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  作者: 葉月
今日見た夢は
22/25

6

一橋高校1年3組。

昼休みの時間。


昨日の深夜から降り続いていた大雨は昼頃にはピタリと止まり、まるで何事も無かったかのような雲一つない青空が今まさに広がろうとしていた。


「ホントに……、止むなら朝から降るんじゃねーよって感じよね」


弁当を食べ終わった真知が椅子から立ち上がり窓辺に近付く。親のかたきの如く憎々しげに空を見上げながらそう言ったのに対し、これまた昼を食べ終わったらしい登菜美が真知の隣に行き、「まったくや」と同じように空を見上げてこっくりと大仰に頷いた。


「確かに。雨も降ってないのに傘を持って帰らないといけないとか、めんどくさいよねー」


もぐもぐと、まだ昼御飯を食べながら一葉がそう言ったのに対し、私が「置いて帰ればいいじゃない。世間には『置き傘』っていう素晴らしいシステムがあるんだから」と言うと、一葉はふるふると首を横に振った。


「ちーちゃん。今日傘を置いて帰って、もし明日雨が降ったらどうするの?」


そんなの、別の傘を使えばいいじゃない。と即座に思ったが口にするのも何だか面倒くさかったのでやめておいた。


「いっちー、そういう事じゃないのよ。問題は傘じゃないの」


真知が、これまたふるふると首を横にふる。


「そうなの?」

「そうよ。それよりも大事な問題が、重大な問題が私達にはあるのよ」


大事な問題?

