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  作者: 葉月
謎の少女は夢を追う
3/25

3

【橘_二葉】


「じゃあ橘君。お願いね」


担任教諭は笑顔でそう言って俺に姫野を押し付けた。

この野郎。と俺の腸煮えくり返っていたのは言うまでもない。


姫野は大人しく先生の隣にちょこんといて、俺を見ていた。立ち去る先生の背中を見送ってから、俺は姫野に声をかける。


「で、家ってどこ?」

「…………」


無言で歩き出した姫野。

二度目のこの野郎を感じながら、俺は溜息を吐き姫野の後ろからついて行った。




話しは数分前に遡る。


友人らと帰ろうとしていた俺は、下駄箱で担任教諭に呼び止められた。

薄情なもので、友人らは俺を置いて先に帰っていく。

まぁ、姫野とのことを、またあれこれ詮索されないでいいから、まぁいっか。


と思ったのも束の間。



「橘君、姫野さんと仲良しよね?姫野さん、今日、本当はお迎えがくる筈だったんだけどお父様が来れなくなってしまって。家まで送ってあげてくれない?」

「………何で俺が」

「橘君、姫野さんと仲良しよね?」

「先生。何か勘違いされてるようですが俺は」

「橘君、姫野さんと仲良しよね?」

「……一人で帰れるでしょ。中学2年ですよ?」

「橘君、姫野さんは日本に来て間もないのよ?」

「…………」

「金髪碧眼の女の子よ?」

「…………」

「見た目小学生よ?」

「それ、先生が言っちゃうのはどうかと思いますケド」

「橘君、姫野さんと仲良しよね?」


念を押すように最後にそう言った先生に、俺は泣く泣く是と言った。






【姫野_涼】


パパが来れなくなった。

まぁ迎えなんて始めから言い訳で、本当はパパと一緒にこの辺りを探る予定だった。

だが、パパから電話があり無理になったと言われた。何かあったのか、と聞いたがパパは「近所付き合い」とだけ言った。


一人で普通に帰れたが、先生がそれを許さなかった。先生の提案で、タチバナフタバが送ってくれる事になったが、何かの陰謀だろうか。家の場所を知られてしまうのは避けたい。

適当に歩いたら別れようと考えていた。



タチバナフタバは私の少し後ろを歩いてついてくる。信用の出来ない要注意人物に後ろを歩かれる。もしやまた拘束する気か?

今、拳銃は持っていない。だが、体術でお前に負けないのは立証済みだ。


「タチバナフタバ。隣を歩かないのか?」


私がそう聞くと、タチバナフタバは渋々といった感じで私の隣を歩き出した。


「…あの、さぁ」


タチバナフタバがそう呟く。どこか変な態度でそう呟くタチバナフタバに私は不穏な空気を感じて、気を引き締める。


「何だ?タチバナフタバ」

「…あのさぁ……、そのフルネーム呼び、やめない?」


は?

と思ったのは仕方がない事だと思う。





【橘_二葉】


フルネーム呼びが凄く気になっていた。

俺以外の人の名前を呼んでいるのを聞いたことがないし、もしかしたら、それがイギリス流なのかもしれない。

だが、何かフルネームで呼ばれるのは、むず痒いというか気持ち悪いというか何というか。


「フルネーム呼びやめない?」と提案した後の、姫野の返答はかなり間があった。


一瞬足が止まり、また歩き出す。そんな姫野に歩調を合わせながら、俺は、なんかマズイ事言ったかなと冷や汗だらだらだった。


ど、どうしよう。

これってもしかしてもしかしたら凄く低確率でセクハラになってしまうのだろうか。


いや、もしかしたら横に並んで歩いているだけでもセクハラに………。

でも、今横にいるのは姫野が「隣を歩け」的な質問してきたからで。



「…………」


くっ!

俺は今、とてつもなく追い詰められているっ!



だが、そんな馬鹿げた発想も、姫野の一言で救われた。



「タチバナ、でいいのか?それともフタバ、か?」

「えっ?!あ、あぁ…、どっちでもいいよ」

「……そうか」


そうです。


つか、どっちで呼ぶかで悩んでただけかい。

色々悩んで損した気分。


こんな所、クラスの連中や知り合いに見られたらまた噂がたつ。

まだ家に着かないのかな、と早くもそんな事を考えていたから、前から歩いてくる知人に気付かなかった。


「双葉君?」


声をかけられて初めて気付く。そこには俺の姉ちゃんの友達、如月千春さんがいた。


ぎょっとした。





【姫野_涼】


「ち、ちち、ちーさんっ」


チーさん、と呼ばれた女性はタチバナと、ちらと私を見て微笑んだ。綺麗な顔立ちに不思議な空気。何者か。


「今から帰る所なの?」

「は、はい、まぁ…」


タチバナはちらっと私を見た後、下手くそな笑顔を顔に張り付けてチーさんを見る。

チーさんはそんなタチバナに「ふーん」とだけ言った。


誰だろう。

ただの知り合い、にしてはこの女性からはただならぬ空気を感じる。

じっと見ていた私の視線に気付いたチーさんは、私を見て微笑んだ


「こんにちは。双葉君のお姉さんの友達で如月千春です」

「…ヒメノリョウです」

「双葉君のお友達?」



友達?

