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~事件ファイルNo.14「焼き魚とエールと明太パスタ」~


 個人の大きな変化があったとしても、世界は関係なく時を刻むものだ。

 そうして、そんな世界の時に呑まれれば、個人の変化など皆無に等しい。


 黒い魔物の血が飛び散る。

 四足歩行の獣型の魔物を倒し、剣についた返り血を軽く振って払う。レオンの周囲では、班員たちも三人がかりで一匹の魔物を倒したところだった。


 班員たちの動きに迷いはなく、警備隊業務に新しく加わった魔物退治にもすっかりと慣れた様子だ。

 ……四人班としての活動にも慣れ、増えた仕事に対して、誰一人として文句は言わない。


 アレクが駆け寄ってきた。


「班長! 今のでこの周辺で目撃情報のあった魔物は以上のようです」

「分かった。警戒しつつ撤収するぞ」

「はいっ」


 班員たちが魔物の遺体を魔道具で燃やしていく。

 その様子をなんとなく眺めていると、以前はこの魔道具の出番はなかったな、とレオンはそんなことを思った。魔道具は便利だが、人の手で行った方が早いことも多い。

 少し増えた手間。少し増えた仕事。

 それでも……慣れていく。

 レオンの脳裏に、ドゥーカの『なんと卑怯なことかと、幾度も思ったものだ』という台詞が浮かんだ。


 特徴のないと言われる人間族(俺達)。

 だが、その変化への順応の速さこそが、特徴なのかもしれない。


 それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、こういう突発的な事象が起きた時には対応が早い。

 レオンは撤退する班の殿を務めながら、首をひねる。


(……しかし、予想より魔物の動きが遅ぇのが不気味だな)


 今回のことがあってから、レオンはダンジョン関連の情報を細かく確認した。

 その中に、モンスターウェーブの予兆として地上の魔物たちが生息地を唐突に移動する、がある。

 ダンジョンに向かっていく個体。逆にダンジョンから離れる個体など様々だが、間違いないのはモンスターウェーブが魔物を乱す何かを発生させているということだ。


 だというのに、リンドベル周辺の魔物の異変は、今までとは異なる。――大人しすぎる。

 警備隊の同僚の誰かが言っていた。

『やっぱり結界樹の加護なんじゃ……?』

 そうかもしれないと、レオンですら思ってしまうほど、想定していたよりも魔物の混乱が少ない。


 レオンは、シルヴァーノの言葉を思い出す。

 シルヴァーノの『知り合い以下の錬金術師』とやらの手紙。その錬金術師はシルヴァーノにこう伝えた。


『モンスターウェーブを止めに行く』


 止めに行くなど、今までの常識では不可能だ。


(まさか、本当に可能なのか?)

 そうであるに越したことはないが、かといってまだリンドベルから続報はない。それに想定していたより少ないとは言え、魔物たちの動きは、やはり普段とは違う。


 やることは何も変わらない。

 レオンは少し長めに息を吸った。そして、思う。


(あー、焼き魚でエール飲みてぇな)

 一体何日、あの酒場に行けてないのかを考え、顎を撫でた。指先にちくちくとした感触が伝わり、彼はいつものように顔をしかめた。




***




 そんな緊張と緩みが出始めた中、レオンが予想していたよりもあっけなく、事態は解決に向かうことになった。

 リンドベルが、驚くべき情報を公開した。


「……モンスターウェーブが、古代装置の暴走が原因だった、ですか?」

 小隊長室。

 各班長が集められた中で、ゲトルトが発した言葉に、レオンは半信半疑の顔で聞き返した。

 ゲトルトは神妙な顔をして頷く。


「リンドベルが言うには、な。だが、その結果としてモンスターウェーブを防いだという話には、説得力がある。現場にいるお前たちなら、尚更痛感しているだろう?」

 上司からの言葉に、誰もが反論できずにいた。

 ここ数日、周囲のモンスターたちの異常行動が激減していた。まるで以前のような状態に戻っていたのだ。


 レオンの左隣の男が、戸惑った顔で口を開く。


「ダンジョンそのものが古代装置が生み出していた空間かもしれないのは、まだ納得できます。しかし、だからといって装置を操作するなど可能なのでしょうか?