一葉は首を捻るが、私はとりあえずその真知の言葉は無視した。きっと大した問題じゃないだろうから。

だが、そんな私の冷め切っている態度を真知に見透かされたらしく、真知が私を睨みつけてくる。ため息を吐きつつ仕方なく、「問題って?」と私は真知に尋ねる。


「ここにいる私ら全員に関係する問題やで」


真剣な顔の登菜美がそう答えた。

登菜美はその問題とやらを知っているらしい。


「登菜美ちゃんはその問題、知ってるんだ?」

「あぁ。当たり前やん。重大な問題やからな」


真知の隣に立つ登菜美が、こそこそと内緒話をするかのように座っている私達に顔を近付けてくる。

それに合わせて、一葉も顔を近付け、仕方がないので私も顔を近付けた。


真知は立ったまま、窓の外を見ていた。まるで、外からくる敵にでも警戒しているかのように。


「で、何なの?問題って」

「この事は、他言無用やで」

「分かった。私、言わない」


登菜美はじっくり数秒間まを置き、「実はな……」と口を開いた。


「本や」

「本?」

「今日、真知はとある本を学校に持ってきてくれる筈やったんや。それが、朝から降ってた大雨で持ってくるんを断念したんや」

「……それで?」


私は、まさかそれだけじゃないでしょうね?という意味を含めて登菜美に聞く。

登菜美は真剣な顔で「それだけや」と言った。


「……くだらない」

「くだらないっ?!千春、あんた今くだらないって言った?!」


黙って外を見てた真知が聞き捨てならない、といった感じで突然声をあげる。

その真知の声は教室中に響き渡るほどの声量だった。


「ちょっ…真知、たかが本で騒ぎすぎ」

「たかが本じゃないわっ!たかが本じゃないわよっ!今日持ってこようと思ってたのは、最近全然いいのなくて悲しみにくれていた私が久々にヒットした燃えるようなび」

「真ぁぁーー知ちゃんっ!!!残念だったねぇーっ!!読みたかったなぁーその少女コミックっ!」


寸での所で一葉が遮ってくれたため、あの言葉が教室中に響き渡るのは回避できた。


「私が、わたしがあんた達が早く読みたいだろうと思って持ってこようとしたBL本なのに……」

「あぁー、ちーちゃんがまーちゃん、泣ぁーかしたぁー」

「…………」









一橋高校1年3組。

5時限目数学。


「黒多君、問い6って答え何になった?」

「えー……と、a=12ですね」

「………ホント?やっぱ間違ってるな。どこで間違えたんだろ……」

「如月さん。俺が間違ってる可能性もあると思うんですけど」

「黒多君が間違うなんてことありえないから」

「それは褒められたと取るべきなのか。それとも嫌味として受け取るべきなのか」

「……ん……何で違うんだろ。どこが間違ってるんだ?」

「………………如月さん、ソコ、かけ算間違ってますよ」

「えっ?どこ?」

「そこですソコ。3×6は15じゃなくて18ですよ」

「あれっ?ホントだ……」

「ケアレスミスですね」

「…………」

「如月さんがケアレスミスなんて珍しいですね」

「……結構するわよ私。ケアレスミス」

「そうなんですか。俺は見たことなかったんで」

「……黒多君がそんなに私のことを見てたなんてっ!」

「……如月さん、自分でやっといて自分で後悔するようなこと、やらないで下さいよ」

「はげど。5秒前の私の発言は無かったことで宜しく」

「解りました。………あの、はげどって何ですか?」

「激しく同意って意味みたい。皆が使ってた」

「そうなんですか。俺はまた新手の悪口かと……」

「私も最初そう思った」

「女の人って、やたら滅多ら略しますよね」

「そうね」

「何でなんですかね」

「何でだろ?楽だから?」

「だからって、激しく同意まで略さなくても」

「そこの後ろ二人っ!!!」

「「……っ!」」

「お前らはホントに仲がいいなぁ?先生、嬉しいよ。でも先生は二人だけじゃなくて、クラス全員が全体で仲良くなって欲しいと思うわけだ。てなわけでお前ら、朗報だ。明日、小テストを行う。クラス平均80点以下なら、俺が作る、楽しい楽しい分厚ーーい数学の問題集を全員にプレゼントだ。心してかかれ。以上」










一橋高校1年3組。

放課後。


今、教室にはクラスの半数以上の生徒が残って数学の勉強をしていた。

それもその筈。明日は数学の小テストがあるから。


「ちーちゃん達が乳くりあってるからぁーーー」

「乳くりあってないっ。そんな事言ってないで、ほら早く問題解いて」

「わがんないぃぃーーー」

「………」


ため息も出ない。

何でこんなことになったのか。


今教室内は、明日の数学の小テストに向けての勉強会と相なっていた。それは数学教師であるクラス担任が、明日小テストをすると急に言いだしたからだ。そして、平均80点、とかいう恐ろしすぎる点数を突きつけ、さらに恐ろしいことにその平均点を取れなければ特製の数学問題集を配ると言ってのけたのだ。


『特製の数学問題集』


その世にも恐ろしい問題集は、すでに他のクラスでは配布された事があるらしく、聞くところによると…………死人が出たらしい。


「ちーちゃんが乳くりあってるから……」

「まだ言うか。……だから責任感じて、こうやって残って勉強会の先生してるんじゃない」


乳くりあってたわけではないが、黒多も残って先生役に徹している。

まぁいつかは来るんだろうなって思ってたし。

いいんじゃない?クラスが仲良くなれるチャンスだし。とのクラスメイトの救いの言葉で、あまり非難される事はなかったが、数学の問題集を受け取りたくないのは皆の公然の事実。


