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【橘_二葉】
帰り道で人に出会うのは何も不思議な事ではない。むしろ、誰にも出会わない事の方が不思議でおかしいのだ。
だが、この日の学校からの帰り道で出会ったこの人に、俺は多少なりとも驚いてしまい、その人をじっと見てしまっていた。
姫野の父。
姫野創平を。
この日の俺は夢見が悪かった。
【姫野_涼】
学校からの帰り道。
いつもと同じ帰り道。
昨日から工事をしている建物はあるが、それ以外は何ら代わり映えのない帰り道を一人歩く。
すれ違う人々。
すれ違い様にちらりと此方を見る人々。
いつも通りだ。
だからだったのかもしれない。
いつも通りの日常に現れた非日常に、私はついつい足を止めてしまっていた。
非日常と言っては失礼だし、非日常と云えるほどの非日常でもないのだが。
「あれ…?もしかして涼ちゃんじゃない?」
前から歩いてきたのは見知った女性。確か名前は。
如月千春。チーさん。
タチバナの知り合いだ。
【橘_二葉】
「こ、んにちは」
俺を見つけて手を降りながら近付いてきた姫野父に俺は挨拶する。
「こんにちは。確か…橘君、だったよね?」
「そうです」
「今帰りなの?」
人の良さそうな顔で微笑し、姫野父は聞いてくる。
「はい」
「じゃあうちの涼も帰ってくるかな」
自分で自分に確認するように、姫野父はそう口にした。
「涼はどう?皆と仲良くしてる?」
姫野父にそう聞かれ、俺は少し視線を外しながらも「そうですね」と頷き口にする事が出来た。
嘘ではないのだが、『仲良く』と言われるとそうでもないような。でも田中や林とは仲が良いような。
そんな微妙な感じだ。
そんな俺の心中に気付いてか、姫野父は「そうか」とだけ言って薄く笑った。
姫野父の「そうか」は姫野とよく似ていた。姫野も、よく「そうか」と口にしている気がする。姫野父とは違い、姫野の方は微笑を浮かべる事などないのだが。
「橘君、涼と仲良くしてやってくれな」
「…はあ」
「はい」と答えるべきだったのだろうが、姫野父が俺から視線を外して、どこか遠くを見ながらそう言ったものだから、俺はつい曖昧な受け答えをしてしまった。
「あの子は、少し変わっているから」
やっぱりあれは変わっているのか、と心の中で一人思う。外国人だからかな、とも思っていたのだがどうも違うらしい。
「僕のせいだね」
姫野父が俺に視線を戻し、疲れたような諦めたような悔いているような淋しいような、そんな顔で笑っていった。
俺はまたしても「…はあ」と曖昧に答えてしまった。
この日の俺は夢見が悪かった。
嫌な夢を見て、そしてその夢の直後に目を覚ました。夢がリアル過ぎて、心臓がばくばく言っていた。
【姫野_涼】
如月千春。
チーさんは私に「今帰りなの?」と訊ねてきた。
私はこくりと頷く。
そんなチーさんの隣には女性がいた。私はその人を見る。
何故だろう。
何だか誰かを想わせる。
「一葉、この子は姫野涼ちゃん。双葉君のクラスメイト」
チーさんは隣にいた女性に私を紹介した。その後で「涼ちゃんって呼んでも大丈夫?」と聞いてきたので私は頷く。
『涼』と呼ぶのは今のところパパだけだが、別に他人に呼ばれたくない、というわけではない。
『ちゃん』には多少引っ掛かりを感じずにはいられないが、チーさんにそれを言うのはどうなのかと思い、そして言えるような人でもない感じがして黙っていた。
「そうなの?双葉の…。ていうか、何でちーちゃんがそんな事知ってるの?」
「あー…、こないだ会ったのよ。こないだ」
「こないだって?」
「こないだはこないだよ」
「何、そのあやふやな言い方」
「何って何?」
チーさんはイチハと呼ばれた女性ににっこりと笑顔を向ける。
「ちーちゃん」
「ん?そんなに知りたいの?」
「そう言われると知りたくなくなるけど」
「そ。そんなに知りたいんだ?一葉がそこまで言うなら仕方がないよね」
「いや、だから」
「一葉が聞いたんだからね?私はちゃんと黙ってたよ。一葉がしつこくって脅されたからどうしようもなくて話すんだからね」
「いや、私脅してないよね」
チーさんはイチハの耳元に口を寄せ、こそこそと何やら言葉を紡いだ。
私はいつまでここにいればいいのだろうか。
「……えっ!?双葉のか、ぶぉっ」
チーさんが、唐突に大声をだしたイチハの顔を、さっき買ったばかりと思われる小さな紙袋に入った本らしき物でバンッとぶっ叩く。
容赦がない。
イチハは顔を両手で押さえて悶えている。
「ち、ちーちゃん…」
「一葉、煩い」
「だからって、これは酷くない…?」
「あんたは何でもかんでも口に出しすぎなのよ」
「だってびっくりしたんだもん」
私を置いて話が進んでいく。私はいつまでここにいればいいのだろうか。「それじゃあ」と言って立ち去っても良いものなのだろうか。いいよな。多分。
「あの、それじゃあ私はこの」
「涼ちゃん、私達これから一葉の家に行くんだけどね、一緒に行かない?」
チーさんが私の言葉を遮りそう言う。チーさんの隣にいるイチハはチーさんを凝視する。
「いいよね?一葉」
「私は、まぁ、別にいい、んだけど…」
「どうする?涼ちゃん。双葉君の家に行けるよ?」
にっこりと笑うチーさん。
……タチバナの家?
