、街道沿いに焚き火の跡があるのを何度か見たことがある。街道は国の管理下にあり、騎士団の巡回によって魔物や野盗からある程度守られているからだ。街道を人々が行き交うだけでなく、安心できる野営地として利用されることも、考慮してのことだろう。


 副団長であるシュヴェルトも当然わかっているはずだが、彼はなおも返事を渋っていた。


 その様子を見て、助け舟を出したのはテオだった。


「一理あるんじゃねぇか? 俺は嬢ちゃんに賛成だぜ。過保護にされてばかりじゃあ、息も詰まるだろ」


 飄々とした彼らしい言葉だった。


 シュヴェルトは「うむ……」と唸って目をつむる。そんな姿も絵になる。と、見惚れかけたのはさておき……そう間を空けずに、彼は目をあけた。


 翡翠色の瞳が真剣な眼差しでロザリアを見た。


「……わかった。これはロザリア嬢の旅だったな。あなたが何をしようと、私が守ればいいだけだ」


 シュヴェルトは決意を固めるように大きく頷いた。賛成してくれた喜びだけには収まらない感情が、予想以上に強くロザリアの心を弾ませたのだった。



*



 旅の方針が決まったものの、問題は馬の調達だった。騎士団の詰所には、馬が二頭しか待機していなかったのだ。


 だが幸い、この町には買い手を待つ馬が何頭もいる。ただ、さすがのロザリアも防犯の観点から、馬を一頭買えるほどの現金は持ってきていない。


 後払いでルベウス侯爵家宛に請求書を送ってもらおうと思っていたのだが、馬を必要としていることを宿屋の店主に話すと、近くの馬屋に話をつけてくれて、ぜひうちの馬を、と三頭も借りられることになった。


 ロザリアが代金を支払おうとしたが、


「騎士団の方々にはお世話になってるし、副団長様御一行に乗ってもらえれば、うちもいい宣伝になるからねぇ」


 と、馬の貸主はなかなか受け取ってくれなかった。シュヴェルトも説得を手伝ってくれて、なんとか破格の値段で収まりがついたものの、今度はシュヴェルトが騎士団からお金を出すと言って聞かなかった。


 しばしの押し問答のあと、代わりに三人分の宿代だけはロザリアが支払うことで合意した。その間テオは、放し飼いの鶏につつかれていた。


 好きな馬を選んでいいと言われ、三人はそれぞれ相性の良さそうな馬を選んだ。一頭はシュヴェルトが昨日撫でていた元気のいい栗毛の馬で、もう一頭は、珍しい色だとテオが気に入った、白毛の綺麗な馬だ。そしてロザリアは、艶々とした毛並みの、どこか凛々しい顔立ちをした黒い馬を選んだ。


 改めて、馬の扱い方や乗り方を念入りにシュヴェルトからレクチャーされたあと、三人は町の人たちに見送られながら、馬を連れて街道まで出た。


 テオが意外にも手慣れた様子で鞍の上に飛び乗ってから、ロザリアのほうを振り返る。


「あ。嬢ちゃん、一人で乗れんのか?」


「も、もちろんですわ!」


 馬のそばに立ち、飛び乗るのをイメージする。今日は乗馬することを見越して、スカートではなくキュロットを履いてきたから問題ない。背が低いからその分飛び乗るのは大変だが、ロザリアには魔術がある。浮遊の魔術で少しでも身体を浮かせれば……


「最初から無理をするな。ほら、これに乗るといい」


 ロザリアがなかなか乗れないでいるのを見かねて、シュヴェルトがいつの間にか踏み台を持ってきてくれていた。


 そして、彼は当たり前のように、ロザリアへ手を差し伸べる。ロザリアの意地は瞬時に溶かされ、誘われるように、ゆっくりと彼の手を取った。触れ合った彼の指先は少し冷たく、ロザリアの熱が簡単に伝わってしまいそうで心配だった。


 その手に支えられながら、そっと踏み台に乗る。シュヴェルトはそのままロザリアの手を馬の背に導いた。見守られているのを緊張しながら、あぶみに足を乗せ、勢いをつけて馬に跨った。


 うまくいった喜びのまま、シュヴェルトのほうを振り返ると、彼は褒めるように微笑みながら頷いた。


 ロザリアが乗るのを見届けたあと、シュヴェルトは自分の乗る栗毛の馬を優しく撫でてから、手慣れた様子で馬に跨った。騎士団の制服も相まって、彼が馬に乗る姿は、絵画にして永遠に眺めていたいほど、様になっていた。


 そうして三頭の馬は、東へ向かって走り始めた。



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