だから皆は必死で勉強していた。


「き、如月さん」


名前を呼ばれ振り向くと、そこにはクラスメイトの真田。あまり話したことのない男子。まぁ、黒多以外の男子は大半話した事はないのだが。


「如月さん、あのさ、ちょっと教えて欲しい所があるんだけど」


そういって教室の一角、男子が2、3人集まっている所を指差す。

私は黒多を探すが、黒多は別の所で別のクラスメイトに教えている様だったので、しょうがなく椅子から立ち上がり真田と一緒に行こうとしたのだが。


「だ、だめだよ!ちーちゃんは今私が教えて貰ってるんだからっ!」


一葉ががしっと腕を掴む。


「一葉、すぐ戻ってくるから」

「ちーちゃん、私を見捨てるの!?私、今なら確実に50点も取れないよ!?」


私の腕を掴んで離そうとしない一葉に、私が困っていると、こちらに気付いたらしい黒多が「こっちは俺がやっときますよ」と真田を連れて向こうへと行ってしまった。

黒多は真田の肩をぽんぽんと叩いている。


「ここぞとばかりに話しかけて来よったな」


今までどこに行っていたのか。

登菜美がぬっと現れそう言った。


「ホントだよ。ちーちゃんは私のだってのに」

「あんたのものになった覚えはない」

「じゃあ、もう既に誰かのものなんか?」


登菜美がにやにやしながらこちらを見る。


「そんなっ!ちーちゃん、そうなの?ちーちゃんがいなくなったら……ちーちゃんが他の誰かに数学教えに行ったら…っ、私っ、30点も取れなくなっちゃう!」

「いっちー、それ違う。……まぁ、いっか」

「登菜美、あんたもいい加減な妄想してないで勉強すれば?」

「いい加減ちゃうもん。うちの見解では真田はちーちゃんのこと」

「登菜美」


私は登菜美の声を遮る。


「明日の小テスト大丈夫なの?」


いい加減にしろよテメェの意味も含めて、にっこり笑ってそう言ってやるのだが、登菜美には効かなかった。


「テストなら、多分70ぐらいは取れるから大丈夫や」


担任が指定した点数は80点なので、登菜美の大丈夫の意味が解らなかったが突っ込まないでおいた。


「あ、そや。うち今から飲み物買いに行くんやけどなんかいるか?」


登菜美が思い出したかの様にカバンから財布を取り出しながら聞いてくる。


「私はいい」

「私、リンゴ100%がいいー」


「おっけー」と登菜美は教室から出ていった。勉強しないならあいつは一体学校に残って何をしてるのか。










教室に残っている人数が減ってきて、そろそろお開きかな、と感じた頃、黒多が帰る準備をしていることに気付き、そちらに足を向ける。


「黒多君、帰るの?」

「如月さん。いえ、準備だけしておこうと思いまして」

「そろそろお開きムードだもんね」


まだ教室にいるのは一葉と私達を入れても8人。すでに時間は5時半を少し過ぎていた。


「ごめんね、黒多君。巻き込んじゃって。私があの時話しかけたりしなければこんな事にはならなかったのに」

「いえ。俺も調子にのって話してたのがいけなかったんで」

「だよね」

「………」


ブブブブブ、と携帯の振動音が響き、その音の持ち主らしい黒多が携帯を取り出す。メールだったらしく、暫く携帯を見た後で、また携帯をカバンに戻した。


「彼女?」

「はい。まぁ」

「デートのお誘い?」

「……はい、まぁ」

「へぇーーー」


にやにやと黒多の顔をじっーと見てやる。視線を外してこちらを見ない黒多の顔は徐々に赤くなる。

ごほっと下手な咳き込みをして、黒多が「ときに如月さん」とこちらを向く。


「何?」

「あれはどうなりました?」

「あれ?」

「俺がアドバイスしたやつですよ」


あぁ、アレねと私は黒多に貰ったアドバイスを思い出す。

黒多には『フラれて落ち込んだらどうする?』という、あの時の私にとって一番頭を悩ませていたとある男のことを相談したのだ。


そのとある男とは『鳴海彩斗』という、何故か体が小さくなるという摩訶不思議な体験をした男のことなのだが。

黒多のアドバイスのお陰かどうかは解らないが、鳴海はもとの姿に戻ることが出来、元の生活へと帰っていった。

そう、メモに短く書いてあった。


「あれって、結局何だったんですか?」


黒多に詳細は一切話して無かったが、そう聞いてくる黒多に、まぁいいかと大雑把に説明してやることにした。


貴重なアドバイスも貰ったことだし。


「実は、恋人にフラれた男がいて。その男があられもない姿……状態になったんだけど。それを助ける、というか手を貸すために私は色々手伝ってたってわけ」


へぇ、と黒多は意外そうな顔で私を見る。


「まぁ、それももう解決したんだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。あの人、立ち直ったみたい。きっと彼女ともより戻せたんじゃないかな。フラれたのには訳があったわけだし」

