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〔第一部 謎の少女は夢を追う〕
姫野涼、橘二葉の話。
【姫野_涼】
空を見てた。
ずっと空を。
青い空を見て、ゆっくりと動く白い雲を見て、飛び立つ鳥達を見て。
私は一人、夢を見てた。
【橘_二葉】
そこにいたのは小さな女の子。小さく、可愛い、綺麗な女の子。その子は空を見て笑っていた。空を見上げて、笑っていた。
【姫野_涼】
一橋中学。屋上。
「――――」
声がしたから振り向いた。そこには日本人の子供がいた。その子供は、こちらを見て何か言っていた。でも、日本語はまだよく解らない。
子供はゆっくりとこちらに近付いて来て、何か言いながら両手をこっちに伸ばしてきた。
足をぶらぶらさせながらその子供の行動を見守る。手が届きそうなぐらい近付いてきたタイミングを見計らって私は、
飛んだ。
【橘_二葉】
一橋中学。屋上。
屋上に来たのは偶然で。
そこに女の子がいたのも、偶然だと思う。
そして、その女の子が屋上のフェンスに座り、あまつさえその小さな両足をフェンスの外に向けて座っているのも偶然だと信じたい。
俺は刺激しないように、少女にゆっくりと声をかけた。
「ね、ねぇ。そこに座ってたら危ないよ」
少女が振り向く。
金色の髪なのは後ろ姿で知っていたが、まさか瞳が碧色だとは思わなかった。
外国人じゃねーかっ!
と、一人突っ込みを心中でして、俺はゆっくりと少女に近付いて行く。
何故少女がそんな所に座っているのかは知らないが、確実に小さな女の子が座っていていい場所ではない。
言葉が通じているのかいないのか。定かではなかったが、自分の気持ちを落ち着かせるためにも、俺は喋りながら少女に近付く。
フェンスの側、少女に手が届くくらい近付いた。俺はホッと胸を撫で下ろし、少女をフェンスから下ろそうと手を伸ばした所で、
少女が飛んだ。
「……ちょっ…!」
慌てた。
のも虚しく、少女が飛んだのはフェンスの外側ではなく内側だった。
ゆっくりとスローモーションでも見ているような感覚を味わう。
少女は弧を描き、俺の上を綺麗に背面飛びをした。
一瞬、
太陽が少女の姿と重なり合って、少女の姿が眩しくて。
背中に羽根が見えた気がした。
【姫野_涼】
綺麗に着地出来た。
我ながら完璧。嬉しさで高揚し、そこにいる日本人の子供に自慢してやりたい気持ちになった。
《どうだっ!》とふんぞり返ってやったのに、子供はこちらをじっと見たまま動かなかった。
ここは拍手すべき所だぞ、とムカついたが日本人の子供には、この凄さが解らなかったのだろう、と考え直す。
今だぼけっと突っ立っている子供に、私は興味及び存在自体見なかった事にしてその場を立ち去ろうとした。
だが、後ろから日本語が聞こえ振り向く。だが、何を言っているのか解らない。
こんな事ならもう少し勉強しておくべきだった、と後悔した。
【橘_二葉】
「ちょっと待って!」
何故引き止めたのか、自分でも解らない。ただ、何故か少女を立ち止まらせる言葉が口から出てしまった。
引き止めたのに何をしていいか解らず、俺はとりあえず少女に近付く。
俺より頭2つ分ぐらい低い身長に、一つに纏められた長く金色に輝る髪の毛。こちらを見る碧色の瞳は吸い込まれそうなほど美しく、まさに宝石のようだった。
よく言われる、人形のよう、とはこの事を言うのだろう。
それとも、外国人を間近で見るのがこれが初めてだからそう感じるのだろうか。
俺を見上げる少女。
小さな少女に、俺は引き寄せられるようにして腕を伸ばし、
両肩を掴み、
くるりと反転させた。
背中に羽根は生えていなかった。
【姫野_涼】
拘束される!
と思い慌てて両肩を掴む子供の手を掴み返して思いっきり前に引っ張りながら背を丸め、そのまま子供を投げ倒す。
子供だからと油断した。
まさか敵だったとは!
