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第26話 心の拠り所


 シュヴェルトと一緒にいることにも、だんだんと慣れてきて、自分らしく振る舞えるようになってきた。彼と魔術の話をしたからかもしれない。大好きなものの話をすれば、自然と緊張はほぐれるものだ。


 まだ相変わらず、鼓動が早まったり頬が熱くなったりすることはあるけれど、不快に感じることはなく、むしろ、そうなることを心のどこかで待ち望んでいるような気さえした。


 初めは二人きりになることを恥ずかしがっていたのに、二人でいられる時間が終わってしまうことを、惜しいと感じるようになっていた。


 騎士団本部からの帰り際、応接室の父親たちと鉢合わせなかったことに、二人してほっとして。当たり前のように、屋敷まで送ってもらって。


 ロザリアは思った。


 あんな夢さえ見ていなければ、素直に恋ができたのだろうか。


 嫉妬で国を滅ぼす夢。そんな未来が現実にならないよう、恋をしてはいけないと、ずっと自分に言い聞かせている。


 けれど、そうすることに意味はあるのだろうか。未来を変えられるという確証もない中で、意地を張り続ける意味が。


(……もしかしたら、すでに未来は変わっているかもしれませんわ)


 嫉妬に心を支配されれば、ろくなことにならない。それを知った今の自分が、恋をしたのなら、国を滅ぼす未来になどならないはずだ。


 そんな祈りを込めながら、眠りについた。腕輪型の魔道具を身につけたまま、「未来を知りたい」と強く願い──。


 そうしてロザリアは再び、同じ夢を見た。三度目の、未来予知である。


 緊迫感の張り詰めた冷たい城の中で、嫉妬の炎を燃やす一人の女。ロザリアは、寄り添う男女を、歪む視界の中に捉えた。


「──あなたは、その方に相応しくありませんわ!」


 自らの声がそう叫ぶ中で、王女の隣に立つ男から、目を離せない。夢の中でもロザリアの心を苦しめる、その人は……背が高い。


 その顔は──


「……っ!」


 ぼやけた顔に目を凝らそうとしたとき、ロザリアは目を覚ましてしまった。


(また、見られませんでしたわ……いえ、『見たくない』と願ってしまった……)


 きっと、もう一度試しても無理だ。魔術は想いに左右される。見たくないと願ってしまったら、未来予知なんてできやしない。


 ロザリアはベッドの上にうずくまり、シーツを頭から被った。王女の隣に立っていた男が、シュヴェルトだったらと思うと、寒気がするほど怖くなる。


(あれは、シュヴェルト様ではありませんわ。彼であるはずが……)


 今まで、「これは恋ではない」と言い聞かせていた言葉は、自然と「あれは彼ではない」という言葉に変わっていた。ロザリアは枕を手繰り寄せて抱きしめた。


(だって……シュヴェルト様のことで、セレン様に嫉妬をするなんておかしいですわ。彼は、セレン様とユースお兄様のことを、気にかけて──)


 そう考えて、ハッとした。自分が嫉妬に狂うということばかりに気を取られていたが、もっと大切なことを見落としていた。


 ロザリアの予知した未来は──ユースとセレンが結ばれなかった未来なのではないか。


 ロザリアの想い人が、セレンの婚約者に選ばれてしまった未来。……その相手が、シュヴェルトかどうかはともかく。


(セレン様とユースお兄様が結ばれれば、わたくしが嫉妬をする理由もなくなりますわ……!)


 ロザリアはシーツの中から抜け出して、がばりと起き上がった。


 以前、シュヴェルトも言っていた。「ときには背中を押すことも必要なのだろう」と。あのときの照れくさそうな彼を思い出し、ロザリアは腕の中の枕に顎を乗せた。


 けれど、こうも思う。予知した未来を回避するためという理由で、二人の仲に干渉しようとするのは、彼らに対して不誠実ではないだろうか。真面目なシュヴェルトなら、どう感じるだろう。


 いつの間にか、彼のことばかり思い浮かべていることに、まるで気がつかないまま、ロザリアはうーんと頭を捻らせた。





 週が明けた次の登校日。ユースとセレン、そしてロザリアの未来のために、どうすべきか。まだ答えは見つからなかったけれど、ロザリアの足は自然と、二人の教室へと向かっていた。


 彼らの卒業までは残り一ヶ月を切っている。最後に会ったのは、騎士団本部の応接室から、わざとらしく言い訳をして出ていくのを見送ったときだ。あれからの二人の様子も、気になっていたところだ。


