第36話 新たな証言
少しして、再びカランコロンとドアベルが鳴る。小さく扉が開かれたかと思えば、「入っていいぞ」とテオが顔を覗かせた。
それを受けて、シュヴェルトが咎めるような視線でロザリアに目配せをしてから、先に店内へと入った。さっきはロザリアが勝手に扉を開けてしまったからだろう。反省の気持ちで首をすくめつつ、そそくさと彼のあとに続く。
「狩人ギルド」の店の中は相変わらず薄暗かった。けれど、テオという味方が招いてくれたおかげで、居心地の悪さは薄らいでいた。
テオは、ロザリアたちがついてきているのを横目で確認すると、店の一番奥にあるテーブルまで迷いなく歩いていき、こちらを振り返って座るよう促した。
4人がけのそのテーブルには、髭を蓄えた中年の男がすでに座って待っていた。彼が噂の商人だろう。
話しやすいよう計らってくれたのか、周りのテーブル席に他の客はいなかった。けれど、カウンターや少し離れたテーブルにいる客からは、相変わらず、こちらの動向が気になって仕方がないかのように、ちらちらと視線が飛んでくるのを感じた。テオから説明してもらったとはいえ、滅多なことをしないか見張られているのだろう。
そんな空気をものともせず、シュヴェルトが凛とした声で切り出した。
「あなたが、王都の魔術障壁が破られるところを目撃したという商人か? ずいぶん触れ回っていると聞いたが」
彼は問い詰めるようにじろりと睨みながら、商人の向かいに座った。テオとロザリアも残りの2席に座る。商人は落ち着きなく髭を触りながら、慌てたように言った。
「あ、あんなもん見ちまったら、黙ってられなくてよ……経年劣化だとか公表されたらしいが、あんたらは本当の原因を知ってるんだろ? 俺が嘘を広めたんじゃねぇってことは、わかってくれるよな?」
商人はぎこちなく口角を吊り上げて苦笑いしながら、シュヴェルトのほうを恐る恐る見る。彼はひとつため息をついて、
「……まあいい。あの日見たことを聞かせてくれ」
その言葉を聞き、商人はほっとしたように肩の力を抜いた。それから、身を乗り出してテーブルに肘を乗せると、内緒話をするようにひそひそと話し始めた。
「最初から、怪しいと思ってたんだ。王都の関門に並んでたとき、俺の前に、貴族の乗るような馬車がいたんだが、周りに護衛が一人もいなくてな」
有力な貴族が馬車で王都へ行く際は、騎士団員を借りるのが一般的だ。魔術に長けたロザリアの父でさえ護衛をつけている。
それは、魔物や野盗から守ってもらうためというよりも、国王の兵である騎士団員を同行させることを厭わないという、意思表示の意味合いが大きい。傍から見ても貴族の馬車であることがわかるようであれば尚更だ。
王から兵を借りることができない理由があったのだろうか。そう思うのは、そのあと起こることを知っているからかもしれないが。
商人は眉をひそめて続ける。
「そいつの見た目について覚えてるのは、お前さん──副団長さんぐらい背が高くて、予想通り貴族みたいな小綺麗な格好をしてたことくらいだ」
商人はシュヴェルトの背丈を示しながら言った。
「そのほかには?」
シュヴェルトが問いかけたが、商人は首を横に振った。
「ジロジロ見れやしなかった。なんでかっていうと、そいつが馬車から出てきた瞬間、魔物と出会したときみたいな恐ろしさを感じたからだ。あれが『魔力探知』ってやつか?」
テオから魔術師と聞いていたのだろう、商人はロザリアのほうを向いて聞いた。ロザリアは、すかさず答える。
「そうかもしれませんわ。魔術に明るい方でなくても、高い魔力を無意識に探知してしまうことがありますから」
彼の証言を信じると、障壁を破った犯人は高い魔力を持つ者だと推測できる。であれば、見た目通り貴族であるということの信憑性も高まる。一般的に、位の高い貴族ほど高い魔力をもって生まれることが多いからだ。
ロザリアが初めてセレンと出会ったとき、彼女の魔力の美しさに見惚れてしまったのと反対に、世の中には、魔物に似た恐ろしさを感じさせるような魔力の持ち主もいるのかもしれない。
商人はそのときのことを思い返すように、目を閉じた。
「そんで、何かの魔術を使ったのか……気づいたときには、前にいた奴らがみんな倒れちまってた。そいつがそのとき魔術障壁を破ったってのは、魔物が街へ入っちまったのを見てわかったんだ」
魔術障壁を目視するには、自ら魔力探知をしなければならないため、実際に破れていく様子は、この商人の目には見えなかったのだろう。
