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穏やかな時間

 クロイツ公爵領での採掘準備が本格化する中、エドワードとソフィアは隔週で顔を合わせるようになっていた。

 採掘計画の打ち合わせが主な名目だったが、話は必ずそれ以外のところへも広がった。エドワードの領地運営の課題、ソフィアが読んでいる地質学の本、屋敷の石がどの季節に多く生えるか。

「春先と、年の瀬が多い気がします」

「どちらも節目ですね。気が張る時期」

「そうかもしれません。自分ではあまり意識していなかったのですが……あなたに言われると、そうだという気がしてくる」

 エドワードが少し困ったように笑った。表情に作り物感がない。初めて会ったときと比べると、ずいぶん変わった。


 ある日、崖の前で採掘計画の最終確認をしているとき、エドワードが不意に言った。

「あなたと話していると、石の生え方が減ります」

 ソフィアが顔を上げると、エドワードが岩壁を見ながら続けた。

「緊張が緩むのか……以前は、誰かと話すたびに屋敷の石が増えていたのですが、あなたとの打ち合わせの後は、使用人が削る量が明らかに少ない、と報告を受けました」

「それは、複雑ですね。鉱石の採取量が減ってしまうのは少し残念です」

「本当に?」エドワードがソフィアを見た。「迷惑ではないですか。この体質のことも、石だらけの屋敷のことも」

 ソフィアは少し考えてから、素直に答えた。

「炭鉱の視察から帰ると、服が煤だらけになります。屋敷の廊下に石が生えているのと、どちらが片付けに困るかは、いい勝負だと思います」

 エドワードが一瞬きょとんとしてから、小さく吹き出した。声を上げて笑うわけではないが、それが初めて見た、本当の意味での彼の笑顔だった。

「……あなたは不思議な方ですね」

「よく言われます、変わってると」

「いいえ。変わっているのとは違う。ただ……こちらの都合に合わせて判断してくれる、という感じがします。石が生えることも、炭鉱の管理も、それ自体は普通に事実として受け取って、対処策を考える」

「嫌なことがあっても、あっても仕方ないので」


「そうやって、ずっとやってきたのですか」

 エドワードの声が、少し変わった。ソフィアは岩壁を見たまま、短く答えた。

「⋯他人の意思や行動は、変えられませんから」


 沈黙があった。風が崖の上を通り過ぎて、岩の粉が舞った。

「……縁談の話ですが」

 エドワードが言い出した。ソフィアは彼を見た。

「私はあなただから、進めたいと思いました。家同士の事情からではなく……あなた自身と、縁を結びたいと思っているからです」

 真っすぐな目だった。社交的な笑顔でも、疲れた顔でもない。

「改めてお伝えしておきたくて。あなたといると、この土地のこと、自分のことを受け入れられるのです」

 ソフィアはしばらくその言葉を受け取ってから、岩壁に視線を戻した。薄紫の結晶が、午後の光を受けて淡く光っている。

「私も……ここに来ると、呼吸がしやすいです。屋敷では少し息苦しいので」

「屋敷とは、バートリー家の?」

「ええ」

「それは……」エドワードが少し間を置いた。「大切な宝石を、早く採取しに行かないといけませんね」

 今度はソフィアが吹き出した。エドワードが、少し得意げな顔をした。

「初めて笑っていただけました」

「……そうでしたっけ?」

「はい、仕事の話ばかりでつまらないのではないかと気にしていました。笑顔が見られて嬉しいです」

 それきり二人は黙って、崖の前に並んで立っていた。


 岩壁の向こうに、まだ誰も掘り出していない鉱脈が眠っている。それが少し、自分たちに似ている気がした。


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