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  作者: 葉月
謎の少女は夢を追う
12/25

9

【橘_二葉】


眩しい。

俺がぼんやりと開いた瞳に映ったのは白と光だった。


眩しい。

俺は開いた目を再び閉じる。



何でこんなに眩しいんだろ。眩しすぎるにも程がある。朝か、朝なのか?天気のいい日の朝なのか?でも、俺の部屋って太陽の光が入る向きじゃなかったような気がするんだけどな。誰かカーテンしめてくれよ。って俺の部屋だから俺が閉めるしかないのか。つか、昨日は何曜日だったっけ?今日は何曜日だ?学校ある日か?起きないと駄目か。


目をゆっくりと開ける。やっぱり眩しかったので半分ぐらい閉じて、起きようと体を動かそうとしたのだが、動かない。


動かないというよりは動けない?


何だこれ。

体が重い。固まってる。もしや金縛り?金縛りとか初めての体験。


「……っ…ぅ…」


声も出なかった。

その時になってようやく俺は、顔に何か違和感のあるものが付けられているのと、太陽の光だと思っていたあの眩しい白と光が白い天井と蛍光灯の光だと言うことが目が慣れてきたことで解った。


何処だろうここは、とぼんやりと頭の片隅で考えながら動かせる眼球だけ動かして目線を天井から横へと移す。

金色の髪の毛がそこにあった。



ああ、これは姫野だな、と思った。俺が寝てるであろうベットに顔を埋めているが、この髪の毛は確実に姫野だ。


寝ているのだろうか。


「おーい、姫野」


と言おうとした俺の声は「…ぉ……ぉ…」としたか俺の耳に聞こえてこなかった。


くそぅ、金縛りめ。


だが、姫野の耳には俺の声が届いていたのだろう。姫野の頭がぴくりと動き、ゆっくりと姫野の顔がこちらを向いた。



「よお」と言おうとしたのに言えなかった。










【橘_二葉】


俺が次に目覚めたとき、そこには母がいた。母は俺が起きたのに気付いた時、「遅い」とだけ言って病室から出ていった。


俺がいたのは病院だった。上半身を起こし、周りを見渡す。体がぎしぎしと凝り固まっている感じがした。


母とともに年配の医者や看護師さん逹が来て、あれこれ質問し、そして説明してくれた。


俺はどうやら拳銃で撃たれたらしいこと。手術は成功したが意識が数日戻らなかったこと。そして、この後リハビリの毎日が始まるということ。


「どうして拳銃で撃たれたのかは、覚えているかい?」


医者にそう聞かれ、俺はこくりと頷く。

何となく、だが覚えている。あれが俺の夢ではないのなら。


医者は俺を撃ったのは暴力団組員だと言った。俺と姫野は暴力団の抗争に運悪く巻き込まれて、組員が持っていた拳銃の誤射で撃たれてしまったのだと。


それがもし本当だったのならただの不慮の事故であり俺や姫野に運がなかったという事になる。



それがもし本当だったとしたならば、だが。










「けど、やっばりなんか釈然としないんですよ」


俺は目の前にいるお見舞いに来てくれた人物に向けて、そう口を開く。


「本当に不慮の事故だったのかなって。その話を聞いた時からもやもやとした引っ掛かりがずっと残ってるんです」

「お医者様が嘘をついたと思うのかい?」


俺は首を横にふる。


「そうは思いません。医者が言った事を嘘だとは思ってないんです。ただ、それが真実だとも思えない」

「それは疑っているのと何ら変わりがないよ」

「ですよね。自分でも何が言いたいのか解ってないんです。ただ、やっぱり何か引っ掛かるから……」


自分でもよく解らない。

ただ単に納得いかないだけなのかもしれない。撃たれて瀕死の状態にまでなったのに、その原因が暴力団のいざこざに巻き込まれただけ、という結末が。

それに、あいつらが持っていた拳銃は確かに俺達を狙っていたように感じたから。


「姫野は元気ですか?」


俺はそこで初めて姫野の名を出した。


お見舞いに来てくれた人物、姫野の父である姫野創平はじっと無表情で俺を見た後、何かを諦めたかのように口を開いた。


「君には、涼を守ってくれた君には話すべきなんだろうね」


姫野父はそう言ってゆっくりと俺に全てを話してくれた。

あの黒い服の男達が何者で何故狙われたのか。そして姫野親子が日本に来た目的。

姫野父がしたこと。

姫野の身にあった事。





『夢』とは何か。


姫野が口にしていた『夢』とは何なのか。








【姫野_涼】


空を見てた。

ずっと空を。


青い空を見て、ゆっくりと動く白い雲を見て、飛び立つ鳥達を見て。

私は一人、夢を見てた。





夢なら良かった。

今までの全て。

初めから全て。



ママが死んだのも

パパが泣いたのも

タチバナが撃たれたのも

私がここにいるのも。



『夢』が見せている夢なら良かった。そうしたら私は全てを『夢』のせいに出来るから。


ママが死んだのも

パパが泣いたのも

タチバナが撃たれたのも

