第38話 魔物狩りの知恵
王都の魔術障壁を破った人物は、どこに潜み、何を企んでいるのか。
調査への協力を副団長直々に認められ、騎士団から馬車を手配してもらえることになった。
ロザリアたちを出迎えたのは、乗合馬車より小さく、4人ほどしか乗れない馬車だった。けれど、その分早く走れるという利点がある。貴族の馬車ほど豪奢ではなく、屋根がついているだけの質素な作りだが、開放感があって、今のロザリアにはとてもありがたかった。
もし、壁に囲まれた狭い馬車の中だったなら、シュヴェルトとの距離が近すぎて、気絶してしまうところだっただろう。
「俺……やっぱり、あんたらと行くのやめようかな……」
出発間際、シュヴェルトとロザリアの乗り込んだ馬車を見上げ、テオがどこか遠い目をして言った。
「え、どうしてですの?」
「何か不都合でもあったか?」
二人して、馬車の上から覗き込み、テオを見下ろす。彼は小さくため息をついて、くしゃくしゃと金髪の頭をかいた。
「あーもう。じょーだんだよ、冗談。乗ればいいんだろ……」
飄々としているように見えて、意外と緊張でもしているのかもしれない。ロザリアがそんなことを思っていると、テオは気を取り直すように、ひょいと馬車に乗り込み、空いている向かいの席の真ん中にドサリと座った。
シュヴェルトが御者に合図をし、馬車が動き始める。
横向きに座った身体が発進の勢いで揺れ、隣に座るシュヴェルトとほんの少しだけ肩が触れた。ドキドキして飛び退きそうになりつつも、ロザリアは足を踏ん張って耐えた。
そんなロザリアの内心に気づく様子はなく、シュヴェルトは馬車の進む先へと目を向けていた。この距離感を許されているということに、安堵と喜びで胸が満たされていく。その中にちょっとだけ、自分ばかりが心をかき乱されているという悔しさが混ざっていたけれど、それもまた、彼への恋心を加速させるだけの燃料であった。
ロザリアは、真似をするように進行方向を向くふりをして、シュヴェルトのことをちらりと見つめた。彼はロザリアの視線に気づかないまま、そよ風を浴びている。真面目な彼らしくきちんと整えられていた髪が、小さく風になびいてふわりと乱れていく。それを見ていられるだけで、自分が特別であるかのように錯覚してしまい、なんだか照れくさくなってくる。
「……ふわぁーあ」
唐突な声に、ロザリアは我に返って声の主を見た。テオが気の抜けた声を上げながら、あくびをしたのだった。
「あ、悪い。俺のことは気にすんな」
テオはそっぽを向いて、手をひらひらさせる。ロザリアがシュヴェルトを見つめていたのを知ってか知らずか……いや、たぶん知っていてわざと言っている。途端に顔が熱くなってくる。
「何かあったか?」
シュヴェルトがこちらを向いて尋ねた。
「い、いえ、なんでもありませんわ!」
慌てて言いながら、一気に体温が上がった。
テオは相変わらず飄々とした様子で、何事もなかったかのように、背負っていた弓を膝に置いて触り始めていた。
ロザリアは平静を装いながら尋ねた。
「その弓、もしかして魔道具ですの?」
「ん? まあな。普通の弓としても使えるが、魔力を込めれば矢に魔術を乗せられる」
「わたくし、初めて見ましたわ。このような形の魔道具もあるのですね」
「ということは、テオは魔術を使えるのか」
シュヴェルトが関心したように言った。うまく話題を逸らせたようで、ロザリアは内心ほっとした。
テオは弓を持ち上げて、眺めながら答える。
「魔術っつっても、ちょっとだけな。それも、こいつを持ってるときじゃなきゃ、ほとんど使えねぇけど」
魔道具の役目は本来、魔力の消費を抑えることであるが、魔術の成功率に寄与することもある。それは「自信」の問題だ。
「魔道具を握っているときの自分なら、魔術を成功させられる」というイメージが身についていれば、魔道具があるときのほうが成功率が上がることになる。
ロザリアはふと気になって、魔力探知をしてみた。魔術を使える者と出会ったとき、そうしてしまうのが魔術師の性だ。もちろん、魔力の低さを無闇に指摘するのはマナー違反であるが……
(あら? この魔力量は……)
顔に出てしまったかもしれない。それは決して悪い意味ではなく。想像していたよりも、テオの魔力が高かったので、少し驚いたのだ。
出会ったとき、ロザリアを貴族かと聞いていたが、魔力の高さだけをみれば、彼のほうこそ、貴族の出身であると言われても不思議ではない。それくらい、テオからは高い魔力が感じられた。
さすがに、侯爵家の中でも抜きん出て魔力の高いロザリアには敵わないが、平民出身なのだとしたら、テオもまた、生まれ持った魔力の高さが遺伝に依らなかったのだろう。彼が魔術を使えるというのも、それを見抜かれて、どこかで魔術教育を受けたからかもしれない。
それほどの魔力を持っていれば、だいたいの基本的な魔術なら、魔道具がなくても発動させられるはずだ。けれど、魔道具を必須としているのは、魔道具のことを無くてはならない身体の一部と捉えて、使いこなしているということでもある。どちらが良い悪いと言えるものではない。
「ま、嬢ちゃんみたいな魔力の高い人間からすれば、おままごとみたいなもんだろうけどな」
「え」
こっそりと魔力探知をしていた手前、逆に魔力が高いことを言い当てられ、ロザリアは一瞬、どきりとした。テオは、ふんと鼻を鳴らして、呆れたように笑った。
