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6月9日(月)
天気 《くもりのち、小雨》
【結局、鳴海に何が起きているのか私には解りません。ただ、今日の鳴海は少し様子が違っていたことは確かです。やはり鳴海が小さくなったことと、今日会った彼女のことは何か関係しているのでしょうか】
日曜の夜、梓から連絡があった。鳴海のことを早速色々聞いてきてくれたらしい梓の、あまりにも素早い行動に恐縮しながらも感謝し、電話口で私は話を聞いた。
その時に聞いた梓からの情報の中で、とりあえず優先事項である所の『彼女』の存在の事を細かく聞いたのだが、彼女について梓から得られた情報は少なく、どうしたものかと頭を悩ませていると電話口で梓とは別の人物の声が聞こえてきた。
「鳴海の彼女に会わせてやろうか?」
梓よりも低く響く低音ボイス。
梓以外の人間が突然電話口に出たことにビックリした私は、すぐには声が出なかった。
電話口、遠くの方で梓が何か言っているのが聞こえるが、何を言っているのか判別できない。
「もしもし?おい、あんた」
「あ、はいっ。すみません……」
「どうするんだ?会うのか、会わないのか」
会うか会わないか。
その二択しかないのなら、答えは決まっている。
「…………」
先程の自室での鳴海の様子を思い出す。彼女の存在を口にしたら『いない』と言った鳴海。またとぼけているのか、と何回か問い質してみたのだが、鳴海は『いない』の一点張り。
その時の鳴海の表情や口振りは嘘や冗談を言っているような様子ではなく、本当にいないのだと事実を言っているように見えた。
逆に、「彼女がいるかどうかなんて、そんな下手な探りいれてくるなんて、実はちぃ、相当俺のこと気になってるだろ?大丈夫だよ。俺、彼女いないから安心しろ」と言われたぐらいだ。
何が本当で
何が嘘なのか。
「会います。会わせて頂けますか」
鳴海の『彼女』に会えば、その真実が解るのだろう。
学校が終わり放課後、そのまま鳴海を連れて駅へと向かう。桜花学園までは7駅ほど離れている。鳴海の『彼女』さんは桜花学園近くの飛翔高校に通っているそうなので、私がそっちに行く方がいいと言うことになり、桜花学園最寄り駅で待ち合わせとなった。
「ホントに行くのか?」
切符を買おうとカバンから財布を取り出した所で、中にいた鳴海がそう聞いてくる。
喋んないで下さい、と無言で睨み付け切符を買って改札を抜ける。
電車が来るのを待ちながら、側に人がいないことを確かめ、カバンの中にいた鳴海に話しかける。
「そんなに彼女に会うのが嫌なんですか?」
「だから彼女なんていないって。これは事実。正真正銘嘘じゃない」
「でも鳴海さんの友達の井坂さんは彼女の存在を知ってましたし、こうやって会わせてくれるって言ってくれたんですよ?」
昨日、突然電話口に出た低音ボイスの主は鳴海と同じ高校2年生の井坂という人で鳴海の『友人』だと名乗った。鳴海に確認してみた所、確かに友人だということだった。
「そうなんだよなぁ。何だって井坂の奴、そんな嘘つくんだろ?」
「嘘、なんですか?」
「ちぃ、まだ俺のこと疑ってるね。酷いなぁ、いつになったら信用してくれるの?」
「井坂さんが嘘なんてつくメリットあるんですか?」
「あ、スルーした」
「井坂さんに恨まれる覚えとかはないんですか?」
「ないなぁ」と、本当かどうか解らない答えが返ってきた所で、電車が来ますとアナウンスが駅のホームに響いた。
「あ、もしかしたら壮大なドッキリとか?井坂、意外とおちゃめな奴だから。俺が小さくなったのも井坂の仕業だったりして」
それならそれで有り難いんだけど、とは思いつつもそれはないなと冷静に考える。人を小さくさせる技術なんてこの世には存在しない。