「そうなんですか…」


黒多が何やら奇妙な顔をして、何か言おうとした時、教室内が何やら騒がしくなってきていた。

教室に残っていた数人と、廊下を通りがかったらしい数人が窓から外を見て騒いでいる。


何だ?と不思議に思っていると、まだ家に帰っていなかったらしい真知が廊下から走ってきて「大変よぉぉーーっ!」と叫び窓に飛びつく。


「あそこに桜花学園生がいるっ!」


その言葉に反応した一葉は真知の隣に行き、窓から外を見る。多分彼氏である裕太君だと思ったのだろう。


「どこ?」

「あそこ!校門の所っ!ヤバイ……桜花学園の制服!男子校っ!リアル男子校生っ!」


来たーーっっっ!!と騒ぐ真知を見ながら、よくやるな、と呆れる。


「如月さんは見に行かないんですか?」

「行って何するのよ」


そう言って笑った私を一葉が呼んだので、私は行く気の無かった窓へと近付く。


「裕太君だった?」

「ううん。違うみたいだからもしかしたら、あの伊達野郎かなって」


伊達野郎って、どれだけ梓の事を毛嫌いしてるんだと思いながら私は校門の所にいるという桜花学園生を見る。


梓とは、実は今日会う約束をしていた。あの時の説明をするために。

実は前に一葉が言っていたのだが、梓は『新聞部』なのだそうだ。きっと鳴海の失踪の件も記事にする気なのだろう。

私はそれを上手く誤魔化さなければならない使命を背負っている。


梓には急な勉強会で遅くなる旨を伝えてはおいた。その後、終わったら連絡して下さいと返信メールが来ていたのだが………。

もしかしたら、迎えにでも来たのだろうか?と、じっと校門に立っている桜花学園生を見てみるのだが、遠すぎてよく見えなかった。


しかしその男は梓ではない雰囲気だったので、一葉に「違う」と言い窓から離れ、黒多の所へと戻る。


「桜花学園に知り合いがいるんですか?」

「うん。まぁ成り行きでね。でも違ったみたい」

「そうですか」


黒多は特に興味無さげにそう言い、さっきまでの話しに戻した。


「如月さんが男のために動くなんて意外ですね」

「黒多君。私だって男であっても助けはするわよ。まぁ、今回は巻き込まれた感じだったんだけど」

「巻き込まれたからって男助けるなんて、意外すぎます」

「…黒多君の中で私のイメージって、どうなってるの…」


そこまで冷徹じゃないんだけど。


「あの……、如月さん。その男の人って本当に元カノとより戻したんですか?」


おずおず、と言った感じで黒多が聞いてくる。


「だと思うけど?何で?」

「いや、その男の人、如月さんのこと好きになったりしなかったのかなぁって」

「………何で?」


頭の中をちらりと、先程見た校門前にいた桜花学園生の姿が浮かんだ。


「あ、いや、ほら、よくあるじゃないですか。落ち込んだ時に優しくされてその子が好きになる、みたいな展開」

「……黒多君。確か君が私にくれたアドバイスは『諦めないこと』だったよね。俺が彼女にもしフラれたら、きっと諦めずに彼女をもう一度振り向かせられるように頑張ると思いますって、確かそんなカッコいい事、私に言ったよね?」


私に言いましたよね?と言うと、黒多は顔を引きつらせながら「そ、そうですね」と小さく呟く。


「黒多君、彼女のこと諦めるの?」

「そんな訳ないじゃないですかっ!」


声を荒げて黒多は否定する。私はそんな彼ににっこりと笑って「だよね」と念押しした。

だからあんまりそういう不用意な発言はやめてよね。


ちょうどその時、真知同様まだ家に帰っていなかったらしい登菜美が、バタバタと廊下を走って教室に入ってきた。


「イケてたでぇっ!あの桜花学園生っ!イイ男や!カッコいいぞぉ。あれは絶対モテる男やとうちはみたっ!!」


その登菜美の言葉に、教室の女子達は色めき立ち驚喜する。ざわざわと一気に騒がしさが増す。


「……………」

「でも、あると思うんですよね」

「な、何が?!」


登菜美の言葉に気を取られていた私は黒多の言葉に大袈裟に反応してしまった。

黒多は訝しげに私を見てから何事も無かったかのように話を再開した。


「その人、それから会いに来たりはしてないんですか?」

「き、来てない。来てないけど?」

「そのうち会いに来るんじゃないですかね。だって俺も」

「黒多君っ!その話やめよう!なんか凄くフラグっぽいしっ!!」

「……フラグ?フラグって何がですか?」

「徳川家康って何代目将軍何だっけっ?!!」

「…如月さん、それはちょっと強引」


と黒多が言った所で、廊下から他クラスの女子が私を呼んだ。


「如月さん。校門の所で桜花学園の人が貴方を呼んでるよ」



教室中が静かになり、






そしてそれはすぐに破られた。




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