第27話 卒業パーティー
学期の終わりが近づくにつれ、魔術学院内の空気はピリピリと張り詰めていくようだった。学業の節目というのもあるが、やはり、別れの気配にあてられるせいだろう。
最高学年の生徒たちの中には、卒業しても王都に残る者もいれば、王都を離れて領地へ戻る者もいる。彼らとの別れを惜しむ気持ちもさることながら、彼らの抱えているであろう覚悟や不安が、それを見守る下級生たちにも伝わってくるのだった。
そんな中でロザリアは、進展のないユースとセレンのことを気にしつつ、自身も学年末の試験で忙しくしていた。
あれから「未来予知の魔術」を試してはいない。シュヴェルトと会うこともなかった。元より、接点のなかった相手だ。これが普通なのだ。
そう思いつつ、副騎士団長がかっこいいという噂話に耳を澄ませたり、図書館へ行くたびにそわそわしたりもした。騎士団本部へ行きたくなるときもあったが、我慢した。
大事な用もないのに、頻繁に会いに行けば迷惑になる。淑女たるもの、そのくらいは弁えている。彼は、恋人でもなんでもないのだから……。
ロザリアは、学院内に漂う別れの寂しさの中に、自身の胸で生じた少し形の違うそれを混ぜて隠した。
そうして日々は過ぎ、よく晴れた爽やかな青空の下で、魔術学院の卒業式典が行われた。
学院長である父は、一人一人の卒業生たちの目をしっかりと見つめながら、卒業を認める言葉を贈った。卒業生たちは皆緊張の面持ちでそれを受け取り、ロザリアは在校生として、気の引き締まるような思いで見届けた。在校生たちの作った花道を通り、学舎を去る先輩たちへ、心から祝福の拍手を送った。
その日の催しはそれだけではなく、夜には卒業を記念してパーティーが開かれた。
恒例となっているこのパーティーは、例年は学院の大広間で開かれている。しかし今年は、王女であるセレンがいるので、王家と学院の合同主催として、王城の大規模なホールを借り、卒業生だけでなくロザリアたち在校生も招待されることとなった。
ロザリアは意匠の控えめな、落ち着いた薄紅色のドレスを纏って参加することにした。主役である卒業生たちを立てる意味もあるが、少しでも大人びて見えるように、と思ったのは、心のどこかで期待をしていたからだ。
(王城で開催されるのなら、もしかすると、シュヴェルト様も……)
王城にたくさんの人が集まるとなれば、通常よりも警備が強化される。それを担当するのはもちろん騎士団だ。上の立場である副騎士団長がいても不思議ではない。
膨らむ期待にドキドキとしながら、ロザリアは開け放たれたホールの扉をくぐった。
広々とした天井の高いホールには、100人を超える生徒や先生たちが集まっていた。色とりどりのドレスやタキシードを纏い、キラキラと煌めくシャンデリアに照らされて、学院内では見られないような、華やかな雰囲気を醸し出していた。
ロザリアは顔見知りの同級生や先輩たちと挨拶を交わしつつ、そわそわと会場を見回した。そのとき、
「あ……!」
目に留まった光景に、ロザリアはつい、声を漏らした。
ホールの一番奥、会場全体を見渡せるところに、王の姿がある。玉座のそばにはセレンもいる。そして、その周りを守るように立つ騎士団員たちの中に、シュヴェルトの姿を見つけた。
ロザリアは咄嗟に目を逸らし、またすぐに彼のいるほうを、そうっと窺った。
見間違いではない。周りにいる団員たちと同じ格好をしているのに、なぜだか彼だとすぐにわかった。正装なのだろう、いつもの制服とは違って、ジャケットの肩や腰には国の象徴である銀色の飾りが多く付き、左肩からたなびく真っ白なマントが、色とりどりの会場の中でよく映えていた。
しばらく釘付けになっていると、そばから令嬢たちの話す声が聞こえてきた。
「あそこにいらっしゃるのは、噂の副騎士団長様よね?」
「まあ! 想像以上にかっこいいわ……!」
「これを機に、お近づきになれないかしら……」
「!」
ロザリアは思わず、彼女たちのほうを勢いよく振り向いた。幸い、彼女たちはシュヴェルトを見つめてばかりで、ロザリアの視線には気づいていないようだった。
ロザリアは、ふっと息を吐き、冷静になろうと俯いた。
シュヴェルトが「かっこいい」ということには同意できる。でなければ自分もこんなに苦労をしていない。なのに、そう言われているのを聞くのは、なんだか嬉しくなかった。
どうしてだろう。もやもやと考えていたとき、ちょうどパーティーの開会を知らせる声がホールに響き、ロザリアは気を取り直した。
「本日は、我々卒業生のために、このような場を設けてくださり、誠にありがとうございます」
ホールの中央に立ち、王の玉座へ向かって頭を下げたのは、卒業生代表として選ばれたユースであった。
「学院の先生方、そして集まってくれた在校生のみんなにも、卒業生各々が、悔いなく感謝を伝えられればと存じます」
会場を見回しながらそう告げて、再び頭を下げたユースに、拍手が沸き起こった。続いて、王から卒業生への祝いの言葉を賜ったあと、乾杯の合図でパーティーは始まった。