しかも一介の高校生がそんな技術、持ち合わせている訳がない。もし本当にそんな技術がこの世にあれば、もっと世間で騒がれているはずだ。
こんな非科学的なことが出来る者がいるのだとしたら、それは神様だけだろう。
到着した電車に私は乗り込み、鳴海に気付かれないぐらい小さなため息をはいた。
「如月さんっ!」
駅を出てキョロキョロと辺りを見回していると、梓らしき声が聞こえたのでそちらを振り向く。
桜花学園の制服を着た梓と、その隣に立つ梓より頭2つ分ぐらい背の高いどちらかというと厳つい系の、こちらも桜花学園の制服を着た男がこちらに近付いてきた。
会釈程度に頭を下げ、私は梓を見る。
「如月さん、こちらが井坂先輩です。井坂先輩、こちらが如月……」
「如月千春です。高校1年で一橋高校に通ってます」
梓の言葉を引き継ぐようにして自己紹介する。
井坂は私をじっと観察するかのように見た後、梓に「もうお前は帰っていいぞ」と冷たくいい放つ。
「えっ!?俺も一緒に行きますよ。今から鳴海先輩の彼女さんに会いに行くんでしょ?」
「そうだがお前がいるとやりにくいし邪魔だ」
「酷い!酷いですよ、井坂先輩!横取りも甚だしいです!!」
「あのな……」
はぁ、と疲れたようなため息をはき、井坂は梓の両肩をつかみ上から睨み付ける。
「先輩命令だ。帰れ」
「……う…」
さすがに黙って見ていられず、梓に「井坂さんだけで大丈夫だから」と言ったら梓は酷く悲しそうな顔になった。
可哀想だが、梓がいると話がややこしくなる気がしたのでそう言った。
お礼もしたいからまた連絡する、その時に。と言ったら、梓はあっさり引いて「解りました。じゃあ連絡待ってます」とすんなり帰っていった。
「止めの一撃喰らわせた後に甘い飴、か。まさに飴と鞭だな」
「梓君には知られたくないんですよね?邪険にされたら誰だって嫌な気持ちになりますよ。梓君には私から後で上手く誤魔化しておきますので安心して下さい」
知られたくないのは『彼女』のことか、それともまた別のことなのか。
「……あんた、なんかちょっと勘違いしてるぞ。まぁ、俺には関係ないが」
「…………?」
勘違い?何が?と考えていたら井坂が「こっちだ」と歩きだしてしまったので私は慌てて後ろを着いていく。
「ちぃ!お…」
鳴海がいきなりカバンの中から喋りかけてこようとしたので、これまた慌てて私はカバンの奥に鳴海を押し込む。
こんな往来の場で何考えてんだこの人。
前にいる井坂がチラリとこちらを振り返ったが、すぐにまた前方に向き直り、その後はそのまま後ろを振り向くことなく歩いていった。
小さな喫茶店に入り、一番奥の角席で向かい合わせで私達は座った。
二人して珈琲を頼み店員が去った後で私は口を開く。
「鳴海さんの彼女さん、森沢乃咲さんはいつ来られるんですか?」
「もうすぐ来るだろ。……だがその前に、あんたに聞きたい事がある」
「如月です」
あんた呼ばわりはさすがに嫌だな、と私は口を挟む。最初に会った時、いや電話で少しばかりの話をした時から、この男が私に対していい印象を持っていないことは明らかだったが。
だが、誰であろうとも名前はきちんと呼ぶのが礼儀と言うものだ。
「……如月さん、鳴海とはどういった関係で?」
井坂は私をアンタじゃなく名前で呼び、そう尋ねてきた。
隣の椅子に置いてあるカバンから、頭を出してこちらを見る鳴海を私はチラリと盗み見る。
鳴海は、にぱっと笑い身ぶり手振りで何か私に伝えようとしている様だったのだが、どうせくだらない事だろうなと思い私はそんな鳴海から視線を逸らした。
机の影になっていて、井坂から鳴海が見えることはないだろうがあまり派手に動いて井坂にバレて困るのは自分だろうに、と呆れる。
井坂に聞かれた鳴海との関係。