背中に背負った鞄に忍ばせておいた拳銃を素早く取り出し、背中を強打して悶えている子供に向ける。
《どこの手の者だっ!》
既に日本にまで手が伸びていたとは。
呑気に散歩などしている場合ではなかったのだ。
【橘_二葉】
何が起こったのか解らなかった。多分少女に投げられたのだ、とは理解していたのだが地面に叩きつけられた背中と頭が痛くてそれどころではない。
何で投げられた?と痛くて起き上がれない体で考えていたら、ジャキッと言う音がして黒いものをこちらに突き付けている少女が太陽の光をバックにこちらを見下ろしていた。
「――――!」
何か怒鳴ったのは解った。そして、何か怒っているらしい事も解った。
あと、少女が持っているのが拳銃のおもちゃだと言う事は解った。
だが、何を怒っているのかは解らなかった。
のだが、一つ検討がついた。
肩に触ったから。
セクハラだと思われたのかもしれない。
ヤバイ。
そんなつもりは無かった。
俺は、違う!と言いたかったが言葉が通じないこの状況では何を言っても無駄だった。触ったのは事実だし。
俺は、『触らない』の意で両手を上げた。
【姫野_涼】
両手を上げて、何も喋らない子供。もしこの子供が敵の手の者だったとしたら。
殺すしかない。
だが、私の一存でそれは決められない。
《答えろ。貴様は何者だ》
子供は答えない。
ふるふると首を横に振るだけだ。
何も言う気がないのか。
それとも………。
私は拳銃を突き付けたまま、鞄を探り紐になるようなものを探す。
ちょうど日本に来た時にパパに買って貰った、取手がついた遊び道具らしき頑丈そうな紐があったのでそれで子供の両手を縛り、フェンスにくくりつけて逃げられないようにした。
子供の体を調べて、武器を隠し持ってないか確認してから子供に言葉をかける。
《大人しく待っていろ。すぐに戻る》
パパを見つけて、相談しないといけない。
【橘_二葉】
何プレイ?
と卑猥な考えが頭を過ったのは言うまでもない。
だって、縄跳びで拘束されて、フェンスにくくりつけられて。
体をまさぐられた。
際どい所まで。
しかしこれは小さな少女がやったこと。プレイ、とかでは決して無く、ただの『嫌がらせ』かつ『やり返し』だったのだろう。
セクハラじゃないんだ。
俺はセクハラをしたかったわけじゃないんだ。
とりあえず、ここまでやられたらお互い貸し借りなしの痛み分け、って事になるだろう。
立ち去った少女も、きっとこれで許してくれるはずだ。最後に捨て台詞とか吐いてたし。
何度も言うが、俺はセクハラしたかったわけじゃないんだけど。
はぁ、と溜息一つ吐き、両手拘束&フェンスに繋がれている縄跳びを取ろうともがく。
が、取れない。
もがく。
取れない。
もがく。
取れない。
……………。
「だ、誰か助けてぇぇーーーっっ!!!!!」
【姫野_涼】
《パパッ!》
《どうした?そんなに慌てて》
《大変なの!早く来て!》
《…何があった?》
《移動しながら話すわ!とにかく、奴が逃げる前に戻らないとっ!》
《分かった。行こう》
【橘_二葉】
くそっ!
こんな時に携帯は教室の鞄の中とか。ありえねぇーっ!
携帯を携帯していない自分に腹立ちながら、なんとかして縄跳びを取ろうとするが、なかなか外れない。
どんだけ固く縛ったんだ!?と少女に一種の恐怖を感じながらも、こうなったら噛み千切るしかないか、と考えていた所で、屋上の扉が開いた。
そこにはあの少女と、一人の目付きの悪い男の人。
何で戻ってきたんだろう、と思う気持ちと。
助けてくれるのか、という淡い気持ち。
その二つは二人の顔を見て、みるみるうちに泡となって消えた。
す、すげぇ睨んでる…。
よもやセクハラ疑惑で殺されることになろうとは今までの人生の中で考えたことも無かった。
さらば、俺の人生。
短かった。
お父さん、お母さん、姉ちゃん。今までありがとう。
あと、これだけは伝えたい。
俺、セクハラしたくてしたんじゃないんだっ!!!!!!!!