ロザリアはシュヴェルトと目を合わせて頷いた。ほかの目撃者の証言や宮廷魔術師たちの見解とも一致する。
これ以上聞けることはないか、考えていると、商人が俯きながらぽつりと呟いた。
「だが、おっかないのはそれだけじゃねぇ……そいつの所業に震えてたら、こちらを振り向いて言ったんだ。今から言うことを、伝言しろってな……」
今までの話以上に、どこか言いづらそうにしている気がした。その様子に、ロザリアだけでなく、テオも首を傾げていた。
「ん? その話は俺も初耳だぞ」
「ああ……このことは、さすがの俺も、おいそれとは口に出せなくてな……」
商人はまた落ち着きなく髭を触りはじめる。ロザリアは黙って、彼の話を聞き漏らさないよう耳を澄ませた。シュヴェルトとテオも、急かすことなく彼が話すのを待っていた。
店内の話し声やドアベルの鳴る音が遠くに聞こえる中、商人は勿体ぶるように息を吐いてから、声を低くした。
「そいつは言ったんだ──『近いうちに、王女を貰い受ける』ってな」
「なんですって!」
ロザリアは思わず立ち上がった。シュヴェルトも腰を浮かせて身を乗り出す。
「本当なのか?」
「本当だ! こんな嘘ついて、不敬罪で捕まっちゃ、たまんねぇよ」
「どうして、もっと早く騎士団に報告しなかったんだ」
「俺がチクったって、あのおっかねぇ貴族に知られりゃ、どうなるかわからんだろう!」
「そのわりに、貴族が反乱するかもってのは、しっかり噂になってるけどなー」
飄々としたテオの言葉に、商人はぎくりとした様子で肩をすくませ、恐々とシュヴェルトの顔を見た。彼は呆れたような表情をして、あからさまにため息をついた。
「……安心しろ。すぐに騎士団で保護してやる」
少し投げやりな声であったが、商人は安堵の息を吐いた。
ロザリアは冷静になろうと、再び椅子へ座り直して、ゆっくりと商人に尋ねた。
「その者は、王都へ入ったのですか?」
「いや。魔物が入ってきた、って街は騒然としてたからな……そいつは何事もなかったかのように、街道を引き返してったんだ」
ならば、王都にはいないと考えていいだろう。実際、あの日街にいたロザリアも、その貴族が発していたという恐ろしい魔力を探知した覚えはない。
ひとまず安心だ。けれど、油断はできない。
「セレン様をお守りしなければ! シュヴェルト様は、今すぐ王都へお戻りくださいませ!」
シュヴェルトを見上げて捲し立てる。一緒に旅ができなくなることなど、まるで頭にはなく、咄嗟に口から出ていた。しかし、彼は首を横に振った。
「ロザリア嬢を一人にはできない」
「! こんなときに……!」
彼に聞こえないよう、顔を逸らして小さく呟いた。こんなときにドキドキさせないでほしい。
そんなロザリアの気も知らず、シュヴェルトは平然と言った。
「私が王都に戻れば、あなたは一人で犯人を探しに行くのではないか?」
「あ……」
そう言われて、否定ができなかった。ロザリアの考えを見透かすどころか、先回りされたかのようだった。
未来予知が現実になるのを恐れて、セレンのそばにいられない以上、王都に戻ることはできない。ならば、ロザリアにできることは、騎士団の詰所で決めたのと変わらない。犯人を追うことだ。
シュヴェルトが、言い聞かせるように、じっとロザリアを見つめた。
「王都には団長がいる。王家付きの近衛兵たちもいる。彼らは私よりも腕が立つから、心配はいらない。王都へは急ぎ伝令を出すとして、犯人を探すことも重要だろう」
「ですが……」
真剣な翡翠色の視線に耐えきれず、ロザリアは俯きがちにぽつりとこぼした。
旅の目的は当初よりもさらに深刻なものへと変わっている。天才魔術師として、調査の役に立つ自信はある。しかし同時に、シュヴェルトへの恋心によって、足を引っ張ってしまうかもしれないという不安もある。
シュヴェルト本人には到底言えない。ロザリアがそんな理由で躊躇っていることなど、彼はちっとも感づいていないのだろう。そう思うと何故だか少し胸が苦しくなる。
けれど、シュヴェルトは変わらず迷いのない瞳で、ロザリアを見つめていた。
「ロザリア嬢が調査をするというのなら、私もまだ同行させてもらえないだろうか?」
先ほどまでよりも優しい声音で、懇願するように言った。その曇りのない決意を、拒絶することなどできなかった。
「……わかりましたわ。シュヴェルト様が、そう仰るのなら……」
彼は副騎士団長として職務を遂行しようとしているだけだ。そう自分に言い聞かせ、ロザリアは小さく頷いた。




