第35話 若き狩人
ドアを開けるのと同時に、カランコロンと来客を告げるベルが鳴った。その可愛らしい音色を合図に、店内がしんと静まり返ったのがわかった。
お昼前にもかかわらず店の中には、すでに6、7人ほどの客がいた。テーブル席やカウンター席に散らばって座った彼らは、ほとんどが弓や剣を傍に置いており、狩人であろうということが見てとれた。
そして皆、警戒するような視線を、入店したロザリアたちのほうへと向けていた。
シュヴェルトが視線から庇うようにロザリアの前へ出ると、店内は思い出したかのように、談笑する声を取り戻した。
ロザリアは彼の後ろにくっついて、奥のカウンターの中にいる店主らしき人のところへと近づいた。シュヴェルトはカウンターへ軽く手をつき、グラスを磨いている店主に声をかけた。
「少しいいか」
「……なんだい?」
店主はどこか強張った声音で返事をし、顔を上げる。シュヴェルトの顔をちらりと見てから、隣に立ったロザリアに目を向けた。その目がわずかに険しくなる。
けれど、構わずにシュヴェルトは言った。
「人を探しているのだが──」
「悪いね。そういう仕事は請け負ってないんだ」
店主はシュヴェルトが言うのを遮って、再びグラスを磨き始めた。
「いや、依頼ではなく、この店に」
「他をあたりな」
しまいには、そう冷たく言い放って、カウンターの奥へと引っ込んでしまった。シュヴェルトが困ったようにため息をつく。
ロザリアは、魔力探知をしてみることにした。目を閉じて、意識を集中させる。先ほどの店主を追うように、動いている魔力を追う。その向かう先は、
(下……? 地下にも部屋があるようですわ。それに……もう一人誰かがいますわね)
探知を終え、目を開ける。シュヴェルトの袖をひいて、耳を貸すよう手招きした。彼は、ロザリアのほうへと身体を少し傾けた。
「魔力探知をしてみたのですけれど、地下に人の気配がありますわ。探している商人の方かもしれません」
「そうか、ありがとう。しかし、どうしたものか……」
小さな声でため息混じりに囁くので、不覚にもドキドキしながら、ロザリアは考える。無理に押し入るわけにもいかない。客同士の話し声が聞こえてはくるものの、警戒の視線はより一層強まっているように感じる。
ロザリアはちらりと店内を窺い見てから、近くのカウンターに座っていた客へ目を向けた。
「あの……」
「……」
思い切って話しかけようとしたものの、客はすげない態度でそっぽを向いた。他の客にもあたろうとしたが、近づこうとした時点で背を向けられたり、あからさまに睨みつけられたりするばかりだった。
シュヴェルトと目を合わせ、出直そうかと考えていたとき、
「──あんた、どこの貴族だ?」
出入口付近のテーブルに一人で座っていた若い男が、そう話しかけてきた。彼はロザリアに向かって問うたようだった。
「え……どうして貴族だと……」
ロザリアが驚きながらこぼした声が、届いたのかどうか。男は何も言わずに立ち上がり、傍に立てかけてあった弓を背負った。話を切り上げられたのかと思いきや、彼はついてこいと言わんばかりに、顎をしゃくって出入口を示してから、すたすたと出て行った。ロザリアはシュヴェルトと頷き合い、彼の後に続いた。
店の外に出ると、男はこちらを向いた。明るいところでよく見てみると、彼はロザリアと歳の近そうな若者だった。活発そうな顔立ちに金色の髪をしている。
若き狩人は腕を組みながら言う。
「やっぱり貴族だったか。だから警戒されてんだ。あんな噂が広まってるからな」
「噂というのは、王都の話か?」
シュヴェルトが声を落として聞いた。狩人は眉をつりあげて言う。
「なんだ、知ってんのか」
「いや、詳しくは知らない。だから、目撃したという商人に話を聞きたいのだ」
「貴族が目撃者を消そうとしてるんじゃないって証明できるか?」
「なんですって?」
思いがけない発言に、ロザリアの声は高くなった。狩人はそんなロザリアをじっと見つめ、疑いを向けるように目を鋭く細めた。