私がここにいるのも。

全て全て『夢』のせい。


私のせいじゃない。

私のせいじゃないんだ、って何度も何度も繰り返しても心の重みが消えるわけじゃなかった。

ずっとずっと私の中に残るのは、あの時の赤く染まりゆくママとパパの泣き顔。



そしてもう一つの赤い光景。





がチャリと音がして振り向くと、そこには久しぶりに見る男の姿があった。


「………」


私は何も言わない。

言えない。


男、タチバナは近付いてきてフェンスに座る私を見上げ「よぉ」と手をあげる。


タチバナを見たまま、私は何も言わない。言えない。


「お前、本当に屋上好きだな」


タチバナが笑う。

私を見上げ、笑う。

それでも私は何も言わないし言えない。

言葉が出ない。

口が動かない。

言うべきこと、言わなければいけないこと、伝えなければならないことがあるのに、私の喉が動かないのだ。動かそうとしても何かが邪魔をして声を抑え込んでしまう。


ママが死んだ時と同じ。


私はまた、間違いをおかしている。









【橘_二葉】


夢の正体は簡単に言えばウイルスのようなものだった。人に感染し、その人物に夢を見せる。そして、その夢が現実となって現れる。


俺が見た姫野が撃たれる夢も、このウイルスが見せた夢だった。いつ感染したのかは分からないが、それは現実とはならなかった。撃たれたのは姫野じゃなく俺だったから。

『夢』というウイルスが見せる夢がそのまま現実となるとは限らない。まだこのウイルスは未完成なものらしい。



上を見上げればそこには姫野がいた。

太陽の光を背に、青い空をバックに、白い雲が流れる景色に姫野がいる。


最初に姫野を見た時もこんな感じだった。小さな子供が屋上のフェンスによじ登って空を見上げている光景。


危ないぞと目を見張り、

大丈夫だろうかと心配し、

俺が何とかしないとと考え、

近付いてみたらその子供は




跳んだのだ。



太陽を背景に綺麗なほど軽々と、

まるで背中に羽根でも生えているかのように。


ああ、そうか。

この子は天使だったのか、と。




そんな夢みたいなことを考えた。

そんなおとぎ話のようなことを描いた。

ありえなくて、でもありえるほど現実的で。


もしかしたら、『夢』というウィルスに感染したのはこの時なのだろうか。


俺は小さく苦笑する。

違うな。

多分この時感染したのは『夢』なんかじゃなかった。夢という訳の分からない現象を起こす、そんなウイルス兵器に感染したのではなく。


それは至極簡単なこと。

それは至極分かりやすいもの。

それは凄く単純なもの。



「どうでもいいけど、やっぱ危ないからそこに登るのやめろよな」


そう言って俺は口の聞けなくなった小さな女の子に、

笑って両手を差しだした。







【姫野_涼】


タチバナが危ないからと笑って手を伸ばしてきた。危ないと言いながらも、何故かその顔は晴れ晴れしくて。



ママが死んだときもそうだった。

ママの死に際、ママは笑っていた。清々しそうに、嬉しいとでも言うように、まるでこうなることを望んでいたかのように。


私はそんなママに泣き顔しか残せなかった。死にゆくママに私は言葉が何も出なくて、ただ涙と嗚咽とぐしゃぐしゃの顔だけを最後のママに渡したのだ。


口は動くのに言葉が出なくて。

私は何も言えなくなってしまった。



今もそうだ。

私の口から言葉は出ない。

タチバナに言うべき事も、言いたい事も、言わなきゃ駄目なことも。

頭の中で考えている事全て、私の口から出て来てはくれない。


どうして私は弱いままなのだろう。

どうして私は誰かの赤い光景でこうも崩れてしまうのだろうか。


弱い弱い私。

だけど、パパにはもう私しかいないから。私がパパを守らないといけないの。

だから私にはパパしか必要ない。大事なのはパパだけ。


私にあるのはパパだけなの。


だから。

お願いだから。




『だから姫は周りをもっとよく見た方がいいって言ってんのに』




私が大事なのは。

私が必要なのは。




パパだけじゃないと駄目なの。



なのにどうしてタチバナはこんなにも私の中に入ってくるのか。

どうしてタチバナはタチバナなのか。


笑っているタチバナを見ていると苦しい。

赤い光景が蘇る。赤い臭いが蘇る。


無くしたくない。

ママのように。


タチバナはタチバナだから。




タチバナがタチバナだから。




「姫野、早く降りろって」


そう言ったタチバナに、私はフェンスからタチバナに向けて身を投げ出した。タチバナが難なくキャッチする。


「軽っ」と言ったタチバナを、私は力強く抱きしめた。








無くしたくない。

絶対に。


タチバナが、タチバナだから。





〔第一部 謎の少女は夢を追う〕


姫野涼、橘二葉の話。 《完》




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