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6月9日(日)
天気 《晴れ》
【小人の名前は鳴海彩斗と言うそうです。初めから小人だった、というのではなく、気がついたら小さくなっていたという元は普通の人間の輩。しかも、あの桜花学園に通う生徒なのだそうです。びっくりですね。そしてめんどくさい事になりましたね】
「で、何が原因か本当に解らないんですよね?」
「解らんなぁ」
「本当に?」
「本当だとも」
「………」
嘘くせぇ。
この自信満々加減が逆に嘘くさい。私は肩に掛けたカバンから頭をちょこんと出す小人、小さくなった鳴海に不信気な顔を隠しもせずに視線を送る。
鳴海はそんな私の胸中、というか顔に気付いているだろうにも関わらず、こちらを見てにぱっと笑う。こんな所も嘘くさい。
私達は今、鳴海がちっさくなってしまったであろう最初の場所に来ていた。ここで鳴海は、目が覚めたら小さくなっていた、という事らしい。
「…ここですか」
「ああ。ここで気が付いたら小さくなっていたんだ。いやあ、あの時は夢でも見ているのかと思ったなぁ」
「ホントにココですか?」
「うん。ちぃは疑り深いなぁ。俺の言うことってそんなに信用ないわけ?」
貴方の存在自体信用したくないんですけどね。できれば何処かにぽいっと投げ棄てて行きたい気分でもあるんですけどね。
私は心の中で悪態をつく。
何故か鳴海は私の事を馴れ馴れしく『ちぃ』と呼ぶ。
本気で握り潰したい衝動に駆られるのだが、そこはソレ。人としての道は踏み外したくはない。だが、今鳴海を掴んだら力の入れ具合を間違えてしまいそうなので暫くはカバンの中にいてもらおう。
「こんな普通の街道筋でどうやったら小さくなるっていうんですか」
てかココ、私が最初に小さくなった鳴海を見かけた所だし。
あの日、学校からの帰り道に使った街道。あの時は大雨が降っていたため人通りは少なかったが、今日は晴天。そして日曜であるためか人通りも多かった。
私はカバンから顔を出す小さな鳴海が見つからないように体で庇いながら歩き、適当な壁にもたれ掛かる。目の前を人が通りすぎていく。
「どうやって小さくなったんだろうなぁ」
「何かここで変な事、しなかったですか?」
「変な事って……、たとえば時計を持ったうさぎを追いかけたりだとか、不思議な豆を貰って雲の上まで伸ばしてみたりだとか、毒リンゴ食べて眠り続けてみたりだとか、魔女に会って魔法をかけられてみちゃったりだとか、蛙踏み潰しちゃったら呪われてしまったりだとかって事?」
そんな展開あってたまるか、と思いつつも目の前の不思議展開真っ只中なカバンの中の小さな小さな手のひらサイズの鳴海に「そうです」と言ってやる。
「なーんも無かったよ。ただ普通に寝てただけだし」
と、しれっとそう宣った鳴海に私は目を丸くして問いかける。
「寝てたって、こんな所で寝てたんですか?」
「うん。そこに座って仮眠を少々」
鳴海は横一列に等間隔でいくつも並んで置いてある石のオブジェを指差す。
こんな場所で寝るってどんな神経してんだろうか。仮眠だからと言ってこんな場所。人通りもあるし、ましてや不安定な石の上。
座って休憩しているだけの人ならちらほら見かけるが、寝ている人だなんて当たり前だが全く見かけやしない。
鳴海のこの行動はちょっと常識では考えられない行動なのだが、鳴海のこの性格ならやりそうな気がしてきたから不思議だ。
「じゃあ、とりあえずその時の再現でもしましょうか」
「寝るの?」
「はい。一番端のあそこなら目立たないでしょうし彼処にしましょうか」
私は凭れていた壁から身を離してくてくと歩き出す。
「一緒に寝る?」
「寝ません」
「えぇーーー、昨日も別々だったから俺、寂しい」
「……」
「一緒に寝たら元の大きさに戻ってるかも」
