第22話 乙女の見る夢
ロザリアは幸せな夢の中にいた。
「魔術……愛し……うふふ」
魔術を愛し、魔術に愛されている。相思相愛であるロザリアと魔術は……
「誓い……ま……」
緩んだ寝顔でロザリアは呟いた。ロザリアの夢の中では──「魔術」との結婚式が執り行われていた。
立会人の前に立ったロザリアの隣には、魔術書の頭を持ち、魔道具をたくさん身につけた、異形の姿があった。ロザリアの脳内が無意識に作り出した「魔術」の擬人化である。
その不思議さに疑問を持つことなく、ロザリアが誓いの言葉を口にしようとしたとき、
「──その結婚、待った!」
響き渡った凛々しい声に、ロザリアは振り返った。式場の扉を勢いよく開き、眩しい光を背負って立っていたのは、紛れもなく──シュヴェルトであった。
シュヴェルトは剣を抜き「魔術」と争い始めた。二人の男によるロザリアの奪い合いであった。ロザリアは慌てて止めに入った。
「や、やめてくださいませ! わたくしは、『どちらも』愛しておりま、すの…………愛しておりませんけれど!?」
ロザリアは飛び起きて、夢から覚めた。
「わたくしは一体、なんて夢を……」
火照った頬を押さえ、ため息をついた。魔術のことはもちろん愛しているが、シュヴェルトのことは……愛しているだなんて、口が裂けても言えるはずがない。事実無根である。
目を閉じるとまだ、夢の中のシュヴェルトの姿が思い浮かんでくるようだった。胸がドキドキとして堪らなくなって、ロザリアは枕を手繰り寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
……良くない傾向だ。むろん、夢の中では、本心と違うことを口走ることだってあるだろう。未来予知の夢でないのは明らかなのだから、あんなおかしな内容を気に病む必要なんてない。
けれど問題は……彼が夢に出てきて、嬉しいと感じてしまっていることだ。高鳴る鼓動に不快感はなく、むしろ喜びに震えているかのようだった。
彼のことが気になっているせいだ。彼について、ある程度知ったにも関わらず、まだ彼のことが頭から離れない。知って満足するどころか、もっと仲良くなりたいとすら思い始めている。
──これは、恋ではない。
……そう自分に言い聞かせなければならないのは、これが恋かもしれないという疑惑を、捨て去れないでいるからだ。
その疑惑を晴らすためにすべきこと……ロザリアは決意した。やはり「知らない」から、そうかもしれないと、考えてしまうのだ。
次は「恋」のことを調べるべきだろう。
ロザリアはひとまず、クラスメイトたちに「恋をしたことがあるか」を尋ねて回ることにした。
とはいえ、「婚約禁止」の校則を作った父の影響で、ロザリアの前で恋愛話はご法度だというレッテルがある。未だクラスメイトの中にも根強い。
だからこそ、過去の反省も踏まえ、他人の恋心を踏み荒らさないよう、慎重に切り出すことを心がけた。
それでも、男の子はすぐに逃げてしまうし、女の子に聞いても、口ごもって何も無いと答えられてしまうばかりだった。
けれど、ロザリアの真剣さが伝わったのか、何人かの令嬢は率直に答えてくれた。
匿名を約束して、ロザリアは調査メモに書き記した。恋をしたことがあるという令嬢たちは、恋がどのようなものか、次のように答えた。
乙女チックな伯爵令嬢は「その人のことばかり考えてしまう」と。気弱な侯爵令嬢は「そばにいてほしいと思う」と。強気な伯爵令嬢は「自分のものにしたいと思う」と答えた。
やはり、人によって様々だ。想いの強さ、自分と相手の関係、そして性格によっても異なってくる。恋を定義するというのは難しいことなのかもしれない。
聞き取り調査を切り上げたロザリアは、調査メモを片手に頭をひねった。
「その人のことばかり」というのは、具体的にどのくらいの時間を指すのだろう。「そばにいてほしい」なんて、友人や家族に対しても思うことだ。「自分のものにしたい」とは、まだ思ったことはないけれど……。
ロザリアは首を振った。いちいち自分に当てはめて、反論してしまっている。それでは切りがない。
恋の経験者たちから、貴重な話を聞くことができた。けれど、ロザリアの中の疑惑はまだ晴れなかった。
(もっと普遍的な解釈が知りたいですわね……そんなときは、やはり……図書館でしょうか)
シュヴェルトのことを調査するのとは違い、恋のことなら本にも書かれているだろう。
魔術学院の図書館に、恋に関する学術書などがあるのか、そもそも、恋に関する研究が存在しているのかもわからない。しかし、恋愛を主題とした小説くらいは図書館にもあったはずだ。
恋愛小説の流行によって、学院内が幾度も修羅場と化し「婚約禁止」になった経緯から、戒めのように置いてあるのだ。誰もが共感するような物語の中の恋愛なら、十分参考になるかもしれない。
(図書館といえば……)
最後に訪れたのはシュヴェルトを見かけたときだ。あれ以来、足を運んではいなかった。あのときの目的だった、魔物や魔術障壁に関する本も、結局探せずじまいである。
……そちらも、今度こそ探してみよう。決して「彼にまた会えるかもしれない」なんて、期待をしているわけではない。
そんな言い訳じみたことを、やはりロザリアはどうしても、自分に言い聞かせてしまうのだった。