小さくなった鳴海を私が保護しています、と言うのが真実であり事実だ。
だが万が一、ということも考えられるので井坂に本当の事は話せない。
となると、とれる行動は限られてくる。
あまり使いたくない手だが、仕方がない。
私は意を決して口を開く。
「鳴海さんの事が好きなだけです。だから知りたいだけです」
もちろん嘘だ。
だが、その嘘でにやにやと笑ってこちらを見ているだろう鳴海に、私は一瞥もやらず井坂の方にだけじっと視線を送る。
井坂は私が言ったことが真実かどうか探るように私を見た後、「そうか」と言ったきり黙り込んでしまった。
その間に店の店員が珈琲を運んできたので、私はそれを手に取り一口飲む。
「森沢乃咲さんって方は本当に鳴海さんの彼女さんなんですか?」
あまりの沈黙の長さに、黙って待っているのもなと気になっていることを私は井坂に聞く。というか、森沢さんはいつ来るのか。
井坂はごそごそと鞄を探って一枚の写真を机に置いた。
去年の夏に撮られたらしいソレは、海をバックに一組のカップルが写っていた。
「鳴海と森沢さんだ」
写真を手に取り近くで見ると、男の方は確かに鳴海だった。写真の鳴海は、私が見たことのないような穏やかな表情で笑っていて、今の、能天気でバカっぽい鳴海とはどこか雰囲気が違うような気がしなくもなかったが、それは彼女と一緒にいるからだろうと結論づけた。
そして鳴海の隣に写っているこの女性が森沢乃咲さん。
水色を基調とした大人っぽいワンピースに、艶々とした綺麗な腰まである長い黒髪。日除けのためだろう麦わら帽子を被っている。
麦わら帽子を被っているというのに、何故か年齢より大人っぽい色気を感じてしまうその人は、鳴海の隣でふんわりと柔らかに微笑していた。
何処からどう見てもお似合いの、美男美女カップル二人の写真を私はまじまじと見つめる。
被写体が良すぎるのか、この写真を撮った人の腕がいいのか。
ずっと見てても飽きない絵画のような写真に惚れ惚れしながらも、一応井坂に聞いてみた。
「合成とかじゃないですよね?」
井坂にギロリと睨まれ、私は「冗談です」と即座に謝る。
「それは本物の写真だ。確かに森沢さんは鳴海の彼女……、だった」
井坂は寂しそうな哀しそうな表情で、『だった』の所だけ弱々しく呟いた。何処か、遠くの日々を想い懐かしむ様に視線を揺らせた後、井坂はそれ以上は何も言わず俯いた。
鳴海がカバンからよじ登って写真を見たそうにしていたので、井坂に気付かれないようにソッと写真を鳴海に渡す。
井坂は俯いたまま顔を上げようとはしなかった。
『だった』
過去形でそう言う表現を使うという意味。
井坂のこの反応。
『森沢乃咲』が今『ここ』にいない事実。
それは。
「あ…の、もしかして森沢乃咲さんは…、もう…」
私のその言葉にも、井坂はやはり俯いたまま動かないし、何も喋らなかった。
もしかして、
もしかしたら、
森沢乃咲さんはもうすでに、
亡くなって……
「井坂さん、お待たせしました」
後ろから突然聞こえた声に、私の体はビクッ!と驚き震える。
何…?と後ろを振り返ると、そこには艶々とした綺麗な長い黒髪をもつ女性がいた。
「…………」
ぽけっ、とその女性を見ていた私にその女性、
森沢乃咲はぺこりと頭を下げる。こぼれ落ちた髪を耳にかける仕草がまた似合っていて様になる。
「いや、ぴったりだったから大丈夫だ」
むしろぴったり過ぎて感謝したいぐらいだ、と言わんばかりの嘘くさい笑顔を浮かべて、にやりと微笑む井坂。
鳴海の友人であるところの片鱗を、今垣間見た気がする。
「…………」
私は井坂を憎々しげに睨み付ける。
バチバチと火花散らす私達。
森沢はそんな二人の空気に気付く筈もなく、ゆっくりと井坂の隣に座ったのだった。




