第34話 張り切る天才魔術師
ロザリアの息を呑む音が、静かな部屋に響いた。
「では……どこかの貴族が王都を襲撃した、と? 何のために……」
魔術障壁を破り、王都の街に混乱を巻き起こした者。その数少ない手がかりが、貴族のような格好をしていた、という目撃者の証言だった。
「目的はわからない。その者の素性も。ただ東門に現れたということしか……」
シュヴェルトは悔しそうに眉をひそめた。しかし、その呟きを耳にして、思いがけず腑に落ちたことがあった。
「あ……! だから、わたくしが行きたい場所を尋ねたとき、シュヴェルト様は、東側の地域が気になる、と仰ったのですね? その者が東門から来た貴族なのであれば、東側に領地を持っている可能性がありますもの!」
ロザリアは詰め寄るように、机の上へ身を乗り出した。対して、シュヴェルトは思い返すように目を逸らした。
「いや、あのときは心に浮かんだことをそのまま答えただけだが……」
「あら、そうでしたの? けれど、おかげさまで、旅の目的がはっきりと定まりましたわ!」
「まさか……」
やる気に満ちたロザリアを見て、シュヴェルトは訝しげに片眉をつり上げる。それでも、一度火のついたロザリアの勢いは止まらなかった。
「東側の領地を巡り、魔術障壁を破った犯人を突き止めるのですわ!」
犯人が本当に人間であるなら、相当な魔術の腕を持つだろう。しかし、人のために使うべき魔術で人を傷つけることなど、魔術師として到底許せない。
王都に現れて以降、音沙汰のないその者が、今もまだ何かを企んでいるかもしれないのだ。
「こうしてはいられません! 早く出立いたしましょう!」
ロザリアは勢いよく立ち上がった。しかし、慌てて腰を上げたシュヴェルトが、それを引き止めた。
「落ち着いてくれ、ロザリア嬢。協力してくれるのはありがたいが、その前に、衛兵の話を聞いてやってくれ」
彼は制止するような手振りとともに言うと、衛兵のほうへちらりと視線を向けた。
「あ……」
そういえばここへ来ることになった発端は、衛兵が目撃者について何かを話そうと、シュヴェルトに声をかけてきたことだった。
それを思い出し、ロザリアは顔から全ての熱を放出しながら、おとなしく元の椅子へと座った。シュヴェルトも座り直し、改めて口を開いた。
「昨日、衛兵たちから報告を受けたのだが、あの日のことを目撃していた商人が、運良く逃れ、この町であの日のことを触れ回っているらしい」
彼はそこまで言うと、確認をするように、隣に立つ衛兵を見上げた。衛兵は頷いて、話を引き取った。
「はい。それで商人を探していたのですが、身を隠しているのか、なかなか見つからず……しかし今朝、彼を目撃したという情報が入りましたので、副団長殿にご報告しようとした次第です」
目撃者を目撃したということだ。ややこしさに頭がくらくらしてきた。
シュヴェルトが衛兵に向かって言う。
「だが昨日話した通り、私の今の任務は、ロザリア嬢の護衛だ。途中で放棄するわけにはいかない。だから、伝令を王都へ向かわせ、応援を要請するよう指示した。目撃者を探すのは、彼らに任せるつもりだったが……」
「わたくしのことを、その応援だと勘違いしたのですね」
「申し訳ありません……」
ロザリアが口を挟むと、衛兵はまた落ち込んだ様子で頭を下げた。
ようやく事情がつかめた。昨日、ロザリアが町へ到着したとき、顔を見たのは別の衛兵だった。今日初めてロザリアと顔を合わせた彼は、町娘の格好をしているロザリアのことを、護衛中の貴族令嬢だとは思わなかったのだろう。
「いえ、お気に病まないでくださいまし。わたくしにとっては、好都合ですわ」
おかげで、はぐらかされていた魔術障壁の件について、教えてもらうことができた。のんびりな旅もいいけれど、魔術師として役に立てるのなら本望だ。
騎士団が目撃者の商人をなかなか見つけられないのは、触れ回っているのを咎められると考えて隠れているからだろう。
魔力探知をすれば、建物の中に隠れていても見つけられる。トネリコの木のような魔力伝導率の高い素材で造られた建物なら別だが、それらは貴重で高価だから建材となるのは稀だ。
そうして、衛兵からその商人がいるはずだという場所を教えてもらい、さっそく向かうことになった。
*
ロザリアはシュヴェルトと二人で、書いてもらった地図を見ながら町を歩いた。
衛兵に案内してもらわなかったのは、この町で顔が知られているため、目当ての商人に警戒されてしまう恐れがあるからだ。
朝の宿場町は夕べよりも少し静かで、爽やかな空気が流れていた。酒場は戸が閉まり、賑やかさは鳴りを潜めている。代わりに、宿から出てくる旅人たちの期待に満ちた表情は、太陽に負けないくらい明るく輝いていた。
「ここだな」
地図から目を離し、シュヴェルトが足を止めた。町の大通りから路地を一本入ったところに、食事処らしき一軒の店があった。
店の入口に目を止めて、ロザリアは首を傾げた。
年季の入った木製の扉には「営業中」と彫られた小さな看板が掲げられている。そして、
「『狩人ギルド』……?」
看板の下には、走り書きのような字で、そう書かれた布きれが揺らめいていた。
「ギルド」というと、王都やルベウス侯爵領にもある、商人ギルドや職人ギルドなどが思い浮かぶ。同じ職を持つ者たちの集まりで、仕事の依頼を引き受けたり、その報酬を受け取ったりする場所だ。
この店が「狩人ギルド」を兼ねているのであれば、当然、狩人が集まる店ということになるだろう。
「探しているのは、商人というお話でしたわよね?」
「ああ。ここに逃げ込んで、狩人たちに護衛をさせるつもりなのかもしれないな……そこまでして身を隠す必要があるようには思えないが」
ロザリアも頷く。民の混乱を避けるために、国や騎士団が表沙汰にしていない事柄を、商人が言いふらしているのは、あまり褒められた行動ではない。けれど、何もここまで逃げ隠れするほどの罪ではないだろう。
「他に何か、後ろめたいことでもあるのかもしれませんわ」
「そうだな……では、私が先に入って様子を見てくるから、ロザリア嬢は──」
「いえ! わたくしも一緒に参ります!」
待ちぼうけなんてごめんだ、と抗議をするような気持ちで、ロザリアは彼の前に立ちはだかった。
「こちらには後ろめたいことなどありませんもの。たとえ狩人たちが敵対しようとも、怖くはありませんわ!」
「あ、おい!」
シュヴェルトの慌てた声をよそに、ロザリアは店の扉へ手をかけた。




