第18話 お互いさま
副騎士団長シュヴェルトが真面目な人間であるということは、出会って間もないロザリアにも段々とわかってきた。
ロザリアに堅苦しく接するのは、彼が真面目であるがゆえ。ロザリアが侯爵令嬢であるから。それ以外の理由はない。
そうは思っていても、楽に接する彼の姿を知っている。ロザリアを町娘だと思っていたときもそうだし、旧知の仲であるというユースに対してもそうだ。
だからだろうか。こんなにも息が……胸が苦しくなってしまうのは。
ロザリアは得体の知れない苦しさを抱えながらも、3人がいろいろな話をするのを聞いていた。
シュヴェルトが最近まで西の国境にいたこと。そこでの戦果を評価され、副団長に就任するとともに王都へ帰ってきたこと。ユースやセレンと会うのは5年ぶりであること。
調査しなければと思っていた彼についての情報だ。聞き漏らすことなく、しっかりと頭に入れながらも、やはり心はずっとモヤモヤとして、ロザリアは相槌を打つことに専念していた。
そんな中、シュヴェルトが感慨深そうに言った。
「ユースは背が伸びたな。もっと小さかったと記憶していたが」
それを聞いて、セレンが思わずといったように笑った。
「その言い方、親戚のおじ様みたいだわ」
「そうでしたか……?」と呟き、彼は不服そうに首を傾げた。
ユースも、ふっと笑う。
「最後に会ったのは13のときだったからね。そりゃあ背も伸びるさ。君には及ばないけれど」
彼は頭の高さを測るように、手のひらで示しながら言った。座っている今はまだ視線を合わせやすいが、立っているときのシュヴェルトは、ロザリアからすると頭ひとつ分くらい大きい。
「背が高くても良い事ばかりではないぞ」
「そうかい? 僕はもう少し伸びてほしかったけれど、無いものねだりというやつかな」
「私も、羨ましいと思うわ。ロザリアはどう?」
「……へ? わ、わたくしですか?」
急に振られて頓狂な声が出た。聞いているだけのつもりで、完全に油断していた。
「あなた以外のロザリアがどこにいるの?」と、セレンが悪戯っぽく笑う。
どう答えようか考えている間、3人の注目がロザリアに集まっていた。その中でもやはり、向かいに座るシュヴェルトの視線が気になって仕方がなかった。
早まる鼓動に急かされながら、直感的に浮かんだことをそのまま口にした。
「えっと……わたくしも、背が高いことには、憧れてしまいますわ」
……おかしなことは、言っていないはずだ。なのに、口に出してしまってから、自分が何か、恥ずかしいことを言っているような気がして、身体がじわりと熱くなってきた。
気を紛らわせようと、俯いてテーブルの木目を数え始めたとき、ユースが気遣わしげな声で問いかけてきた。
「ロザリア……君は今、何か気になることがあるんじゃないかい?」
図星である。ロザリアは、ぎくりとして顔を上げた。ユースは「言ってごらん?」と微笑んだ。
お兄様は昔からそうだ。ロザリアが困っているのを察して、相談に乗ってくれる。けれど、その優しさが今は少し困る。これはおそらく、言うまで帰してもらえない流れだ。
応接室がしばし沈黙に包まれる。ロザリアは膝の上に両手を重ね、ピシッと姿勢を正してから、意を決して口を開いた。
「シュ、シュヴェルト様は……」
声が裏返った。
「私ですか?」
名前を出されたのが意外だったのか、彼はそう聞き返した。ロザリアは黙って頷き、
「……ユースお兄様とは、ずいぶんと砕けた口調で話されるのだなぁと……思っておりましたの」
視線をさまよわせながら言った。ちらりと彼の顔を見ると、その表情は固いものへと変わっていた。
「ああ……すみません。この場では不適切でしたね」
「ち、違いますの! わたくしが言いたいのは、その……」
手をぶんぶんと振って否定する。けれど、続く言葉が出てこない。彼を咎めたかったわけじゃない。むしろ、その逆だったのに……。
後悔で泣きそうになっていると、ロザリアだけに聞こえるように、隣でセレンが囁いた。
「素直に言わないと、伝わらないわよ」
「素直に……」
そう言われて気づく。堅苦しい態度をやめてほしい──素直に接してほしいなら、まずはこちらが素直にならなければ。
ロザリアはシュヴェルトを見つめた。翡翠色の瞳がこちらを見つめ返してくる。唇を固く引き結んだ端正な顔を、あまり長く直視してしまえば、身体中が沸騰してしまうのではないかと思った。けれど、ロザリアは目を逸らすことなく切り出した。
「どうか……初めてお会いしたときのように、わたくしとも、気楽に話してくださいませんか? 呼び方も『ロザリア様』ではなく、『ロザリア』と」
息が詰まりそうになりながら、なんとか言葉にすることができた。
シュヴェルトは目を丸くしていた。けれどもすぐさま、安心したように頬をほころばせた。
「わかりました……いや、わかった」
(やったぁ!)
飛び上がりたい気持ちを抑え、ロザリアはソファに座ったまま、小さく身体を跳ねさせた。
──ん? やったぁ?
ふと、我に返る。どうして自分は、こんなにも喜んでいるのだろう。彼のことを知りたかっただけなのに、なんでこんなことをお願いしてしまったのだろう。
「ただし──」
そう付け加えたシュヴェルトの声に、ロザリアの意識は目の前の彼へと引き戻された。
「こちらからもお願いがある。私の名前にも、『様』は要らない」
ハッとする。自覚していなかったが、それもまた、お互いさまなのだった。
翡翠色の瞳に促され、ロザリアは彼の名前を、おそるおそる口にした。
「シュヴェルト…………さま」
……ダメですわ。火照りすぎて炎の魔術が出そう。騎士団本部を火事にするわけにはいかない。
ロザリアは項垂れた。恐ろしいお願いだ。名前を口にするだけでも限界なのに、呼び捨てだなんて、この人はロザリアを爆発させたいのだろうか。
顔を上げ、思わず恨みがましい目で見つめると、シュヴェルトはふっと笑った。
「では、『ロザリア嬢』と呼ばせてもらおう」
「……よろしくてよ」
唇を尖らせながら、少し不満を滲ませてロザリアは呟いた。けれど、もう息苦しさに苛まれることはなかった。今は、トクトクと胸に響く鼓動さえ、心地良く感じられた。
どうなることかと思ったが、気にかけてくれたユースのおかげだ。感謝の気持ちとともにユースに目を向けると、なぜだか今度は彼のほうが、憂いを帯びた表情をしていた。
不思議に思っていると、「懐かしいわ」とセレンが言った。
「私も昔、ユースに同じお願いをしたことがあるの。ねぇ、ユース?」
セレンが少し身を乗り出すと、彼はばつが悪そうに目を逸らし、頬をかいた。
「どうだったかな? あぁ、そうだ。僕はそろそろお暇させてもらうよ。このあと用事があるんだった」
「え、ユースお兄様?」
ユースはわざとらしい言い訳をすると、「ならば見送りを」と立ち上がろうとしたシュヴェルトを制し、流れるように一人で応接室から出て行ってしまった。
ロザリアが呆気に取られていると、バタリと閉まった扉を見つめ、
「……逃げられちゃった」
と、セレンが寂しそうに笑った。




