表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 葉月
今日見た夢は
17/25

3.5

井坂の隣に座った鳴海の彼女。

森沢乃咲さんは、先程井坂に見せて貰った写真よりも何故か幼く私には見えてしまった。それは、彼女が今現在飛翔高校の制服を着ているからだろうか。写真では大人っぽく見えた彼女の姿が、今は年相応のいち女子高校生に見える。


腰まである黒髪を背中に流した彼女は、前に座る私を不思議そうに見た後、隣の井坂を見て説明を求めた。井坂が答える。


「こちらは如月千春さん。鳴海の事が好きなんで色々聞きたいんだってよ」

「好き…?」


少し驚いたような表情で目を大きく見開き私を凝視する森沢さんに、私は慌てて弁解する。


「あ、あ、ああのっ!好きってのは冗談で、ちょっと興味あるって言いますか、えっと、でもあの興味あるって言ってもそっちの興味あるっとかってのじゃなくてですね、あの、その、アレなんですよ。えっと…」


どどどどどどうしよう。

井坂にはああ言ったが、実際に鳴海の彼女である森沢の前で『鳴海が好きだから色々教えて下さい』とか完全にあり得ない。

ホントあり得ない展開だ。


こんなの、どこのバカ女だよって感じだ。

彼女に彼氏のこと色々聞き出そうとするとか、どこのバカ女か。

横取りしようとしてる、泥棒猫しようとしてる、とか思われても無理はない。

よくよく考えれば何であの時あんな出任せを井坂に言ってしまったのだろうか、私は。


そもそも鳴海が彼女はいない、と真剣な真っ正直な感じで言うから私は信じてしまったのだ。きっと心の奥底でその言葉を信じきってしまっていたのだ。

だから井坂に聞かれた時、あんなでまかせを、出鱈目法螺を言ってしまったのだ。

大丈夫大丈夫。彼女なんてきっと嘘さ、と高括って言ってしまったのだ。


あぁ、どうしよう。

私は別に森沢さんから鳴海を奪いたいとか、そんなバカな事考えてる訳じゃないのに。


私は完全にパニック状態に陥っていた。


「あの、だから、ですね。えっと、私が言いたいのはつまり…」

「彩斗君の何が聞きたいの?」


ゆっくりと安心させるかのように森沢さんはそう言って、微笑んだ。


一つしか違わないのに、この私とは全く違う落ち着き様は何なんだろうかと、慌てふためいていた自分に恥ずかしくなりながらも、私はすみませんと謝り頭の中をフル回転させる。


落ち着け、

落ち着くんだ、私。


私が聞かないといけない事を考えろ。

私がやるべき事は鳴海を元に戻すこと。突然小さくなった鳴海をもとの大きさに戻すこと。


鳴海が小さくなってしまったのは4日前。

ということは。


「あの、ここ1週間ぐらいで鳴海さんに何か変わったことって起きてなかったですか?」


そう私が口にした瞬間、森沢の肩がビクリと上がり、森沢の表情が引き攣ったかのように強張ったのが見てとれた。

明らかな動揺。


「お前、やっぱり何か知っているのか?」


それまで黙って成り行きを見守っていた井坂が低い声を出し目を細めた。

井坂の声とこちらを睨み付けるようなその表情に少しだけ怯む。確信を突きすぎたか、と少し焦った。



だが。



「……何か、あったんですか?」


私は何も知らない。

鳴海が『小さくなった』という事実以外は。


ちら、と隣のカバンの方を見ると、鳴海はピクリとも動かずに写真を凝視していた。ここからは顔が見えなかったが、あまりにも微動だにせずに写真を見ている鳴海を不信に思い、大丈夫だろうかとそっと手を伸ばそうとした所で、森沢のか細い声が聞こえてきた。