「俺だって、魔力探知くらいはできるさ。だから、立ち居振る舞いも相まって、あんたが貴族だとすぐにわかったんだ」
「まあ。そうだったのですね」
「魔力探知だけは、魔物狩りをしてるやつなら大抵できるんじゃねぇかな」
テオの言葉に納得して頷く。魔力探知ができれば、魔物を探すのに便利だろう。
「疑問に思っていたのだが……」
話を聞いていたシュヴェルトが、考えごとをするように腕を組みながら切り出した。
「魔物を狩って、どのように報酬をもらうんだ? 魔物は死体が残らず、霧散してしまうだろう?」
ロザリアの脳裏に、あの日の出来事が思い浮かんだ。王都の街で相対した魔物。シュヴェルトの剣やロザリアの魔術で倒された魔物が、灰のように散っていく場面を、実際にこの目で見た。
確かに、狩りのターゲットが野犬や猛獣であるならともかく、魔物を狩ったことを証明する手立てはないように思える。
「言われてみれば、そうですわね……どなたかに雇われているのですか?」
ロザリアの問いに、テオは首を振った。
「いや、違う。やり方があるんだ。魔物は、霧散する前に閉じ込めてる。この……矢尻の中にな」
そう言うとテオは矢筒から一本の矢を取って、先端の尖った矢尻を見せた。テオの手のひらに乗せられたそれは、金属ではなく透明な水晶でできていた。
「この水晶の中に魔物を閉じ込めて、ギルドに見せれば報酬がもらえるんだ。あとは水晶を砕いちまえば、魔物は霧散する」
「ここへ閉じ込める? そんなことが、できるのですか?」
「魔物は肉体を持たない魔力の塊だろ? その分、無防備だ。だから、霧散するとき、そばに空っぽな器として透明な水晶があれば、防衛本能から自然とその中へ逃げ込むんだと」
「へぇ……知りませんでしたわ……」
ロザリアは感嘆のため息を漏らした。
魔物に関することも、もちろん魔術学の範疇ではあるが、このような魔物狩りの知恵までは、さすがに王立魔術学院で教わることはないだろう。新たな知識を得られたことは嬉しいが、天才魔術師を自称する者としては少し悔しくもある。
「ロザリア嬢でも、魔術のことで知らないことがあるんだな」
どこか感慨深そうに、シュヴェルトがぽつりと呟いた。ロザリアはついムッとして唇を尖らせた。
「おっと、副団長サマよぉ、嬢ちゃん拗ねちまったぜ?」
すかさず、向かいからロザリアの顔を見て、テオがニヤリと口角を上げた。
「す、拗ねてなどおりませんわ!」
と咄嗟に否定の声を上げたものの、
「失言だったな……すまない、ロザリア嬢」
シュヴェルトが生真面目に頭を下げた。
「だから、拗ねておりませんってば!」
顔を熱くしながら、ロザリアがシュヴェルトに詰め寄るのを見て、テオは愉快そうに笑った。
「まあまあ。俺もこっちにきて初めて知ったんだ」
「ほう。なら、この地域の出身ではないのか」
「ああ……ここよりずっと東のほうから来た」
テオは簡潔にそう返した。その言い方から国の東端だとすると、魔物との戦いの最前線であるアメジスト領か、隣国との貿易で栄えるエスメラルド領あたりだろうか。これから向かうことにも、なるかもしれない。
ひとまず心を落ち着けながら、ロザリアが考えを巡らせていると、
「って、俺のことはいいんだ。それより、嬢ちゃんだって魔術師なら、これの理屈は理解できるはずだぜ」
ロザリアを励ますためか、テオが矢尻の水晶を指でつつきながら言った。
「魔物がなんで人間を襲うかは知ってるよな?」
「魔力を奪って存在を維持するためですわ」
ロザリアは授業で当てられたときのように、即座に答えた。
「ほかには?」
「ほか……えっと、たしか……一説には、それだけではなく、身を守る鎧として身体を乗っ取るためだとも言われていたような……」
「それだ。水晶は身体の代わりだ」
ロザリアが首をひねって考えていると、隣でシュヴェルトが眉をひそめた。
「では、魔物が人間の身体を乗っ取ることがあるのか?」
「ああ。ただ、本来肉体を持たない魔物は、肉体の動かし方を知らない。死んだ人間の身体に入ったとて、ろくに動かすことはできねぇ。動かせたとしても、せいぜい『動く死体』になるだけだ」
「『動く死体』の話は聞いたことがありますわ! それも魔物の仕業だったのですね……」
昔、探索され始めたばかりの遺跡でよく見られたという。未探索の遺跡のほうが少なくなってきた昨今では、子どもを近寄らせないための定番の怪談話のようになっている。ゆえに、ロザリアも原因を追求したことがなかった。
「ま、そこまでやる魔物は滅多にいない。ここらの街じゃあ、そうなっちまう前に狩人たちがこぞって狩ってるからな」
「他の街では知らねぇけど」とテオは付け加える。
他の街というと例えば、ロザリアの父が領主を務めるルベウス領では、侯爵家が傭兵を雇い、魔物を退治している。魔道具はこちらで手配し、魔術教育をしっかりと受けさせた上で、だ。
対して、先ほどまで居た宿場町に「狩人ギルド」があったように、この辺りの領地では、魔物退治を民に任せることによって経済を回しているようだ。王都に近いこともあり、狩人が多く集まり、宿や酒場が潤っているのだ。
魔物狩りのことだけでなく、領地経営に関する知見も得られて、ロザリアは充実した気分になった。
旅のきっかけも、現在の目的も、決して気楽なものではないけれど、束の間だけでも、良い旅ができていると思うくらいはいいだろう。
ロザリアは街道を振り返る。町は小さく遠ざかり、暖かな色をした太陽が、西の空から燦々とこちらを照らしていた。