何故タチバナの家?
私が不思議そうな顔をしていると、チーさんの隣のイチハが「あー…」と呻き声をあげる。私がイチハの方を見ると、イチハの視線と私の視線がぶつかった。
「ごめんね、涼ちゃん。紹介が遅れまして。私、双葉の姉で橘一葉って言うの」
タチバナのお姉さんらしい。言われてみて、何となくだがすぐに納得してしまった。
なるほど。
確かにイチハからタチバナと同じ雰囲気を感じる。
最初の違和感はそれだったのか、とふとそう思った時、「ピピピピピピッ」と電子音のような音が響き渡った。
私は音の主の方へとゆっくりと視線を動かす。
音の主。
それは私が持っていた『夢発見だぁ-改-』だった。
そしてその音は、『夢発見だぁ-改-』の反応音だったのだ。
【橘_二葉】
「ただいま」
そう言って俺は家に入る。ちなみに一軒家で二階建て。二階には俺の部屋と姉ちゃんの部屋、そして物置などがあったりする、まだローン返済がある家だ。
二階に人の気配がして自分の部屋に行く事を躊躇われた俺は、リビングへと入る。専業主婦の母はいなく、きっと買い物にでも行っているのだろうと思いプチリとテレビの電源を入れた。
二階に人の気配。
姉が帰っているのだろうとは思うが、姉だけではない気もして二階に上がるのを躊躇ってしまった。友達でもいるのだろうか。
どさりとソファーに座り、冷蔵庫から出したお茶を飲む。しばらくぼんやりとテレビを見ていたら二階から誰かが降りてくる足音がした。
「あれ?双葉、帰ってたの?」
姉ちゃんだった。
「うん」
「びっくり。気付かなかった」
俺は驚いた顔でこちらを見ている姉ちゃんに「友達でも来てんの?」と訊ねてみる。
「友達っていうか……」
「………?」
「まぁ、ちょっとおいで」
そう言って、姉ちゃんは手招きしてから二階に戻っていく。俺は不思議に思いながらもゆっくりとその後を追って姉ちゃんの部屋の前まで行って、唖然とした。
姉ちゃんの部屋には、如月千春ことちーさんと、そして何故か俺のクラスメイトである姫野涼がそこにちょこんと座ってこちらを見ていたからだ。
「……何やってんの?」
一応姫野に対して言ったつもりだったが、それに答えたのはちーさんだった。
「帰り道で偶然会ってね。誘ったのよ」
何故、と言いたかったがちーさんのにっこりと笑う顔を見て言う気を無くした。
悪ふざけにもほどがある。
生暖かい視線を感じてそちらに視線を向けると、そこには姉ちゃんがいて、俺をじっと見ていた。何の誤解をしているのかすぐに解る視線だ。
「………ちーさん」
「何?」
「…何でもないです」
俺の中で、ちーさんはここまでする人ではなかった気がするのだが。機嫌でも悪いのだろうか。
「双葉も帰ってきたことだし、4人でゲームでもする?」
諦めた俺の気持ちを見計らってか、姉ちゃんがそう提案したが姫野は「もう帰る」と言った。
「そ?じゃあ双葉君に送って貰えばいいよ、涼ちゃん」
「ちょっと待って下さいちーさん。何故俺が」
「何故って…。私の方が言いたいわよ。何故そんな事聞くの?」
「…姫野、お前一人で帰れるよな」
ちーさんと話すのを止め、姫野の方を向きそう声をかける。
「大丈夫だ。帰れる」と姫野がそう返したので安心して顔をあげると、そこには俺を睨み付ける4つの瞳。
姉ちゃんとちーさんに非難ごーごーな目で見られていた。
「…………」
「じゃあ、お邪魔しました」
そう言って立ち上がった姫野に、「やっぱり近くまで送る」と俺は小さく言ったのだった。
この日の俺は夢見が悪かった。
嫌な夢を見て、そしてその夢の直後に目を覚ました。夢がリアル過ぎて、心臓がばくばく言っていた。
だからかもしれない。姫野を送ろうと思ったのは。
それとも、ただたんにちーさんや姉ちゃんの視線に耐えられなかったから、なのかもしれない。
【姫野_涼】
『夢発見だぁ-改-』はタナカの発明品だ。
『夢』に反応するというのは初期の『夢発見だぁ』と同じなのだが、『夢発見だぁ-改-』は、かなりコンパクトなサイズになっておりキーホルダーとして持ち歩けるぐらいの大きさになっている。
ただ、初期号とは違い、反応範囲が1mとかなり残念なことになってはいるのだが。
その『夢発見だぁ-改-』があの時反応を示した。あの時近くにいたのはあの二人、チーさんとイチハの二人だけ。
私はチーさんの誘いを受け、タチバナの家へと赴いた。