「行方不明、なの」


森沢を見る。

悲痛に満ちた表情で少し俯きそれだけ言った。それだけで彼女が鳴海をどれだけ心配しているのかが窺える。


「鳴海は寮に帰ってない。それだけならまだしも、学校にも来ていないんだ。連絡も取れない」


井坂が淡々と、情報を報告するかのように口にする。だが、言葉の中に鳴海を心配する気持ちが見え隠れしていた。


二人とも、鳴海を心底心配し想っている。それが解ったからこそ、私は井坂に質問した。


「いつからですか?」


鳴海が小さくなったのは木曜日だ。


「寮に帰っていないのは6月5日の木曜かららしい」


木曜日。

やはり小さくなった時から。


「その行方不明になる前とか、鳴海さんに不信な所とか、何か変わった事とかなかったですか?」


鳴海が小さくなってしまった原因。それが解れば自ずと解決案も浮かんでくるはずだ。

きっと何かきっかけがあったはずなのだ。変なもの食べたりだとか飲んだりだとか。何処か珍しい所に行ったりだとか珍しいものを見ただとか。

何かいつもとは違う、鳴海がこの姿になった、何らかの出来事が。


井坂が、初めてカップを手に取り珈琲に口をつけた。


「驚かないんだな」

「何がですか?」

「鳴海が行方不明になってるって事だ」

「…………」


井坂はカップを置き、ゆっくりと視線を合わせてくる。だが、その瞳は今までの探るような瞳ではなかった。真っ直ぐに私を射る。

そしてこれは何度目の質問だろうか。


「お前は一体何者なんだ」


特に『何者』だ、ということはない。

ただこれ以上、『無関係』だとは貫き通せそうになかった。

井坂の瞳は、ただ真実が知りたいと、そう真摯に語りかけているように思えたから。


「…………」


言ってもいいのだろうか、と初めて私は心が揺らいでしまった。鳴海が実は今ここにいて小さくなっていることを。今の鳴海の状態を。

小さくなった鳴海の事をこの二人に話し、一緒に解決方法を考えて貰った方がいいのではないだろうか。


そう思う反面、頭の片隅には、あの時の鳴海の言葉が引っかかてもいたりするのだ。










―――6月7日(土)


昨日、熱を出してふらふらだった小人は、今日の夜には全回復して元気になっていた。熱を出してふらふらしていた時もとても煩かったのだが、元気になった小人もすこぶる煩くて仕方がなかった。私の机の上でうろうろと忙しなく動いている。


「あの、元気になったんなら出ていって欲しいんですけど」

「え、何で?元気になったからこそ、ここからが本番じゃない」

「本番って何ですか本番って」

「本気で遊ぶ」


私はため息をはく。


「遊ぶ気はありません」

「それは、俺と二人でいるだけでも楽しいって事?」

「違います」

「俺と朝まで語り合いたい、と」

「違います」

「じゃあ俺と何をしたいの?」

「何で、何かやること前提になってるんですか。元気になったんならお帰り下さい」

「お帰りなさぁーい!ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも、お」

「解りました。じゃあ、とりあえずどうやってここに侵入したのか聞いてもいいですか?」


小人は話を遮られた事を気にもせず、「玄関から」と普通のことのように言った。だが、それは怪しいものだった。

小人専用の小さな抜け道とかがあるのだろうか、と私は思う。そんなものがこの家の中にあるとは考えたくもないが。


「ねぇ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。俺は鳴海彩斗。君は?」

「……如月千春です」

「可愛い名前だね。ちーちゃんって呼んでいい?」

「………」

「俺のことは彩斗でいいよ。さーちゃんとかでも良いよねぇ、可愛くて」

「………」


何だかイライラしてきた。

こいつを黙らせるにはどういう手法を用いるのがいいだろうか、とか考えてみる。


毒殺?

絞殺?

いっそのこと、このままぺしゃんこに潰して平べったくしてしまうのが一番手っ取り早くていいのかもしれない。

確かどこかに分厚い辞書があったはずだ。


「あ、そうだ。俺のこと誰かに言った?」

「言ってませんよ」


今は誰かに言ってしまっていれば良かったと後悔している。そして、このこ煩い小ネズミを押し付けてしまえば良かったと心の底から悔やんでもいる。


「良かった。もとに戻れなくなるかもしれないからね」


もとに?