「ありえないですね」
「そんなきっぱり」
「ありえないですね」
「……ちぃは俺に冷たい」
「普通です」
「ずっと敬語だし」
「歳上なのか歳下なのか解りませんから」
「聞いてくれれば答えるよ?」
「……おいくつなんですか」
「ちぃ……、俺のことがそんなに気になるなんて。俺のこと、知りたい?俺のことそんなに気になる?俺の全てを知りたがるだなんて、もしかして俺のこと好きになっちゃった?俺、ちぃなら大歓迎だなぁ。よし、一緒に寝ようっ!」
「ごみ箱ないかな」
石に座り、誰も見てないかどうかを辺りを見回して確認してから鳴海をカバンからそっと出してやる。
鳴海はうーんっと背伸びをして軽くストレッチをしている。
私はハンカチを取りだし石の上に敷き、鳴海用簡易布団を作ってやる。
さすがに石の上にそのまま雑魚寝ってのは可哀想な気がしたから。
「さ、寝てくださいね」
鳴海にそう言い、私はカバンから本を取り出す。
「ちぃはどうするんだ?」
「私は本でも読んで時間潰しますよ」
「一緒に寝ないのか?」
「そのやり取り、まだする気ですか」
「毒りんご食べる?」
「持ってたら食べさせてますよ。そして一生起きてこないで下さい」
鳴海は、あははははと笑いながらいそいそと簡易布団に潜り込み「おやすみー」と言ってそのまま横になり目を閉じた。それを確認してから、私は手にした本を開きページを捲った。
寝れるのだろうかと心配していたが、しばらくして鳴海が寝返りをうったのでチラリと横目で確認してみると、すーすーと寝息をたててぐっすり寝ている様子の鳴海。よく寝れるなと呆れながらも安心し、視線を本に戻す。
ふと、これで元に戻ってくれたら万々歳なんだけどなと思い、そんな甘いことを考えた自分に苦笑してしまう。
ありえない期待だ。
一緒に寝たら元に戻ってるかも、ぐらいにありえない考え。
ただ、もしかしたらという期待がやはり拭えなかったから今ここにこうしているのだろうが。
「……ぅ……」
寝言らしきうめき声が隣から聞こえてきたのでちらりと様子を窺う。そこには鳴海の穏やかとは言い難い寝顔があった。
他人の寝顔なんて、あまりじろじろ見るべきものではない。
とは思いつつも、まじまじと見てしまったのは、鳴海のその顔が案外整っていたせいだろうか。
小さな姿でも分かる。
細見ではあるがしっかりとした体つきに、目鼻立ち整った端正な顔立ち。耳に掛かる程度で切られた黒髪は、今は寝ているため乱れているが、綺麗な顔立ちにとてもよく似合っていた。
目を奪われる、とはこの事なのだろうかと思う。
芸能人、とまではいかないまでも、この男が人の目を引く男であることは確かであった。
きっと大層モテているのだろうなと思う。
これまでの会話の感じからもそれは窺えた。
出来れば早いことこの件を終わらせてしまいたいな、と思う。
終わらせなければ、
ヤバイ気がした。
鳴海から目を逸らし本に視線を戻したが、さっきとは打って変わって全然内容が頭に入ってこない。
本を閉じため息をつく。
仕方がないので、鳴海が元に戻る方法を自分なりに考えてみようとするのだが、やはりというかなんというか。
全く考えも妙案も浮かんではこない。
当たり前だ。こんな奇怪な事態、誰かの体験談があるわけでもないし、第一私は鳴海の事をよく知らない。
唯一確実に知っているのは桜花学園生ってことだけ。
「桜花学園、か」
一葉の彼氏君である斉賀裕太も同じく桜花学園生である。鳴海のことを聞いてみるのも手かもしれない。
しかし。
何か引っかかる。
そう思った時、遠目にではあるが見知った顔を見つけて私は立ち上がった。
その人物の足行きがこっちの方向だったので、声が届く範囲に近付いてきたのを見計らって声をかける。その人物は友人らしき人物と一緒だったがいた仕方ない。