 帝国ですら、古代文字を解読できてないというのに」

 彼の疑問も最もだろう。レオンも、シルヴァーノの手紙について知らなければ、疑問を覚えていたはずだ。


 シルヴァーノの手紙の相手。

 帝国がアカデミーへの留学を許し、最年少で卒業したという名前も顔も知らない錬金術師。あのシルヴァーノが文句を言いつつも実力を認めている相手ならば、不可能ではない気もした。


「それは、確定情報でしょうか?」

 レオンは静かに問いかけた。前例のないことであり、当事者だけの話を鵜呑みにするのは少々怖い。

 ゲトルトがレオンに頷き、髪を掻き上げるようにつるりと頭を撫でた。


「……うむ。今、帝国本土で確認中だ。

 しかし、古代文字を解読したという錬金術師は、帝国のアカデミー卒業者らしくてな。その実力からして、信憑性は高いとのことだ」

 場がざわついた。


 アカデミーは本国の人間が入学するだけでも大変だが、それが他国の人間となるとさらに狭き門となる。留学を認められたというだけで、どれだけ優秀なのかが分かる。


「そして少なくとも、今まであった場所からダンジョンが消えていることは、間違いない。裏が取れた」

「! ならっ」

「だが、ダンジョンも古代装置も未知なものだ。もうしばらくは現状を維持する。

 お前たちは、班員たちが気を緩めすぎないように引き締めておけ」


 最後はやや強い口調でゲトルトはそう言い、その場は解散した。




 リンドベルの発表を受けてから、周囲のざわめきには大きく2つの反応があった。

 一つは単純に喜ぶ声。

 それはそうだろう。誰だってモンスターウェーブなんていう災害を望んでいない。


 もう一つは、悔やむ声。

 ダンジョンは未知のもので、今回のようなことも引き起こす。しかし同時に、そこで得られる資源は小さな国の存亡を揺るがすほどの経済力を生み出す。


 リンドベルはまだ流通の要衝なのでダンジョンがなくてもなんとか食っていけるかも知れないが……経済的にダメージを追うのは間違いなかった。

 人や物の流れには大きな変化があり、レオンからしても他人事ではない。


 更に言えば、元々いた『ダンジョン反対派』が今回のことで勢いを得るだろう。


 あったらあったで災害を引き起こし、なくなったらなくなったで騒動を引き起こす。そして発見してしまえば、無視や放置もできない。

 それがダンジョンという存在だ。


(……ま、結局厄介ものってことか)


 一難去ってまた一難とは良く言ったもので、レオンは肩をすくめた。


「あー、めんどくせぇ」




***




 いつもの酒場で、いつものエールと焼き魚。しかし久しぶりにやって来た店で、レオンは一人で静かに焼き魚をつつく。

 狭いテーブルが、今日は広く感じる。


「なぁ、リンドベルの話聞いたか?」


 周囲からは、最近話題の話があちこちから聞こえた。レオンの体感では、信じている者や期待している者が少し多いように思えた。


「結界樹が長年のモンスターウェーブ防いでたんだってな」

「加護はやっぱりあったんだ」


 というような、結界樹、というパワーワードで納得しているのだろう。

 それで納得できるならば、それはそれでいい。レオンは気になると言うだけだ。


「……俺は次の交易相手を探すかな。ダンジョン産素材無いなら、ここまで遠出する意味ないしなぁ」

 一方で、そんな声も当然あった。人の流れが間違いなく変わるだろう。


 多くの話を聞き流しながらも、それでも頭に入ってくる情報にレオンは眉間をやや吊り上げ、エールを一口二口と飲んだ。

 コトッとテーブルに何かが置かれる音がした。


 レオンが見れば、ややピンク色なソースのパスタがあった。


「なんだ、これ」

 よく見れば小さなつぶつぶが見えたので、何かの卵かもしれない。


「……知らないんですか、先輩。今、明太クリームパスタが流行ってるんですよ」

「知るかよ」


 レオンの疑問に対して返事をした主は、最後に見た時より随分とやつれて見えた。




――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.14「焼き魚とエールと明太パスタ」了――


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