タチバナとはそんな関係ではない。友達というふざけた関係になるつもりもない。


「クラスメイトだ」

「……そうなんだ」



チーさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を作った。その変化の早さが、この女性がただ者ではない事を示しているようだった。


「じゃあ、邪魔しちゃ悪いし私はそろそろ行くね」


そう言って立ち去ろうとしたチーさんをタチバナは引き止め、二人でこそこそと話していた。



怪しい。






【橘_二葉】


「ちーさん、ちょっとっ」

「何?双葉君」


何、じゃないよ。

絶対なんかろくでもない事考えてるでしょ。


「ちーさん、姉ちゃんに余計な事話さないで下さいよ」

「余計な事って?」


悪魔的笑顔でそう言うちーさんに、今日3度目になる「この野郎」を感じながら俺は気を落ち着かせる。

この人はヤバイ。

鋭い上に腹黒い。

上にからかうのが大好きときてる。


「ちーさんが考えてるような事はないですから」

「大丈夫大丈夫。別に余計な事は言わないよ。ただ私の見たままを一葉に伝えておけばいいんでしょ?」

「…………」


何かもう、俺って女運悪いのかな。女難の相出てるとか……?

ていうか、絶対この間の事寝に持ってるなこの人。



「…ちーさん、お願いが」

「何?」

「今日、今見たこと、誰にも話さずにちーさんの胸の内に閉まっておいて頂けませんか」

「いいけど…。別に隠すことないのに」

「あの子とは、ちーさんが考えてるような関係じゃないですから」


はっきり言って、さっきも姫野が言った通り、ただのクラスメイトですから。



………、まぁそれ以外にもあったはあったが。



「あぁなるほど。『まだ』そういう関係じゃないわけね」

「…………」



泣きたい。








【姫野_涼】


「タチバナ、あのチーさんとやらは誰だ?」


タチバナの姉の友達と言っていたが、タチバナとはただならぬ空気を感じた。


「ちーさんも言ってただろ?俺の姉ちゃんの友達だよ。ほんと嫌な人に見つかったよ」


タチバナは何処か心ここにあらずみたいな、諦めたみたいな、そんな感じで笑う。


私の横を歩くタチバナ。

あの女性はタチバナにとって、きっと逆らえない人の位置にいるのだろう。タチバナの正体を探るには、あの女性を調べる必要があるかもしれない。


横断歩道。

赤信号で止まる。


もう少し探ってみるか。



「タチバナ、タチバナの家はどこなんだ?」

「んー、俺はこの道を左に曲がって先」


それが本当かどうか。

タチバナの顔を見ても何も変化はない。


確かめてみるか。



ちょうど信号が青になった。私は足を踏み出す。




「なぁタチバナ」







横を向いた直後、





ぐいっと、前から肩を抱くようにしてタチバナに後ろに押された。






直後、私とタチバナの前をもの凄いスピードを出したバイクが走り抜けた。少ししてから、『ガシャーンッ!』と何かがぶつかる派手な音がする。




「まじかよ……」


タチバナの呟きが聞こえた。








【橘_二葉】


「まじかよ……」


ありえないって。

バイク事故って……。


俺は突っ込んで行ったバイクの方を見る。暴走バイクはここより先で店か何かにぶつかったらしく、ガシャーンッと言うもの凄い音がここまで聞こえてきた。


今日は俺にとって厄日だな、絶対。


周りが騒がしくなってきて、「警察」だとか「救急車」だとかの単語が飛び交う。

凄い騒ぎになってきた。

バイクに乗ってた人は大丈夫だろうか。


俺はバイクの進行方向に向けていた視線を戻し、姫野の肩に手を置いたままだったことに気付いて慌てて離す。


突っ込んで来たバイクから庇ったのに、またセクハラ疑惑をかけられたら堪ったもんじゃない。


「わ、悪い、バイクが危なかったからさ」

「………」



姫野は無言だった。







【姫野_涼】



びっくりした。

ただただ、びっくりした。



タチバナが私を庇ってくれたことに。


バイクが突っ込んで来ていた事に気付かなかったのは私の不甲斐なさが原因だ。

タチバナに気をとられすぎていた。


そのタチバナが、私をバイクから庇ってくれた。




守ってくれた。




パパ、タチバナは私が考えているような悪い奴じゃないのかな。


パパが言うように、無害なただの日本の子供なのかな。




でも私は、


パパ以外は、







絶対に信用しない。




私には、パパがいればそれでいいから。




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