【姫野_涼】
《彼か…?》
パパが言う。
《うん。私を拘束しようとした》
パパは私にここにいるように言い、ゆっくりと警戒しながらあの子供に近付く。
パパは子供と何か日本語で話したあと、子供の拘束を解いた。
何でっ!?
とびっくりしてパパに駆け寄ろうとしたら、パパが向こうからこっちに近付いて来た。
《パパ!》
《大丈夫だ。あの子はただの日本人。追っ手じゃない》
そんなばかな。
あの子供は私を間違いなく拘束しようとしたのだ。
《ありえないっ!パパ、騙されてるわ!》
《落ち着け。あの子はただの日本人で、俺達には無害。あの子は何も知らない。パパの言うことが信じられないのか?》
パパの事はいつだって信じてる。信じられるのはパパだけ。
でも。
私は痛そうに手首を触りながらこっちへと歩いて来る日本人の子供を睨み付ける。
こいつは確かに私の両肩を掴み、背後から拘束しようとしたのだ。
【橘_二葉】
た、助かった。
あの男の人が優しくて理解の広い人で良かった。
流暢な日本語でいくつか質問された。俺は必死にセクハラしようとしたわけじゃないんですっ!!!!ちょっと背中が見たくて!いや、セクハラじゃなくてあの子が飛んだもんだからもしかしたら背中に羽根でも生えてんのかと思っただけなんですっ!!!!だから背中を確認したくて肩を掴んだだけで、決してセクハラしたくてしたんじゃないんですっ!!!!セクハラじゃないんですっ!!!!!!
と、必死に弁解したら解ってくれた。
あの少女の父親か何かだろうか。とりあえず、ぼこ殴りor警察に通報されなくて良かった。
少女が凄い形相でこちらを睨んでいる気がするのだが、気付かないフリをしてにっこり笑って「ごめんね」と一応謝っておく。
男の人が通訳してくれたみたいで、少女に伝わった、と思うのだが少女の態度はさらに悪化した。
「ごめんね。ちょっと気難しい子で」
男の人が申し訳なさそうに俺に言う。
「い、いえ。俺も考えなしだったので」
「手首、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと赤くなっただけなんで」
嘘だ。
物凄く痛い。
ヒリヒリする。
「僕は姫野創平。この子は娘の涼」
見た目外国人なのに、名前は日本人!?
と驚きながらも俺は姫野父に挨拶した。
「橘二葉です」
【姫野_涼】
「ヒメノ、リョウ」
《そうだ。それがお前の名前だ》
ヒメノリョウ。
日本での私の名前。
《解っているな。俺達は【アレ】を見つけ出さないといけない。何としてでも》
《解ってるわ、パパ。大丈夫》
《…巻き込んですまない》
パパが謝る。
パパが謝ることなんて無いのに。
《パパ、私に日本語を教えて》
元気のないパパに、殊更明るく話しかける。
《あぁ、そうだったな。お前ならすぐに覚えられるよ》
《当たり前。パパの娘だもの》
そう。
私はパパの娘。
パパは私が守る。
絶対に。
《パパ、今日会ったあの日本人の子供の名前、聞いたんでしょ?まず、それから教えてよ》
《ん?そうだな。印象深いものの方が早く覚えられるしな。あの子は【タチバナ、フタバ】》
「タチバナ、フタバ」
タチバナフタバ。
パパは騙せても、私はあんたを信じない。
私が信じているのはパパだけ。大事なのはパパだけ。
パパに害するものは、私が削除する。
タチバナフタバ。
あんたの正体、私が絶対に暴いてみせる。
【橘_二葉】
あの金髪碧眼の少女に会うことは二度とない。
そう思っていた。
そして、少女の存在すら忘れかけていた。
あの日から数ヵ月後。
夏休みが終わり、新学期。
存在すら忘れていたその少女が、
俺の中学の、しかも俺のクラスに転校してくるまでは。
俺の中であの記憶は抹消されていた。
冗談だろ?
絶対に年齢詐称してるって。




