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第16話 騎士団へ偵察


 セレンが「着いたわ」と足を止めた場所は、ロザリアにも見覚えのある場所だった。


「あ……ここは──騎士団本部……!」


 一体どこへ連れて行かれるのだろうと不思議に思っていたが、なんてことはない。副騎士団長に会えそうな場所として、多くの人が真っ先に思い浮かべるであろう場所だ。


 そんな単純なことも頭から抜けていた。彼のこととなると、やはり調子が狂う。ロザリアは早くも帰りたくなっていたが、せっかく連れてきてくれたセレンを前にして、そんなことは言えなかった。


「昔から、団長か副団長のどちらかは、騎士団本部にいることが多いの。何かあったとき、すぐに指示を出せるように、ね」


 セレンが彼の居場所に見当がついていたのは、彼のことを知っているからではなく、騎士団のことを知っているからだった。淀んでいた心が嘘みたいに簡単に晴れた。


 騎士団本部は貴族街の端、平民街との狭間に位置している。一瞬、また無断で平民街へ出てしまうことになるのかと思ってヒヤヒヤした。しかも今は王女様と二人きりだ。一人で抜け出すよりもさらにばつが悪い。けれど、ここなら一応まだ貴族街の中だから、父に叱られることはないだろう……たぶん。


 セレンは騎士団本部のエントランスホールへ向かうのかと思いきや、建物の脇へとまわった。


「ど、どちらへ行かれるのですか?」


「心配しなくても大丈夫よ。すぐにわかるわ」


 勝手に入っていいものかと不安に思いながらも、ロザリアはセレンの後ろにくっついて、建物と生垣の間を抜けた。


 その先にあったのは、騎士団本部の庭だった。教室4つ分くらいの広さの庭は、草花の彩りが少ない代わりに、木でできた訓練用の人形が立ち並んでいた。


 どうやら訓練場となっているらしい。十数人の兵や騎士が木製の剣を持ち、人形や他の兵を相手に鍛錬に励んでいた。


 しかし、そこにいたのは兵だけではなかった。ロザリアたちが抜けてきた道の先には、先客がいた。


 訓練している兵たちと同じくらいの数の女の子たちが、庭の端のほうに集まって、訓練の様子を見学していたのだ。


 彼女たちの視線の先を辿ると、すぐにシュヴェルトの姿を見つけた。噂を確かめに来たのだろう。魔術学院の生徒らしき令嬢の姿が多かった。


 ときおり、キャーキャーと黄色い声が上がる。その度にロザリアはまた、心の中が曇っていくような気がした。


 そんなロザリアに、セレンは声を落として囁く。


「──シュヴェルト・ウェントゥス。あそこにいる背の高いのが、噂の副騎士団長よ」


 彼は木製の剣を片手で持ち、相手の兵士の剣先を軽くいなしていた。


「過去最年少、23歳の副団長だというから、騎士団内外から注目されているのよ」


「それで、『すごくかっこいい』という噂に……」


 ロザリアが呟くと、セレンは少し困ったように笑った。


「そうね……かっこいいかどうかはともかく、昔から剣術には長けていたわね」


「あの方のことを、副団長になられる前から、ご存知なのですか?」


「ええ。いろいろあってね」


 彼女は遠い目をして濁した。その「いろいろ」が聞きたかったけれど、あまり食い下がっては怪しまれるだろうと我慢した。


 そんな中、訓練が一段落したらしい。皆が剣を置いて休息を始めたとき、見物していた令嬢たちを差し置いて、誰かが庭の中央へと足を踏み出した。


 シュヴェルトはその人物に気がつくと、軽く手を挙げて挨拶をした。誰なのかしら、と目を凝らしてみると、それはロザリアのよく知る人物だった。同じく気づいたのであろうセレンが、先にその名を口にした。


「あら! ユースだわ」


「お、お待ちください……!」


 当たり前のように出て行こうとするセレンを引き止め、ロザリアは令嬢たちの後ろに隠れた。


 シュヴェルトとユースは話をするためか、庭の中央から離れて、こちらへ少し近づいてきた。辺りの令嬢たちは途端に静かになった。彼女たちもロザリアと同じように、二人の会話に耳を傾けているのだろうことがわかった。


「来ていたのか、ユース。久しいな」


「ああ。シュヴェルトが王都に帰ってきたと聞いてね。しかし相変わらずの人気っぷりだ」


「人気?」


 首を傾げるシュヴェルトを見て、ユースはわざとらしく令嬢たちのほうを向く。それに釣られてシュヴェルトもそちらを向いた。沸き立つ令嬢たち。しかし彼はキョトンとしている。


「ふっ、そういうところも相変わらずだ」


 ユースが頬をほころばせた。どうやらセレンだけでなく彼もシュヴェルトと昔からの知り合いらしい。しかも、知り合いならユースが伯爵令息であることも知っているだろうに、堅苦しくない口調で気安く話している。


 ロザリアが侯爵令嬢だとわかったときには、別人のように態度を変えてしまったというのに……。


 ロザリアは令嬢たちの後ろに隠れているのをいいことに、むすっと唇を尖らせた。


 その隣で、一緒になって身を潜めているセレンが、ロザリアの頬をツンツンとつついた。


「ねぇ、どうして隠れるの、ロザリア?」


 疑問のように言いながらも、うきうきとして楽しそうだ。


「セレン様……面白がっていらっしゃいますわね?」


 まだ少しむすっとしたまま、ロザリアがそう口にしたときだった。


「──セレン様?」


 と、令嬢の一人が後ろを振り向いた。途端、それが伝播するように、次々と令嬢たちがこちらを向いて、あっと驚いた。


「あら!」

「セレン様よ!」

「本当だわ!」


 たちまち黄色い声が上がる。副騎士団長シュヴェルトが人気なら、王女セレンディーネも負けず劣らずの人気だということを、ロザリアはすっかり忘れていた。


 瞬く間に令嬢たちの人波が割れ、シュヴェルトたちの視線の先に、セレンとロザリアが晒されることとなった。


 こちらに気づいたユースが目を丸くして言う。


「セレン様? ロザリアまで……どうしてそんなところに」


 流石のユースも、ロザリアたちが隠れていることには、気づいていなかったようだ。


 制服のシワを払いながら、セレンが悪戯っぽく笑う。


「ふふ。少し、かくれんぼをね。さぁ、観念なさいロザリア」


 未だ身体を小さくしているロザリアの腕を組んで引っ張りながら、令嬢たちの合間から出ていった。


 ロザリアはセレンの後ろに隠れたものの、シュヴェルトの視線を遮ることなどできなかった。


「あなたは、あの時の……」


「ご、ご機嫌よう……」


 翡翠色の瞳に声を震わせながら、ロザリアは辛うじて、か細い声を返した。



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