小人の言葉に私は眉根を寄せる。


「じゃあ良かったついでに歌でも唄おうか。Kの『lucky』とか。俺、そんなに上手くはないけど聞けないこともないからさ」

「歌はいいです。というかそんな今どきな歌、よく知ってましたね」


小人なのに。


「あはははは。そりゃ知ってるよ。俺、そんなに流行に乗れてない感じするの?」

「いや、それ以前に小人さんですし。テレビとか見れるんですか?」


小人なのに。

やはり家の中に抜け道とかがあったりするのだろうか。仮暮らし的な。


「そりゃ見れるよ。今はこんなだけど元はちーちゃんと同じ大きさだし」


にぱっと笑い、「小さくなっちゃったんだよねぇ」と小人、鳴海は軽くそう言ってのけた。



……………。



「………あの…」

「何?俺の年齢?ふっふっふ、それはとっぷしーくれっと、だよ」

「いや、そうじゃなくて。…今、小さくなったとか言いました?」

「言ったねぇ」

「小人さんは、元から小人さんなんじゃないんですか?」

「小人じゃなくて鳴海彩斗。彩斗、でもいいし、さーちゃん、でもいいよ。あ、鳴海だからなーちゃんとかもいいかもね」

「元から小人なんじゃないんですか?」

「違うよー。さっきも言ったでしょ?元はちーちゃんと同じ大きさの人間。ほら、アレだって桜花学園の制服だし」


鳴海は、机の端にある小さなカゴに入っている服を指差す。

雨でびしょ濡れ、さらに熱で汗をかいていたので脱いで貰った鳴海が最初に着ていた服だ。


似てるな、ホント似てるな、とは思っていたが本当に桜花学園の制服だったとは。


「あ、しまった。俺のとっぷしーくれっとが」

「あ、あの。本当に小さくなっちゃったんですか?体が縮んじゃったんですかっ?」

「…ちーちゃん、さすがにそろそろ信じてくれないと、俺泣いちゃうかも」

「何でそんなことに」

「さぁ?」

「さぁ、って…。解らないんですかっ?」

「まぁ……、気付いたらこうなってたから」

「元に戻る方法は?」

「さぁ?」

「それも解らないんですか?!」

「何せ気付いたらこうなってたから」


気付いたら気付いたらって………。

そんな悠長な。


「あ、でもこれだけは言えるよ?」

「何ですか!?」


元に戻る方法ですか!?


鳴海は真剣な顔をしてこう言った。


「ちーちゃん以外の人間が、今の俺のこの状態を知ったら、元に戻れなくなる」

「…え……?」

「ちーちゃん以外の人間が、今の俺のこの状態を知ったら、元に戻れなくなる」

「いや、聞こえてます。聞こえてますから、ちょ、ちょっとだけ待ってもらえますか?」



あー……と。

どういうことだ?

コレは一体どういうことだ?


「ちっちっちっちっ」


落ち着け、

落ち着くんだ私。

いつもの冷静さを取り戻すんだ。


「ちっちっちっち」


私以外にこの事を知られたら元に戻らなくなるって言ったよね。

という事は、どういうことだ?


「ちっちっちっち、じゅうびょう経過ぁー」

「……っ、ちょっと黙っててもらえますかっ!」


さっきっから、ちっちっちっちっちっちっちっち煩いっ!


えーと、だからアレだ。

コレは、えーと




何だ?





小さな鳴海は、黙って今度は机の上に置いてある教科書やらノートやらを物色し始めている。

知ってか知らずか私の日記帳にまで鳴海が手を伸ばしたので、慌てて日記帳と鳴海の間を手で遮って「あのっ」と声をかける。


「それは本当のことですか?」

「…何が?」

「私以外の人が、今の貴方の事を知ったら元に戻れなくなるって」

「うん」


本当だよ?と、鳴海は頷く。


「……何でなんですか?」

「何が?」

「何で私以外が知ったら元に戻れなくなるんですか…」

「そういうもんでしょ?」

「そういうもんでしょっ、て……」


そういうもんって……。

どういうもんだよ。


「違うの?」

「違うのって……」


違うのって…………。





は?






「あの、もしかして証拠もなくあんな事言ったんですか?」

「証拠と呼ばれる証拠はないねぇ」

「…………」


なんてこった。

完全に流された。


「っ…、あのですねぇ……!」

「でも、違うという証拠もないよ」

「はい?」

「もしかしたら本当に元に戻れなくなるかもしれない」

「……………」

「ちーちゃんはさ、本とか読まない人?」

「いえ、読みますけど……」

「じゃあ、誰か他の人に知られたら呪いは解けない、みたいなこういう展開あると思わない?」

「…………」


そう言われるとありそうな気がしないでもない。

うーん、と考え込んでいると鳴海が何か浮かんだらしく、「あっ!」と声をあげる。


「俺、元に戻る方法解ったかも」

「ホントですか!?」


やった!

これで、この訳の解らないめんどくさい事柄から解放される!万歳!

と、思ったが鳴海が言った方法はとてつもなく馬鹿らしい方法だった。

鳴海は満面の笑顔でこう言ったのだ。









「ちゅーしたら戻るんじゃないかな?」







――――――――






うん。

なんか最後余計な事まで思い出してしまったが、それはいいとして。


もし万が一。

もし万が一、私が鳴海が小さくなっている事をこの二人に話して本当に鳴海が元に戻らなくなってしまったとしたら。


『責任とって、一生面倒見てください』的な展開となってしまうのは確実。


「……………」


私が黙っていると、森沢が何か言ったらしくぼそぼそと何か聞こえたのだが、よく聞こえなかったので森沢の方を何だろうと窺う。

すると、森沢の瞳から一筋の細い何かが頬を伝って流れ落ちた。


それは『涙』だった。


「私が、私があの時、あんなこと……あんなこと、言わなければ」


森沢は、次々に出てくる涙を目尻に溢れさせ、その涙は頬を伝って次々に下へ下へと落ちていく。瞳から止まることのない涙は、森沢の綺麗な顔をどんどん濡らしていった。


森沢の隣に座っている井坂が森沢の背中を撫でて、落ち着かせようと宥めている。

その井坂の顔も心痛そうだった。


そして、少し落ち着いたらしい森沢はゆっくりと口を開き、こう言った。



「……私達、別れたの。彩斗君がいなくなったあの日…6月5日に」






別れた……?




カバンの中の鳴海は微動だにしない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