第15話 副騎士団長の噂
数日後の放課後。ロザリアは、一学年上のクラスの教室へと足を運んだ。
シュヴェルトのことを調べるにしても、どう調べればいいのだろう。魔術に関することなら図書館で本を探すに限るが、シュヴェルトに関する本が図書館にあるわけもない。
しばらく考えて、思いついた当てはひとつ。セレンに尋ねることだった。
騎士団は王直属の組織である。そんな組織の副団長ともなれば、王家の人間との接点もあるだろう。王女であるセレンなら、シュヴェルトのことを知っているかもしれない。
授業はすでに終わっており、ちらほらと生徒の出てくる教室の向かい側で、ロザリアは廊下の端にちょこんと立って待った。
もうお帰りになられたかしら。そう不安に思っていると、ちょうどセレンがクラスメイトたちに手を振りながら教室から出てきた。彼女はすぐにロザリアがいることに気がつくと、またいつものように嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきてくれた。
「ロザリア! どうしたの? 誰かに用かしら? あ、ユースなら、用事があるからって、先に出てしまったわよ?」
矢継ぎ早に言いながら、自分のことは二の次になっているのが、彼女の愛らしいところだ。ロザリアは微笑みながら小さく頭を振った。
「わたくしがお会いしたかったのは、セレン様ですわ。その、ご相談がありまして……」
「まあ! 聞かせてちょうだい」
ロザリアがもじもじと言ったのに、セレンは快く承諾してくれた。二人はゆっくりと話せるよう中庭まで歩き、木陰のベンチに腰を落ち着けた。
日が傾きつつある中庭には、穏やかな風と、放課後ならではのゆったりとした空気が流れ、会話を弾ませる生徒たちの姿がぽつぽつと見えた。
しかし、ロザリアの口は重く、二人の周りには、小鳥のさえずりばかりが響いていた。
シュヴェルトのことを聞きに来たのはいいものの、どう切り出せばいいか、わからない。セレンはロザリアが話し始めるのを黙って待ってくれていた。
彼のことを初めて話すからなのか、それとも、彼のことを他ならぬセレンに話すからなのか。セレンと相対した今になって躊躇いが生まれた。
懸念しているのは未来予知の夢のことだ。ロザリアは、自分がセレンを傷つける未来を見た。それは、恋人を奪われたと、セレンに嫉妬したことが原因だった。
もし、ロザリアの未来の恋人が、シュヴェルトのことだとしたら──
(……いいえ。そんなことはありえませんわ。わたくしは、恋なんてしていませんもの)
ロザリアはただ、シュヴェルトという人のことを知りたいだけ。知らないから気になってしまうのだ。知ってしまえばもう、気にならなくなる。そのために、セレンに話を聞く。それだけだ。
意を決してセレンのほうへ顔を向けると、中庭を眺めていた彼女は優しい眼差しをこちらに向けた。目を合わせながら、ロザリアは切り出した。
「セレン様は……副騎士団長の方のことを、ご存知ですか?」
「ええ、もちろん知っているけれど……」
そう答えたセレンは、なぜだか目を丸くしていた。
「珍しいわね。あなたが、ああいう噂に興味を持つなんて」
「噂?」
なんのことだろう。心当たりはない。ロザリアが聞き返すと、セレンは教えてくれた。
「『最近就任したばかりの副騎士団長が、すごくかっこいい』っていう噂よ。……もしかして、その話ではないの?」
セレンは声を落として、首を傾げる。
「い、いえ! その噂が気になったのですわ。セレン様なら、その方のことをご存知かと思って……」
ロザリアは咄嗟に、そう誤魔化した。彼のことを知りたい理由を、正直に説明するのは、少し恥ずかしかった。
それでも頬は熱くなる。ロザリアが魔術以外のことに興味を示すのは、たしかに珍しいことだ。セレンが驚くのも無理はない。
そうしてロザリアが俯いていると、隣に座るセレンがおもむろに立ち上がった。
「それなら、私に任せなさい。噂の副騎士団長に、会いに行きましょう?」
「え!?」
セレンは悪戯っぽく微笑んで、たおやかに手を差し伸べた。
思いがけない提案に、ロザリアは目を瞬かせた。戸惑いを隠せず、セレンの顔と手を交互に見た。
直接会うのはもっと彼のことを知ってから。そう思っていたけれど、セレンの誘いは甘いお菓子のように魅力的で、ロザリアの心を揺るがせるのには十分だった。それに、差し伸べられた王女の手を無下にすることなど、誰にもできるはずはなかった。
ロザリアは、そっと彼女の手を取った。セレンはロザリアを立ち上がらせ、手を握ったままエスコートするように歩き始めた。そのまま本当に彼のところへ、連れて行くつもりらしい。
(セレン様は、あの方が今どこにいらっしゃるのかを、ご存知なのでしょうか……一体どのくらい、あの方のことを……)
副団長に就任したばかりだということも、かっこいいと噂になっていることも、ロザリアは全く知らなかった。
手を引かれながら、セレンの横顔を見つめて思う。彼女のほうが、シュヴェルトのことを知っている。初めからそれを期待して相談したというのに、どこか寂しいような、晴れない気持ちが、ロザリアの心の中には漂っていた。