その人物は、今まさに私が話を聞きたいと考えていた人物だったのだから。
「ゆぅ……斉賀君っ」
一葉との会話で彼が出てくる時は『裕太君』と馴れ馴れしく呼んでいるのだが、さすがに本人の前ではマズイか、と名字で呼び直す。
裕太は私の声に気付いてこちらを見るが、最初、私のことを覚えていなかったらしく怪訝な顔をしていた。だが、すぐに思い出したのか早足でこちらに近寄ってきてくれた。
眠っている鳴海が見つからないよう、体で遮る。
「えっと、確か一葉さんの友達の……」
「如月です。ごめんね、友達も一緒だったのに」
裕太とは一回会っただけの知り合い程度だったので、向こうが覚えていてくれた事に内心ほっとしながら、裕太の少し後ろに控えていた裕太の友達らしき人物に目をやる。
友人らしき人物はそれに気付き、無言で手を降りながら大丈夫ですよと笑う。
「えっと…、如月、先輩。僕に何か…?」
少し不安げな表情でこちらを見る裕太に、私は目的であった鳴海のことを聞く。
「鳴海彩斗っていう人のこと、知ってる?」
裕太はきょとん、とした顔の後、すぐにほっとした様な安心した表情をみせ、「鳴海彩斗、さんですか?」と確認するように呟く。
一葉のことを聞かれるのだろうな、と思っていたに違いない。
「そう。斉賀君と同じ桜花学園に通って……、ると思うんだけど…」
鳴海がそう言っていたことだけに、それが本当の事なのか今更ながらに少々不安になってきた私の言葉は尻萎む。
「なるみさいと……、すみません。ちょっと、知らないですね。中等部の子ですか?」
桜花学園は中等部高等部に分かれている。裕太は中学3年なので中等部だ。
「あーぁ……、どうだろ……、多分高校生だとは思うんだけど」
雰囲気から。
「高等部の人だったら校舎の建物自体が中等部とは分かれているので、余計に解らないですね……」
申し訳なさそうにそう言う裕太に、そりゃそうだと浅はかな考えで動いた自分に呆れながら、小恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じる。
だがその時、裕太の少し後ろでこちらの話しに耳を傾けていたらしい裕太の友人がひょっこりと裕太の後ろから顔を覗かせる。
「あのー、もしかして鳴海先輩のことですか?」
「梓、お前知ってんの?」
梓と呼ばれた裕太の友人らしき人物はこっくりと頷く。
「鳴海彩斗先輩、だろ多分。高2の。部活が一緒なんだ」
高校2年生。
一つ歳上か。
「鳴海先輩に何か用事ですか?」
「用事ってのじゃないんだけど……ちょっとその人について詳しく知りたくて」
「んー…、俺も部活が一緒ってなだけなんで、そんなに鳴海先輩とは親しくないからよくは知らないですけど……」
それでも少し考えこんでくれた梓は「そういえば」と何か思い出したのか、明後日の方向を見ながら呟く。
「ここ2、3日部活に来てなかったかも」
ここ2、3日は小さくなっていたのだから当たり前だ。
と思い、
はたと気付く。
小さくなっている鳴海は謂わずもがな、家には帰っていない。私の所で寝泊まりしている。
私の所にいる間、鳴海がどこかに連絡した様子はない。
もしかしたら。
いや、もしかしなくても鳴海は行方不明状態になっている、されているのではないか、と。
なんてこった。
何でこんな一番大事な重要事項をすっぽりズッポリ頭から抜けてたんだ、と崩れ落ちたくなった。
もし警察に捜索願いとか出されていたらどうしよう、と知らず下を向いていた私に、裕太が「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫」と顔を上げ、もう手遅れかもしれないが後で鳴海に家に電話でもかけてもらう事を決め裕太に微笑む。
ていうか、何であの人も言わないかな。
あっけらかんと楽しそうに笑う鳴海の顔を思い出し、少し頭にきた。




