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【姫野_涼】
「ヒメノリョウ、です。よろしく」
私はクラスの生徒逹に挨拶した。興味津々、珍しいものでも見るように、不躾に子供逹は私をみる。
それに嫌悪感を覚えつつも、それを顔に出したりはしない。
だが、無駄に愛想を振り撒くのも嫌だったので無表情を貫く。
ここにいるのは、あくまでアレが見つかるまで。
アレを見つけるために潜入したようなものなのだから。
「はい、宜しくお願いします。では、あそこの空いてる席に座ってね」
先生がそう言って私を促す。私はそれに従って席に座ろうとして、奴を見つけた。
タチバナフタバ。
お前の正体を探るのも、私の仕事だ。
【橘_二葉】
「イギリスからの留学生、姫野涼さんです。家庭の事情で暫く日本にいる事になりました。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
先生がそう言った後、あの少女、姫野は日本語で挨拶した。
日本語喋れんじゃん、と思ったのも束の間、席に着こうとした姫野の視線と俺の視線がかち合う。
ギロリ。
と睨まれた。
俺はあの日の記憶を思い返し、これは大変なことになったかも知れないと一人ごちた。
【姫野_涼】
休み時間になると、わらわらと人が私の席に集まってきた。色々と聞かれるが、私はそれをのらりくらりとかわす。
煩わしかった。
だが、これもパパのため。私はパパのためにアレを探す。そして、
ちらりと後ろを見る。
タチバナフタバが友人らしき男2、3人と楽しそうに会話していた。
私は立ち上がり、周りを囲んでいたクラスメイト逹の合間をぬってタチバナフタバに近付く。
「タチバナフタバ」
「………」
ざわっとクラスがざわついたが私は気にしない。
私が気にすべきは、タチバナフタバ。お前の正体だ。
【橘_二葉】
教室中が騒がしくなる。
「双葉、お前この子と知り合いか?」
「やるなぁ双葉。もうお手つきとは?」
正直に言おう。
俺は安心していた。睨まれはしたものの、休み時間になればクラス中の人間、さらに隣のクラスやそのまた隣のクラスの人間までもが姫野を見に来たり話しかけたりしていたから。
囲まれていた姫野。
俺の事は何も話す様子ない姫野。
俺に話しかけてくる気配ない姫野。
俺は救われた。
姫野父があの後、上手いこと言ってくれたのだろう。朝、睨まれたのは気のせいだ。
それか、俺に関わらないようにしているのだろう。
それが賢明だ。
俺も、関わらないようにするから。
俺は救われた。
と、思っていたのに。
「タチバナフタバ。話、ある」
日本語お上手。
いつの間に勉強したの?
と聞いてあげたくなったが、そんな悠長にもしていられなかった。
「愛の告白だぁーーーっ!!!!!」
「きゃーーっ!!スゴーイ橘君!!国際結婚!?」
「双葉がやったぞぉーー!!!!双葉が金髪少女からお誘いを承けたぞぉーーっ!」
「双葉君何で何で何でっ?!もしかして、あなた逹許嫁とかとかっ?!」
「双葉、お前幼女趣味だったんだな……だから…」
「まてまてまて。姫野さんもこう見えて俺達と同じ中2だぜ?双葉は幼女趣味じゃねーよ」
「いやいや。まごうことなく幼女趣味だって」
周りが煩すぎて俺は口も挟めない。そんな中、姫野の視線は俺だけに注がれていた。周りの喧騒など、耳に入っていないという感じで。
睨む。
というより、見る、という感じ。
睨まれるより、怖い。
こ、怖い。
そんな中、姫野が口を開く。
「タチバナフタバ。お前は何者だ」
周りの喧騒がやみ、
静寂が俺と姫野を包み込んだ。
「タチバナフタバ。あの時のことを覚えているな?お前はあの時私を」
「ああああああぁぁぁぁーーーーーーーっっっっ!!!!!」
アンビリーバボォー!!!
こんな所で何言い出す気だ、こいつ!!!
