第37話 旅は道連れ、再び
シュヴェルトと旅を続けることが決まって、嬉しくないと言えば嘘になる。けれど、状況はあまり好ましくない。
「王女を貰い受ける」という、謎の貴族の伝言。商人によると、誰に宛てた伝言かは聞けなかったという。素直に解釈すると、王家への宣戦布告といったところか。セレンを攫うつもりなのか、あるいは命を……なんて、考えたくもない。
とにかく、商人から聞けることは全て聞き終えた。これでお開きか、と立ち上がりかけたとき、商人が何かを思いついたように、「そうだ」と口を開いた。
「お前もついていったらどうだ? テオ」
そう言ってテオに目を向ける。急に話題を振られた若き狩人は、「は?」と頓狂な声を上げ、思い切り嫌そうな顔をした。
「んな野暮なこと言うなよ」
「でもお前、反乱なんて放っておけねぇって、前から息巻いてたじゃねぇか」
「だとしても、こいつらについていくのは──」
「いい考えですわ!」
ロザリアは声高に言い、パチンと手を叩いた。商人のふとした提案は、ロザリアの秘めた不安を払拭するのに、ぴったりだと気づいたのだ。
シュヴェルトと二人きりの旅であれば、いつ心臓が潰れるかわからない。しかし、同行者が他にいれば、浮つく気持ちを抑えられるだろう。
そんな理由を口にすることはできないが、それを抜きにしても、テオの同行には賛成できる。彼の言っていた「魔物狩り」には興味があるし、商人に話を聞く協力もしてくれたのだから、彼への信頼もすでに生まれている。
「相手は魔物のような魔力を持つ人ですもの。魔物狩りのあなたがいると心強いですわ!」
同意を求めるようシュヴェルトを見上げると、彼も快く頷いた。
「ああ。私も、魔物には少し疎いからな。ぜひ、君の知識と力を貸してほしい」
二人してテオの顔を見つめ、返事を待つ。彼は悩んでいるのか、視線を遮るようにしばらく上を向いてから、観念したようにため息をついた。
「まあいいか……他にも、ついてきてる奴はいるみたいだし」
「?」
その声は小さくて聞き取れなかったが、テオは目を凝らすように、視線をロザリアの後ろへと向けた。
釣られて振り返ったが、特に変わったところはなかった。強いて言えば、一瞬だけ、見覚えのある執事とメイドの姿が見えたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「わかったよ。俺も、この国には平和であってほしいからな……」
気だるげにそう言うと、テオは照れくさそうに金髪の頭をかいた。
*
商人と別れ、ロザリアたちはすぐさま騎士団詰所へと戻った。シュヴェルトが衛兵への報告と伝令の指示を終えたあと、先ほども使った会議室で、ロザリアとシュヴェルト、そしてテオの3人は、次にどこへ向かうかを検討することにした。
大きなテーブルの上に、シュヴェルトがバサリと地図を広げる。魔術障壁を破った謎の貴族が、王都の東門から街道を戻っていったなら、やはり当初の想定と変わらず、東側の地域に潜んでいるかもしれない。
「迂闊に踏み込んでいいのか? 相手が領主なら、敵陣に乗り込むようなもんだぜ」
「そうだな……不審な動きがないか、各地で聞き込みをしたいところだが……」
テオとシュヴェルトは、地図を見下ろして頭をひねる。そんな中、ロザリアはひとり、自信ありげに胸を張った。
「でしたら、わたくしに考えがありますわ!」
声高に言うと、テオが怪訝そうな目を向けた。シュヴェルトから「聞かせてくれ」と促されたので、ロザリアは意気揚々と地図を覗き込んだ。
「王都の東側というと、一ヶ所、信頼のおける地域がありますわ」
そう言って、地図上のとある地域を指でなぞる。そこに書かれた地名を見て、ロザリアの言いたいことを感づいたのか、シュヴェルトは「あ……」と声を漏らした。
「それがここ──オブシディアン領ですわ」
「そうか……『オブシディアン』というと、ユースの……」
シュヴェルトが呟くので、ロザリアは頷いた。それから、ユースを知らないテオに向けて、シュヴェルトの友人であり、ロザリアの一つ年上の従兄であると説明をした。
「つまり、そのオブシディアン領ってところは、嬢ちゃんの親戚の領地ってことか」
「ええ。わたくしの母が、オブシディアン家出身ですの。隠居なさっている先代のオブシディアン伯爵が、わたくしとユースお兄様の祖父にあたりますわ」
ユースや現伯爵夫妻であるその両親は、ロザリアたちと同様、王都を拠点に生活しているが、祖父母は現在オブシディアン領に住んでいる。
そこへ向かうことを思いついたのは、祖父母の顔が見たいという理由もある。けれど、もし本当に、東側にいるどこかの貴族が王家への反乱を企んでいるのなら、彼らが何か知っているかもしれない。
そうでなくても、そんな危険が潜んでいるかもしれないということを、彼らの耳に入れておいたほうがいい。もちろん、オブシディアン家に魔物のような魔力を放つ者なんていないし、商人が証言したような背の高い者もいない。
オブシディアン家の人間が犯人ではないことは、ロザリア自身が保証できる。オブシディアン領は、唯一はっきりとしている安全地帯と言えよう。
「まあ、いいんじゃねぇか。まずはそこを目指すってことで。どのみち犯人の居場所はわからねぇんだし」
「そうだな。信頼のおける場所でなら、聞き込みも捗るだろう」
行き先が決まり、シュヴェルトが地図を手繰り寄せて畳む。そうしてロザリアたちは、オブシディアン領へ向かうこととなった。




