第14話 図書館でばったり
その日の夜、父から改めて説教を受けた。街へ出た理由を聞かれたが、ロザリアは「嫌な予感がしたから」と誤魔化した。嫌な未来を予知したのがきっかけで街へ出たのだから、あながち嘘でもない。まさか実際に今日、悪い出来事が起こるとは、思ってもみなかったけれど。
父は険しい顔をしながらも、ロザリアの施した魔術障壁の応急処置が適切であったことだけは褒めてくれた。障壁は速やかに修復され、もう心配はいらないと父は強調した。ロザリアが気になっているのを察したのだろう。
最も気になっているのは、魔術障壁が破れた理由だ。過去に前例のない事態である。原因を特定するのは難しいだろう。修復にあたった父や宮廷魔術師たちの見解を知りたかったが、父はそれ以上のことを話してはくれなかった。
加えて、この件に関しては口外するなと言いつけられた。不安を煽らないように、という理由に異論は無いが、それでもロザリアの持つ関心を消し去ることはできない。
ロザリアがまだ障壁のことを聞きたそうにしているのを見て、父は説教の時間を短く切り上げた。得をしたと考えていいものか、複雑な気分だった。
*
そんな週末が過ぎて、次の登校日。ロザリアは再び図書館へ向かった。父が話してくれないのなら、調べるまでのことだ。
魔物が街に侵入したという出来事は、夢で見た未来予知の内容とも関連する。魔術障壁や魔物のことを調べようと思い立った。
基礎魔術、応用魔術、魔術史、などなど。ある程度分類されている本棚を、ちらりと目で辿りながら、参考になる本がありそうな場所へと向かう。
ついつい他の本に惹かれてしまいそうになるが、ロザリアは足を止めることなく、ゆっくりと本の列を縫って歩いていた。
そのときである。視界の端に映った、ひとつ先の棚の間を、背の高いシルエットがさらりと横切った。
ロザリアの足は固まった。
どうして? いや、見間違いだ。背の高い人物の名前を、思い浮かべてしまう前に、ロザリアはすぐさま否定した。こんな簡単にまた会えるはずがない。そう言い聞かせながら、本を探すことに集中しようとした。
しかし、先を歩く低い足音を、耳が捉えて離さなかった。ロザリアは無意識に、音を立てないよう忍び足で歩いていた。図書館の床が柔らかな絨毯で良かったと初めて思った。
少しして、足音が止まった。ロザリアも咄嗟に足を止めて、誰もいない本棚の列に身を潜めた。ふと、思い出したかのように本棚へ目をやると、奇しくもそこはロザリアの目的地だった。
魔術障壁についての書籍が置かれている棚だ。辛うじてそれだけはわかったが、並ぶ本のタイトルを目で辿ってみても、つるりと滑っていくかのように、いまひとつ頭の中に入ってこなかった。
ロザリアの頭の中は、近くの棚にいるであろう人物のことで、いっぱいになっていた。
誰に言い訳をするでもないのに、ひと通り本の背表紙を目に映してから、ロザリアはいざ次の棚へ移ろうと通路へ抜けた。
隣の列へ入る前に、深く息を吸い、息を止めながら、頭を傾けてこっそりと覗いた。
「──!」
動揺して声を上げそうになった。背の高いシルエットは、見間違いではなかった。
そこにいたのは、本を手に取って眺めている副騎士団長──シュヴェルトだった。見間違いようがない。外套は羽織っていないが、あの日とおなじ騎士団の制服姿だった。
魔術学院の図書館は、誰でも利用のできる開かれた図書館だ。生徒ではない人を見かけることは珍しくもない。当然、シュヴェルトがいても不思議ではないはずなのだが、見慣れた場所、ロザリアのホームとも言うべき場所に彼がいることは、現実と夢の狭間のような不思議な気分だった。
シュヴェルトは眉をひそめて難しい顔をしながら本を開いていた。けれど少しもしないうちに、ぱたりと本を閉じて、顔を上げた。
ロザリアは弾かれるように、すぐさま踵を返した。気づかれてはいないはずだ。しかし、これ以上ここにいたら、気づかれるのは時間の問題だ。
会わなければいいと結論づけたばかりなのだ。また調子を狂わされるわけにはいかない。
彼も魔術障壁が気になって調べに来たのだろうか。魔術のことを、どのくらい知っているのだろう。話をしたい。いや、ダメだ。何を考えている。会ってしまってはいけない。
自らに歯止めをかけながら、歩みを止めることなく、ロザリアはそのまま図書館から出た。広い廊下に出て、ようやく息をすることを思い出した。大理石の硬い床がコツンと鳴った。そこで初めてロザリアは入口を振り返り、図書館に来た目的を達成していないことを思い出した。
(何をしているのでしょう、わたくしは……)
深いため息が心の底から湧き出した。本を探しに来たのに、一冊も手に取ることなく出てきてしまった。しかし、今戻るわけにはいかない。彼と鉢合わせするかもしれないのだ。ああ、ままならない。
ロザリアは頭を抱えた。すでに調子を狂わされているではないか。
……認めよう。彼のことが気になっている。副騎士団長シュヴェルト。あんな衝撃的な出会い方をして、忘れようとするほうが、かえって良くなかったのだ。ならば……
ロザリアは図書館の入口扉を眺めながら思った。
──彼のことを徹底的に調べよう。
わからないことがあれば図書館で調べ物をするように、彼のことも、調査すればいいのだ。
図書館の扉がきいと軋む。ロザリアは飛び上がって、柱の陰に隠れた。扉から出てきたのは案の定シュヴェルトで、彼は数冊の本を手に颯爽と去っていった。
ロザリアは柱に手を添えながら、その後ろ姿を眺めることしかできなかった。
(……面と向かってお会いするのは、彼のことを知ってからにいたしましょう……心臓に悪いですもの)
ロザリアは忙しなく動く心臓を労わるように、そっと胸をさするのだった。