ホールに並んだ丸いテーブルに、美味しそうな匂いの料理が次々と運ばれてくる。今夜は立食式のパーティーだ。グラスを片手に料理をつまみながら、皆おしゃべりに夢中になっているようだった。
学院長である父なんかは、ひっきりなしに卒業生たちに捕まって、ロザリアが声をかける隙もなかった。会場へは別々に到着したから、ロザリアが来ていることすら気づいているのかどうか。
ならば──今がチャンスだ。
ロザリアはホールの奥へ目を向けた。シュヴェルトはまだ玉座のそばに立っている。彼を目に映しているところを、なんとなく、父には見られたくなかった。
グラスをテーブルへ置くと、ロザリアは談笑する人々の間をすり抜け、王やセレンのいる……シュヴェルトのいるところへと、さりげなく近づいていった。
もちろん、王の元へも人は途切れずやってきているが、ロザリアが挨拶するのを諦める理由にはならなかった。人の空いた隙を狙って、玉座の前まで踏み出した。
「ごきげんよう、陛下」
ドレスの裾をつまんで会釈をする。顔を上げると、王は頬を綻ばせた。
「おお、ロザリアか。少し見ない間に随分大人びたんじゃないか?」
「まあ、光栄ですわ」
そんなやり取りをしていると、近くで他の人と話していたセレンも、ロザリアがいることに気がつき、そばまで来てくれた。
「そのドレス、よく似合っているわ。あなたもそう思わない? ねぇ、シュヴェルト」
「……!」
彼のことはもちろん、視界の端に捉えていた。セレンがシュヴェルトに話題を振ってくれたおかげで、ようやく間近で堂々と彼の正装姿を眺めることができた。
シュヴェルトは「はっ」と返事をしてから、こちらを向き、ロザリアのドレス姿を翡翠色の瞳に映すと、
「ええ、もちろん。お綺麗です」
「……!!」
公の場であるため、かしこまった口調だったが、威力は十分であった。たとえお世辞であったとしても、彼のその言葉は、ロザリアの胸の奥にすうっと吸い込まれていった。
しばし喜びを噛み締めていたが、王の御前であることを思い出し、慌てて声を発した。
「わ、わたくしったら、大事なことを言い忘れておりましたわ……! セレン様、ご卒業おめでとうございます!」
「ふふ、ありがとう。まだ全然、実感が湧かないわ」
「セレンよ、のんびりしている暇はないぞ。卒業したのだから、婚約相手の吟味を急がねば」
王がすかさず釘を刺す。セレンは困ったように目を細めた。
「もう……お父様ったら、せっかちなんだから」
呆れたように言う娘に、王は「はっはっは!」と豪快に笑い、
「何なら、この場で決めてもいいぞ!」
と、冗談めかして言う。
その声を聞いたのか、周りにいた人たちの視線が、こちらへ向くのがわかった。会場の中にも、セレンに婚約を申し込んでいる者は少なからずいるだろう。王の言葉に、気が気じゃないはずだ。
ロザリアはふと、セレンの視線を窺った。彼女の視線は、ホールの中の一点へ、真っ直ぐに向けられていた。その先にいるのは──ユースだ。こちらには気づいていない。
彼はついさきほど、大勢の参加者の中で、立派に開会の挨拶を務めたばかりである。ユースもまた多くの人に囲まれていた。特に、上目遣いで集まってくる令嬢たちには、眉を下げて困っている様子だった。
セレンがそうであるように、ユースだって、婚約禁止の校則から解放されるのだ。再びセレンの表情を窺ってみれば、どこか不満げに唇をぎゅっと引き結んでいた。
(セレン様も、やはりユースお兄様のことを……)
王はセレンの気持ちを知っているのだろうか。今こそ、王の前で彼らの結婚を進言するチャンスなのではないか。
しかし──
「いっそのこと、シュヴェルトと結婚するのはどうだ?」
その言葉を耳にした瞬間、ロザリアの時は止まった。
(いま、今、なんと……)
言葉の意味を知っているはずなのに、頭が理解することを拒絶していた。
周りの視線が鋭くなったと感じるのは、決して気のせいではないだろう。しかし、ロザリアの胸に突き刺さったのは、数多の視線ではなく、内側から胸を引き裂くかのような鋭い痛みだった。
そうとは知らずに王は、良いことを思いついた、と言わんばかりに上機嫌な顔をしていた。
しばし流れた沈黙は、永遠に続くかのように思われた。
「……陛下、ご冗談はおやめ下さい」
最初に聞こえたのは、呆れたように言うシュヴェルトの声だった。しかし王は、彼の諫言をものともせず、ニヤリと口角を上げた。
「あながち冗談ではないぞ。ウェントゥス家なら、貴族同士のいざこざに気を遣わなくて済むだろう。それに、セレンだって子どもの頃には、お前の家に嫁ぎたいと……」
「お父様! そのお話は──」
セレンが慌てたように遮る。しかし、ロザリアの頭は真っ白になって、何も耳に入らなくなっていた。
そこからパーティーが終わるまで、どう過ごしていたかを、ロザリアはまるで覚えていない。溢れ出そうとしている全ての感情に、蓋をしていなければならないと悟って、ただただそのことに必死だったように思う。
気がつくとパーティーは終わり、ルベウス家の屋敷に帰っていた。自室へ入り、一人になった途端、
「あれ……わたくし、どうして……」
ロザリアの頬は震え、涙が止まらなくなった。




