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【橘_二葉】
何故だろう。
何があったか知らないが水瀬が俺に話しかけてきて、そして今姫野と二人でここ音楽室にいる。
音楽室から楽譜を取ってきて欲しいと頼まれたまでは良かったが、まさか姫野と二人っきりになってしまうとは思わなかった。
しかも、楽譜がどこにあるのか解らない。
気まずすぎる。
誰か助けて。
【姫野_涼】
タチバナはガサガサと棚や引き出しなどを漁っていた。私は、楽譜なのだから楽譜置き場に置いてあるだろう、と思いながら遠目にタチバナを見ていた。
ミナセに頼まれ、私はタチバナの手伝いをしに音楽室に来た。何故私が、と疑問だったが特に断る理由もなかったので手伝うことにした。
「タチバナ、楽譜置き場ならこっちだぞ」
タチバナは何故かまごまごとしていてすぐには来なかったが、私がじっと見ていて暫く、ようやくこっちに足を向けた。
昨日の事があって、もしかしたら私の側に来るのが嫌だったのかもしれない。タチバナが昨日、何を怒っていたのか私には未だに解らない。何故か急に不機嫌になった昨日から今日の今まで、タチバナとは言葉を交わしていなかった。まぁ、特にそれがいつもとは違って、という事ではないのだが。
昨日タナカが私に言っていた言葉を思い返す。
タチバナは私にとって何者なのか。何者と言われても、タチバナはタチバナであって、それ以外でも以内でもない。
だが、何故だろう。
それが正解で答えの筈なのに、それを聞いたタナカは納得した様子はなく、そして私も何故だか嫌にその答えに納得がいっていないような気がしてならなかった。
タナカはクラスメイトで、タチバナはタチバナ。タチバナもクラスメイトである事に変わりはないのだが、タチバナを『クラスメイト』と呼ぶのは何かが違う気がした。
私がぼんやりとそんな考え事をしている間に、タチバナは楽譜置き場をごそごそと、目当ての楽譜(が何なのかは知らないが)を探していた。
「姫野、お前さ、一体何しにここに来たんだ?」
タチバナが楽譜を探す手を止めることなく、少し聞きずらそうにそう聞いてきた。
「ミナセにタチバナを手伝うように言われたんだ」
「ミナセに?」
「ああ。楽譜を探しているから、と」
「……そうか。でもさ、全然手伝って貰ってる感はないんだが」
それもその筈。
先程から私は突っ立ってタチバナをじっと見ていただけなのだから。
「すまない。手伝う」
「あー…、まぁ別にそれは大丈夫なんだけど」
大丈夫らしい。
では私は一体何のためにここに来たのか。
「大丈夫なら、私は必要ないな」
そう言って私は立ち去ろうと口を開きかけたが、タチバナが難しい顔をしていたので開きかけていた口を閉じた。
やはり、まだ昨日の事で何か怒っているのだろうか。
【橘_二葉】
今、ここで、このタイミングで謝るべきだよな。
そう思いながらも、俺は口を開けずにいた。
どう謝ればいいか解らなかったからだ。
昨日のは俺が一方的に腹を立て、姫野に冷たい態度をとった形なのだが、俺は姫野に対して「昨日は冷たい態度をとって悪かった」と謝ればいいのだろうか。
昨日あれから、俺はすぐに後悔した。そして理解した。
あの時の俺は、正直認めたくはない事なのだが
『妬いて』しまっていたのだと。
姫野と田中が一緒にいて。
関係がないと言われて。
腹が立った。
田中とは関係があって俺にはない。そう言われた事に苛ついて。ムカついて。気にくわなくて。
子供が癇癪を起こすが如く姫野に対して八つ当たりをしてしまったのだ。
中学2年にもなって情けない。あの時の自分を思い出すと、中身子供過ぎて泣けてくる。
ただ、過ぎてしまった事態はもう変えようがない。タイムマシンでもない限りは無理だ。
『妬いて』しまった事実は変えようがない現実。
そして、姫野に対してしてしまった、あの俺の理不尽すぎる行動も変えようがない事実として俺の中に一生残るのだろうと思う。
謝らなければ。