「──王都に魔物をけしかけたのは、貴族だったって話だからな」
「……!」
そんなことまで知れ渡っているとは。魔術障壁を破った者が貴族であるらしいというのは、ロザリアもついさっき知ったばかりの機密事項だ。
シュヴェルトの顔を見上げてみると、案の定、まずそうに眉根を寄せていた。
狩人はロザリアから視線を外し、そっぽを向いて呆れたように言う。
「貴族たちが結託して、王家への反乱を企ててるんじゃないかってな。最近はその噂で持ちきりだ」
王都の魔術障壁が破られるという前代未聞の話が広まったなら、そんな物騒な噂が立ってしまうのも無理はない。だが、貴族だからというだけで警戒されるのは心外だ。そう思い、ロザリアはふと気がついた。
「そういうことでしたら……商人の方は、衛兵に咎められるのを恐れて隠れていたわけではないのですわね?」
「衛兵? そりゃ、咎められはするだろうけど、悪徳貴族に捕まるよりはマシだろ」
狩人は当たり前のようにそう言った。商人は貴族を恐れて、狩人ギルドに逃げ込んだということだろう。
シュヴェルトもまた、ロザリアのした質問の意図を察した様子で、狩人へ投げかけた。
「では、私たちが王家に仇なす者ではないと示せばいいのだな?」
「ん? まあ、そうだけど……」
「ならば──私が王国騎士団の副団長だと言えば、信用に足りるだろうか」
シュヴェルトは羽織っていたローブを脱いで、騎士団の制服を見せた。飄々としていた狩人は、初めて驚いたように目を丸くした。
「副団長だって……? こりゃ、大層な人が来たもんだ」
「信じられないなら、衛兵に確認してもらってもいい」
「……いや、信じるよ。こんなとこで、そんな大胆な嘘をつく意味はねぇからな」
ロザリアはほっとして、シュヴェルトと顔を見合わせた。彼は安堵の笑みを浮かべて、小さく頷いた。
疑いが晴れたところで、狩人は気持ちを切り替えるように、片方の手のひらで拳を叩いた。
「じゃあ、お詫びと言っちゃなんだが、店にいる奴らには俺から説明してやる。ビビらせちまって悪かったな、嬢ちゃん」
彼の提案をありがたく思ったものの、ロザリアはその言葉尻に眉をひそめた。
「『嬢ちゃん』って……あなたも、あまり変わらない歳でしょう?」
「19だ。あんたよりは上だと思うぜ」
「……」
確かに年上だけれども。ロザリアは、なんとも言えない悔しさに口を閉ざした。狩人は、あどけなさの残る顔で悪戯っぽく笑った。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はテオってんだ。適当に町を巡って魔物狩りをしてる」
そう言って彼はくるりと後ろを向き、背負っている弓を見せつけた。艶のある木製の弓には、ところどころに金色の模様が彫られており、意外にも精巧に作られているのが見てとれた。その上、「魔物狩り」だからだろうか、弓からは魔道具と似たような気配がした。
弓や魔物狩りのことをもっと尋ねたかったものの、テオがこちらに向き直ったので、ロザリアも名乗ることにした。
「ロザリアと申します。魔術師として、王都で起きた騒動についての調査をお手伝いしておりますの」
目を伏せて軽く会釈をする。続いてシュヴェルトも胸に手を当てた。
「私はシュヴェルトだ。肩書は先ほど言った通り。今はロザリア嬢の護衛を任されている」
その言葉に、ロザリアは落ち着きなく目を逸らした。シュヴェルトにとって優先すべきことは、今もまだ「ロザリアの護衛」であるということだ。そう思うと、なんだか気恥ずかしかった。
「魔術師のお嬢サマと、護衛の副団長ねぇ……」
何かを勘繰るように、狩人のテオは二人を交互に眺める。
「ま、まだ何か、疑っておられますの?」
運悪く声が上擦った。浮かれた気持ちを見透かされてしまっただろうか。顔が熱くなるのを感じながら、ロザリアは身構える。けれど幸い、テオは小さく肩をすくめるだけだった。
「何でもねぇよ。じゃ、ちょっと待ってな」
彼はそう言って二人に手のひらを向けると、先に一人で店の中へと戻っていった。




