第24話 応接室には先客が
二人は場所を変えようと図書館を出た。ただ、魔術学院の関係者ではないシュヴェルトは、さすがに学院内をうろつくことはできない。そこで彼が提案したのは、以前にも訪れた騎士団本部の応接室へ行くことだった。ロザリアも同意し、本部へ向かうことになった。
今度は初めから二人きりで過ごすことになるなんて。本部が近づくにつれ、緊張感が高まってきた。自分はとんでもない選択をしてしまったのではないか。後悔をしてしまいそうになりつつ、あくまで魔術の話をするだけなのだから、とロザリアは早まる鼓動を落ち着かせた。
そうこうしながら、あっという間に騎士団本部へ到着した。
しかし、目的の応接室には先客がいた。扉の向こうから、何やら言い争う声が聞こえてきたのである。
「だから、昔から言っているだろうが! 団員に魔術教育を受けさせろと!」
「うるせぇ! そんな暇があったら鍛錬させたほうがマシだ!」
応接室の手前で立ち止まり、シュヴェルトと二人で顔を見合わせた。
扉越しのため、少しこもって聞こえたが、ロザリアは片方の声に聞き覚えがあった。
「団長になっても相変わらず頑固なようだな、ウェントゥス!」
聞き覚えのある声が、意外な名前を叫んだ。ロザリアは不思議に思って、首を傾げた。
(あら? 『ウェントゥス』って……)
シュヴェルトの家名も「ウェントゥス」だ。どういうことだろう。それを彼に尋ねる前に、応接室の中で一際大きな声が言い返した。
「お褒めに預かり光栄だぜ、ルベウス侯爵さんよぉ!」
敬意のかけらも感じられない言い草であった。それはともかく、ロザリアは「あっ」と声を漏らした。間違いなく「ルベウス侯爵」と聞こえた。薄々察してはいたが、聞き覚えのある声の正体は、ロザリアの父だったのだ。
一人で合点がいっていると、シュヴェルトが申し訳なさそうな声で言った。
「すまない……お父上への無礼、私から謝罪しよう」
「いえ……! シュヴェルト様が謝られることではありませんわ」
そう返すも、彼は、ばつが悪そうに頭をかいた。
「とにかく、応接室は使えないようだな……」
ロザリアとしても、この場で父に出くわすのは、いろんな意味でまずい気がする。扉の向こうにいることを気づかれてしまう前に、できれば一刻も早くこの場から立ち去りたい。
その思いが伝わったのか、
「ひとまず、私の執務室でも構わないだろうか?」
という提案に、ロザリアは間髪入れず頷いた。
応接室の前を通り過ぎ、副騎士団長の執務室へと案内された。部屋は応接室よりも一回りほど小さく、落ち着いた色味のカーペットが敷かれていた。壁際には簡素な本棚が並び、真ん中には一人がけのソファがローテーブルを挟んで向かい合っている。奥にあるデスクの上には、書類が無造作に置かれていた。
ロザリアは、少しそわそわしながら、シュヴェルトを見上げた。
「普段は、こちらでお仕事を?」
「ああ。副団長に就任してから、書類仕事が多くてな……」
シュヴェルトはソファを勧めた。新調されたばかりなのか、革のソファには傷ひとつなかった。ロザリアはゆっくりと腰を下ろした。
「大事なお仕事部屋に、わたくしがお邪魔してもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだ。むしろ、殺風景なところで申し訳ない」
シュヴェルトはデスクの上の書類をさりげなく整えてから、向かいのソファへと座った。
「さきほどの件だが……」
と、彼がどこか言いづらそうに切り出す。
「あなたのお父上と話していた『団長』というのは──私の父なんだ」
「まあ……そうでしたのね」
「ウェントゥス」と聞こえたのは、やはり聞き間違いではなかったようだ。シュヴェルトが気まずそうにしていたのも頷ける。
そういえばロザリアの父は、副団長に就任したばかりであるシュヴェルトの名前と顔をすでに知っていた。彼の父と知り合いだったからだろう。シュヴェルトのことも昔から知っていたのかもしれない。
(お父様ったら、ずるいですわ! シュヴェルト様のことを、もっと早く教えてくださればよかったのに……って、わたくしったら、何を考えているのかしら)
ロザリアは彼に気づかれないよう、小さく頭を振った。
ロザリアの父とシュヴェルトの父とは、軽口を叩き合うほど、気の置けない仲であるようだった。意外な接点に驚いたが、それはきっとお互い様だ。
娘がシュヴェルトと出会うことを、父は予想だにしなかっただろう。今、こうして二人きりで居ることだって……。
そう思うと、どきりとしてしまう。親に内緒で、いけないことをしているみたいな気分だった。
(いえ……わたくしは、いち魔術師としてここに居るのです。恥ずべきことなどありませんわ!)
そう気を引き締めて、真正面からシュヴェルトを見つめた。彼はそんなロザリアの気も知らず、俯きがちに呟いた。
「父は魔術が苦手でな……昔から、ことあるごとにルベウス侯爵とは言い争ってばかりなんだ。先の魔術障壁の件についても、尽力くださったというのに……」
やれやれといったように、ため息をついた。ロザリアは魔術師の顔になって、すかさず聞いた。
「父は障壁について、何か言っていましたか?」
障壁が破れた原因について、ロザリアには何も教えてくれなかった。シュヴェルトからなら、聞き出せるかもしれない。
そんな期待を込めて問うと、彼は顔を上げ、ロザリアをじっと見つめた。思惑がバレているのか、話すべきかを見定めているかのようだった。ロザリアはたじろぎながらも、目を逸らさないよう努めた。
翡翠色の瞳に吸い込まれそうになりながら、負けじと見つめ返していると、シュヴェルトが小さく息を吐いて目を伏せた。
彼は顔にかかった前髪をかき上げてから、真剣な表情で口を開いた。
「今から話すことは、実際に魔術障壁を見たあなたにだから、伝えられることだ。くれぐれも内密にしてくれ」
「ええ、もちろんですわ……!」
ロザリアは、声が弾みそうになるのを抑えながら、そう返事をした。