そう思うのだが、口は動けど声が出ない。
『妬いた』自分が恥ずかしく。
だが、『妬いた』と言ってもそれは好いた惚れたの恋愛脳がそうさせたわけではない。と、それが昨日俺が考えて出した結論だ。
『妬いた』と気付いた当初は俺も、姫野が『好き』だったのかと思ったものだがそれはどうも違うような気がしたのだ。
姫野とキスやそれ以上をしたい、とは、ハッキリいって思ってない。
姫野と手を繋いで、らぶらぶデートをしたい。とも別段思わない。そもそも姫野とのデートの想像すら出来なかったのだ。
では何故俺は『妬いて』しまったのか。
それは玩具を捕られた子供が如し。
それは友達を摂られた子供が如し。
俺は姫野を『友達』として見ていた。
田中に『友達』の座を摂られたと思ったのだ。
これまでも何回か姫野を『妹』に見立てて自分の気持ちを当てはめてきた事もある。
だが、姫野は『妹』では決してない。
だから『友達』として見ているのだと思う。
友達をとられた気がして『妬いた』のだ。俺は。
これなら好いた惚れたの恋愛脳の方がまだマシだった。
俺はただの成長していない中身駄々っ子の人間だったのだ。
恥ずかしい。
謝るにしたって、この理由は相当恥ずかしい。
先程から俺は水瀬に頼まれた楽譜を探しているように見えて、実は全くと言っていいほど探してはいなかった。バサバサと手で漁ってはいるものの、楽譜の曲名が見えていても頭の中には入ってこずな状態だ。
ただ、姫野は相変わらずそこに立っていて。
「……………」
俺は楽譜を探していた手を止め、もうこうなったら当たって砕けろの意で姫野に謝ろうとしたのだが、それは当たらずに砕けてしまった。
姫野が先に言葉を口にしたから。
「昨日のこと、まだ怒っているのか?」
姫野を見る。
無表情な姫野のそれは、ただ単に疑問に思っていることを聞いているだけのようだった。
「い、いや、昨日は俺が悪かったんだ。悪い。ごめん」
謝れた。
俺は少し胸を撫で下ろす。
姫野は少しの間の後、「そうか」とだけ言った。
これで仲直り出来たのだろうか。というか仲直りっていうほどの喧嘩らしい喧嘩をしたわけではないような。と自分で自分に脳内突っ込みを入れていると、姫野が「タチバナは何者なんだ?」と訳のわからない事を聞いてきた。
「は?」
「タナカはクラスメイトだ。じゃあタチバナは?」
田中がクラスメイトで、俺は?
「クラスメイト、だろ?」
俺の返答を聞いた姫野は何やら複雑そうな顔をしていた。
もしやクラスメイトとも思われていないのだろうか。友達、とまでは欲言わないまでも、せめてクラスメイトぐらいにはしてくれよ。頼むから。
昨日、『関係ない』発言をされた俺としては心底不安で仕方がなかった。
その後の沈黙が俺の不安をさらに煽っていく。
【姫野_涼】
「クラスメイト、だろ?」
確かにクラスメイトはクラスメイトなのだが、私が聞きたかったのはそういうのではなくて。
じゃあどういうのだ、と聞かれると困るのだが。
タチバナ本人に聞けば、タチバナが何者であるのか解ると思ったのだが、期待に反してタチバナは『クラスメイト』と私の納得のいかない答えを出した。
聞きたかった答えではない。では私は、『タチバナはタチバナだ』とでも言って欲しかったのだろうか。
目の前にいるタチバナは、どこか不安を隠せないような面持ちで、眉をハの字にしていた。
前から感じていたが、感情表現過多な奴だなと思う。
慌てたり笑ったり怒ったり変な顔をしたり。
日本人の子供とはそういう者なのだろうか。忙しない、とまではいかないがくるくる変わるタチバナの態度と表情は私にとって謎でしかなかった。
だから、だろうか。
だからタチバナが『何者』なのか言葉として上手く表現出来ないのであろうか。
「タチバナ、楽譜は見つかったのか?」
とりあえず先程から手が止まっているタチバナにそう言ってみる。
タチバナは弾かれたように体(というか手)を動かし楽譜をまた探し始めた。
目当ての楽譜はすぐに見つかった。