 昼食を終えた昼休み。一学年上の教室の前で、少し緊張感を抱いていると、ちょうどそのとき、運良く教室からユースが出てきた。


「おや、ロザリア。どうしたんだい? あ、セレンなら今日はお休みだよ」


 ユースはロザリアがいることに気がつくと、当たり前のようにそう言った。二人とも、互いの名前が真っ先に出てくるところが同じだ。微笑ましく思ったのも束の間、ロザリアは彼の「変化」を、危うく聞き逃しかけたことに気づいた。


「ん……? 今、『セレン』と……!」


 ロザリアは喜びを隠せず聞き返した。


 ユースは自覚しているだろうに、「なんだい?」と、爽やかな笑顔でとぼけた。


 ロザリアもそれにならって、「なんでもありませんわ」と首を振った。それよりも、もう一つ聞き捨てならないことを聞いた。


「セレン様がお休みというと、ご体調がすぐれないのでしょうか?」


「いや、縁談の話に駆り出されているらしい」


「え……」


 返ってきたのは、予想とは別の意味で良くない知らせだった。ユースがここにいるということは、当然、その縁談の相手は彼ではない誰かなのだろう。


 あからさまに気を落としたロザリアを見て、励ますようにユースが教えてくれた。


「正式に婚約相手を決めるのは卒業してからだそうだ。ただ、力のある公爵家なんかが相手だと、断るにせよ持ち帰るにせよ、彼女本人が顔を出さないわけにはいかないらしい」


 彼は、なんでもないことのように言った。けれど、その声はどこか冷たく聞こえた。


「そんな……ユースお兄様は、それでいいのですか?」


「どうして? 僕が口出しできることではないだろう」


「でも……」


 セレンが、彼の知らないところで、婚約者になるかもしれない相手と会っている。ユースにとって、喜ばしいことではないだろう。


 ただ、それは二人が想い合っているならばの話だ。ユースがセレンのことをどう思っているのか。友だち以上の感情を抱いているのか。本心を聞いたことはない。聞けるはずもない。


 恋人同士かと尋ねてしまって以来、いくら鈍感なロザリアであっても、そこは踏み込んではいけない領域だと知った。


 ロザリアが何も言えないでいると、ユースが周りをちらりと見回してから、声を潜めた。


「……遅かれ早かれ、君の耳には入るだろうから、先に言っておくよ。実は──僕の家からも、王家に、セレンとの結婚を申し込んでいるんだ」


「本当ですの!?」


 思いがけず高い声が出てしまい、ロザリアは慌てて口を押さえた。ユースは呆れたように笑った。


「例に違わず、返事はないけれどね」


「セレン様ご本人には?」


「言っていない」


「ご存じなのでしょうか?」


「さあ? 彼女の元へは、たくさんの申し出があるだろうからね」


 やはり彼の言葉には、いつになく冷たさが滲んでいた。そうすることで、自分の心が熱くならないよう、冷ましているのだと思った。彼の心を守るためには、必要なことなのだろう。


 ロザリアが、もどかしさを感じていると、それが顔に出ていたのか、ユースが困ったように眉を下げた。


「すまない、もう行かないと。先生に呼ばれているんだ」


「あら、残念ですわ……また、言い訳をしていらっしゃるのではなくって?」


 ロザリアは、からかい混じりに、怪しむような目を向けた。ユースは、ようやく気の抜けたような笑顔を見せた。


「はは、言うじゃないか。今度は本当だよ」


 じゃあね、と手を振って、彼は教員棟のほうへと歩いて行った。


 その背中を見送りながら、ロザリアはシュヴェルトの言葉を思い出していた。


 ──二人が笑顔でいられることを願っている。


 けれど、セレンは今も縁談の場に駆り出されている。学院で過ごせる時間は、あとわずかであるというのに。


 いよいよ、ロザリアが背中を押すだけでは、どうしようもないところまで来ている。どうすれば、彼らが笑顔でいられるのだろう。


(シュヴェルト様なら、ユースお兄様に、どんな言葉をかけられたでしょう……って、わたくしったら、またあの方のことを……)


 気づけば、シュヴェルトのことを思い出してしまう。


「その人のことばかり考えてしまう」というのが「恋」だと聞いたが、それが本当なら、ユースたちだってそうだ。互いの名前が真っ先に出てくるのは、彼らの中で互いの存在が大きいという証だ。


 もし、二人が結ばれなければ、心の中で大きく膨らんだその拠り所は、許されざるものとなってしまうだろう。それがどれほど辛いことか、今のロザリアには痛いほどよくわかった。



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