そして、あの二人をそれとなく探ってみたのだが『夢』を持っている様子はないように見えた。
やはりタナカの発明品だった、という事になるのだろうか。
あるいは。
「姫野っ」
名前を呼ばれて、私はトリップしていた頭を現実へと戻す。隣を歩くタチバナがじっと私を見下ろす。
今更ながら、この身長差はどうにかならないのだろうかと思った。
「何だ?」
「いや、…大丈夫か?」
「…?何がだ?」
タチバナは不信な顔をし、その後は何も言わなかった。
タチバナフタバ。
タチバナイチハの弟。
タチバナには『夢発見だぁ-改-』は反応を示さないが、もしかしたらやはり何かを知っているのかもしれない。
タチバナには、やはり何かあるのだろうか。
最初に、あの屋上でタチバナに会ったあの時から抱いていた、タチバナに対しての不信感。
いつの間にか私の中から消えて無くなっていた不信感。
タチバナはただの子供で、日本の子供で、何も知らないただの男で。
関係のない子供で。
私が警戒するような人間じゃなくて。
そう思うようになった今までの数ヵ月は。
私は。
タチバナは。
タチバナは
何か知っているのか?
「タチバナ…」
「……?何だ?」
「タチバナに、『夢』の話をした事があったよな」
「ん?あぁ、そんな話をしたようなしてないような」
「タチバナは、『夢』について何か知っているか?」
「夢についてって…、前から思ってたんだけどさ、お前それ…」
タチバナの声が途切れる。何だと思い、俯いていた顔を上げる。知らず家のすぐ近くまで来てしまっていたようだ。家が見えた。
そして私の家の前には数人の黒いスーツの男逹が固まってそこにいた。
誰だ?と思ったのはほんの数秒。
すぐにそれが「誰」なのか、私は気付いた。
だが、その数秒が命取りだった。
そして私は悔いることになる。この時の不甲斐ない自分を。どうしようもない考えで思考を鈍らせていた自分を。
タチバナに会ったことを。あの日あの時、屋上に行ったことを。タチバナに必要以上に関わってしまった自分を。
男逹が拳銃を取り出したのを確認することは出来ても、反応は出来なかった。
それがほんの数秒の命取り、だった。
バンッ!
と乾いた音が辺りを響かせる。そして、私の目の前に広がった光景。それは
母が死んだあの時に見たのと同じ、真っ赤な血色にゆっくりと染まっていく光景だった。
【橘_二葉】
この日の俺は夢見が悪かった。
嫌な夢を見て、そしてその夢の直後に目を覚ました。夢がリアル過ぎて、心臓がばくばく言っていた。
だからかもしれない。姫野を送ろうと思ったのは。
それとも、ただたんにちーさんや姉ちゃんの視線に耐えられなかったから、なのかもしれない。
「タチバナ…」
姫野が、俯いているからなのかどうかは解らないが、姫野にしては珍しく小さな弱々しい声で俺を呼んだ。
「……?何だ?」
「タチバナに、『夢』の話をした事があったよな」
「ん?あぁ、そんな話をしたようなしてないような」
「タチバナは、『夢』について何か知っているか?」
夢について。
「夢についてって…、前から思ってたんだけどさ、お前それ」
何のこと言ってるんだ?
そう続けようとした言葉は、俺の口からこの先出ることはなかった。
数メートル先に黒いスーツを着た数人の男逹が見えたから。
反射的に、
何も考えることもなく、
体が勝手に、
動いた。
パンッ!
という音が遠くの方で聞こえた気がしたが、気のせいだったかもしれない。
お腹の辺りに何か当たった気がしたが、気のせいなのかもしれない。
呼吸がしにくくなっているのは、気のせいじゃないよな…?
姫野を抱きしめるようにして体で覆ったはずなのに、姫野は近くにいるはずなのに、姫野の声が遠いような気がするのは、なんでなんだろう。
気が遠くなる、って言うのはこの事なのだろうか。
嫌な夢を見たんだ。
姫野が撃たれる夢。
黒いスーツの男逹に姫野が撃たれる夢。
撃たれて、血を流して、動かなくなって、赤い血がどんどん地面に広がって。綺麗だった金色の髪がその赤に染まって、服も、手も、足も体も顔も染まって。
嫌な夢。
俺、この夢嫌だな。
凄く嫌だ。
そう思ってた。
【姫野_涼】
二年前。
夏。
赤い。
緋い。
撃たれたのはママ。
撃ったのは男。
赤い。
緋い。
タチバナ。
撃たれたのはタチバナ。
撃ったのは
撃ったのは。




