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鉱夫たちの移動と人材流出

 縁談を進めるのと同時に依頼した、地質調査の結果が出たのは、それから三週間後のことだった。

 王都から招いた地質の専門家が、クロイツ公爵領南東部の岩層を丁寧に調べ上げ、分厚い報告書を提出した。結論は明快だった。地下三十メートルから六十メートルの層に、バナジウム含有鉄鉱石の大きな鉱脈が存在する。推定埋蔵量は、現状の採掘技術でも二十年以上の採掘に耐えうる規模だ。さらに、地表付近に露出した薄紫の結晶は、既存の鉱物分類には収まらない新種と判断された。


 報告書を読んだエドワードは、珍しく長い間黙っていた。

「……この規模が、ずっと手つかずで残っていたとは」

「不法に誰かに奪われる前で良かったです」

 ソフィアは落ち着いて答えた。もう頭の中では、次の計画が動き始めていた。

 クロイツ公爵領の採掘には、専門の人材が必要だ。鉱石採掘は石炭採掘と似て非なるものだが、坑道の掘り方や岩盤の読み方といった基礎技術は共通する。バートリー家の炭鉱夫たちは、その技術を持っている。


 ソフィアはジャックを炭鉱事務所に呼んだ。

「聞いていただきたい話があります」

 帳簿と地図を広げて、ソフィアは説明した。鉱脈の規模、採掘の見通し、移行のスケジュール、そして報酬の試算。ジャックは口を挟まず最後まで聞いてから、腕を組んだ。

「……バナジウム鉄か。聞いたことはある。高く売れる」

「ええ。石炭の倍以上の値がつく見込みです。成果報酬も、今より上げられます」

「俺たちに選ばせるのか」

「強制はしません。希望者から段階的に移っていただく形で。バートリー家の炭鉱も、すぐには閉めません。石炭の需要がある間は、並行して動かします」

 ジャックはしばらく黙ってから、太い指で卓をトントンと叩いた。

「半分は、喜んで行くぞ。給金が上がる話に、首を縦に振らない奴はいねぇ」

「そうなると思っていました」

「残り半分は……まあ、様子を見てからだな」

「時間はあります」

 話はそれで決まった。ジャックは「まったく、えらいことする嬢さんだ」とやれやれといった様子で頭をかきながら、口元には笑みを浮かべて事務所を出ていった。


*  *  *


 鉱夫たちへの説明会を開いたのは、翌週のことだ。

 集まった六十人ほどの男たちは、最初は半信半疑の顔をしていた。石炭より高く売れる鉱石。新しい採掘場。報酬の増加。話が良すぎて、罠ではないかと疑っているような目もある。

 ソフィアは数字だけで話した。感情的な言葉は使わなかった。現状の採掘量と収入の推移、新しい鉱脈の埋蔵量の試算、市場価格の見通し、移行スケジュール。全部、紙に書いて配った。


 説明が終わったとき、最初に手を挙げたのは、ソフィアが以前に靴底の剥がれた子どもを持つ父親だと知っている男だった。

「……行きます。俺は行く」

 それを皮切りに、次々と手が挙がった。最終的に、異動希望を表明したのは四十七人にものぼった。


*  *  *


 問題は、その翌々週に起きた。

 父ダニエルが、ソフィアの部屋に珍しく直接やってきた。顔が赤い。機嫌ではなく、当惑と焦りで赤くなっている顔だ。

「ソフィア、これはどういうことだ」

「何でしょうか」

「炭鉱から人が抜けていると、ジャックから連絡があった。しかも大半が、クロイツ公爵領に移っていると言う。お前が絡んでいるのか」

 ソフィアは帳簿から目を上げた。

「鉱夫たちは自分の意志で移っています。強制はしていません」

「意志の問題ではない! うちの炭鉱が回らなくなるだろう」

「採掘量が落ちていることは、以前からお伝えしています。鉱脈の枯渇は避けられない状況で、今のまま継続しても三年以内に閉鎖になります。むしろ今のうちに人員を段階的に移すことで、急な閉鎖による混乱を避けられます」

「それを決めるのはわしだ!」

「選んだのは鉱夫たちです」


 静かな一言に、父が黙った。ソフィアは続けた。

「残留を希望している坑夫は十五人います。石炭の需要がある間は、その人数で採掘を継続できます。帳簿の試算はこちらに」

 紙を差し出した。父は受け取ったものの、しばらく眺めてから、脱力したように椅子に腰を下ろした。

「……お前は、わしをないがしろにして」

「彼らとその家族が、来年も食べていけるように動く、理想の領主代理として動いているつもりです」


 父はしばらく黙っていた。最終的に何も言わずに立ち上がり、部屋を出ていった。承諾でも否定でもなかったが、ソフィアにはそれで十分だった。

 扉が閉まってから、リサが壁際から出てきた。

「……お見事でした、お嬢様」

「大げさよ」

「いいえ。誰も責任を取るつもりなくほったらかされていた彼らのことを想って動かれたのは、お嬢様だけです」

 リサの声は、少し震えていた。ソフィアはそれ以上何も言わず、帳簿に視線を戻した。


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