俺の絶叫に唖然としているクラスメイト、とその他もろもろ逹。
だが、今俺はそれらに構っている場合ではない。
ソレよりも俺の立場を危うくするものを、この姫野は持っているのだから。
「よしっ!姫野、話なら場所変えようか!ここは煩いからな!きちっとちゃんとした話が出来る所に行くぞ!」
俺は姫野の手を取りダッシュした。
一瞬姫野が振り払おうとしたが、ここで振り払われてなるものか!俺がこいつに今ちゃんと説明しておかないと、俺を見る世間の目が大変なことになる!最悪、警察に捕まるっ!と力を入れる。
暫くして歓声が背中から聞こえたが、そんなもの後でどうにでもなる。
俺は姫野を連れて、屋上へと向かった。
【姫野_涼】
手を捕まれて、走らされる。何処かに監禁する気か!?と振り払おうとしたが、強く握られる。
お前なんか、私の手にかかれば一捻りなんだぞ、と反撃しようかと思ったがパパに言われたことを思い出す。
《けして、目立つことはするな》
《解ってる、パパ》
私は目立ってはいけない。ここでこの男をのしてしまったら、確実に目立つ。
この男も、こんな目立つ所で私を拉致監禁などはさすがにしないだろうと考え、私は大人しくタチバナフタバについて行くことにした。
それに、この方向はあの場所ではないかと思ったから。
【橘_二葉】
「あのさ、ちゃんと説明しときたいんだけど」
屋上。
姫野の手を離し、少し距離をとって話しかける。
「説明、とは?」
「俺はあの時、セクハラしたんじゃないから」
肩には触った。
だが、セクハラではない。決してない。
「せく、はら…?」
なんの事か解らないみたいで、姫野は首を捻る。
セクハラ、ではイギリス人には伝わらないのだろうか。
「その、せくはら、とは何だ?」
「えっ…、となぁ、それは……」
非常に伝えにくい。
「まぁ、あれだ。俺はお前に危害を加えない。あの時も危害を加えるつもりはなかったし、加えたつもりもない」
だからあの時のことは皆には言わないでくれ。
姫野は、少し考える素振りを見せた後「解った」と言った。
姫野が歩きだしたので、どこに行くんだと不思議に思っていたら、姫野がそのままフェンスをよじ登り始めたので慌てて駆け寄る。
「姫野っ、お前またっ」
「大丈夫だ」
「危ないって!落ちたらケガじゃすまねーんだぞ。小さくて身軽だからってたかくくってたらマジで死ぬからなっ!」
姫野は俺の言うことなど聞く気なしで、フェンスに座り、あの時のように外側に足を出してぶらぶらとさせた。
このガキ、ホントに落ちても知らねーぞっ!
とは思っても、このまま見捨てて立ち去る事も出来ず、俺は下で両手を上げたり下げたりしながらおろおろと姫野を見守っていた。
姫野が空を見あげる。
今日の天気もあの時と同じぐらい晴天だった。
「タチバナフタバ、お前は何故ここにいる?」
は?それって屋上って意味?それとも学校って意味?
それとも、日本語間違って使ってる?
解らずに黙っていると、姫野がこっちをじっと見ている事に気付く。
探るような、見透かすような視線と。
その碧色の瞳。
最初にここで会った時には馬の尻尾のように長かった金色の髪は、今は肩ほどの長さにまで短くなっていて、太陽の光に反射してキラキラ眩しかった。
「眩しい……」
思わず呟いた。
【姫野_涼】
「まぁ、あれだ。俺はお前に危害を加えない。あの時も危害を加えるつもりはなかったし、加えたつもりもない」
そうタチバナフタバは言った。危害。危害とは何だ?私を拘束することか?私を連れていくことか?私を殺すことか?私を使ってパパに何かすることか?
言葉でなど、何とでも言える。
だが、ここは殊勝な態度を取っておいた方がいいのだろう。
タチバナフタバがそう言うのだから。
「解った」
そう言ったら、タチバナフタバは何処か安心したような顔をした。
その顔が、普通の子供のようで。
何も考えていないような、ただの一般の子供のようで。
私は苛立ち、フェンスに上った。
タチバナフタバは「危ない」などと意味の解らないことを言う。このぐらい、「危ない」の内に入らない。
フェンスに座り、上を見上げる。
天気がよくて
空が青くて
雲が白くて
太陽が眩しくて
鳥が飛んでて。
子供逹の声が聞こえる。
明るくて、煩くて、楽しそうな、嬉しそうな、バカっぽい声。
「タチバナフタバ、お前は何故ここにいる?」
私はパパのためにここにいる。パパのため、『アレ』を見付けるため。悪用されないため。
私が信じているのはパパだけ。私にはパパしかいない。パパしかいらない。パパは私が守る。
タチバナフタバ。
お前は何のためにここにいるんだ?




