幕間 十八世紀にウェディングドレスはあったの?
さて。ここで一度、ちゃんと説明しておきましょうか。
さっきから白いドレスだの、ヴェールだの、花嫁だのと騒いでいますけれど――十八世紀のロシアに、皆さんが想像するような“ウェディングドレス”が本当にあったのか、という話です。
結論から言えば、花嫁衣装はもちろんありました。
でも、皆さんが今“ウェディングドレス”と聞いて思い浮かべるものとは、かなり違います。
*話の流れで遂にウェディング・ドレスまで着せられる破目になったミハイルさん(23・男)
純白で、大きなスカートで、白いヴェールをつけていて、一目見れば誰でも「花嫁だ」と分かる。そういう様式が、そのまま十八世紀半ばに出来上がっていたわけではありません。
この時代の上流階級の婚礼衣装は、基本的には当時の豪華な宮廷衣装の延長です。花嫁だから絶対に白、という決まりもありませんでした。
ただし、白や銀の婚礼衣装そのものがなかったわけではありません。
十八世紀半ばの西ヨーロッパには、白や銀を使った豪華な婚礼衣装が実際に残っています。
そして、この物語にとってもっと都合のいい実物も残っています。
のちのエカテリーナ二世が、まだエカテリーナ・アレクセーエヴナ大公妃だった1745年。
彼女が結婚したときの婚礼衣装です。
銀のブロケードに絹、銀糸の刺繍。
エリザヴェータ陛下の宮廷で、本当に使われた最高級の婚礼衣装です。
ですから、“白や銀を基調にした、ものすごく豪華な花嫁衣装”を出すこと自体には、それなりに根拠があります。
でも――ここから先は、この物語の嘘です。
今回、男たちに着てもらう花嫁衣装は、実際の1740年代の服装より、かなり皆さんの知っているウェディングドレスへ近づけて描きます。
白くして。
大きく広げて。
ヴェールもつけて。
花やレースで飾って。
絵を一枚見ただけで――
「あ、この人、花嫁にされてるな」
と分かるようにします。
史実をそのまま再現するなら、もっと十八世紀の宮廷服らしい姿になります。
ですが、これは服飾史の図鑑ではなくライトノベルなので。
そこは分かりやすい方へ、少し盛らせてください。
もちろん、完全に現代のドレスをそのまま1746年へ持ってくるつもりでもありません。
大きく広がるスカート。絹。銀糸。レース。当時の宮廷衣装らしい形。
そういう十八世紀的な要素を残しながら、現代人にも直感的に“ウェディングドレス”と分かるところまで寄せるつもりです。
つまり――
十八世紀ロシア宮廷風・架空のウェディングドレス
ということでお願いします。
さて。
もう一つ、もっと大事な問題があります。
エリザヴェータ陛下が、本当にこんな馬鹿なことを考えた可能性はあるのか?
これは、はっきり言っておきます。
男たちを一斉に花嫁姿にして、婚礼ごっこをさせた――そんな史料は、今のところ確認されていません。
そこは完全にこの物語の創作です。
でも。
1744年、エリザヴェータ陛下が宮廷の男性たちに女性用の宮廷衣装を着せ、女性たちには男性服を着せるメタモルフォーゼの舞踏会を行ったこと自体は、本当に記録に残っています。
しかも後のエカテリーナ二世は、男たちがあまり喜んでいなかったことまで書き残しています。
そして、その翌年の1745年には、そのエカテリーナ自身の盛大な宮廷婚礼が行われています。
つまりエリザヴェータ陛下は、豪華な宮廷婚礼というものをよく知っている。
そして同時に、男女の服装を丸ごと逆転させる遊びを、本当にやっている。
では、その二つを見ながら――
「これを一緒にしたら面白いんじゃない?」
と思いつく可能性が、絶対になかったとまで言い切れるでしょうか。
私は言い切りません。
やった証拠はありません。
でも、あの方なら思いついても、私は驚きません。
……というか、たぶん本人なら、
「男たちを花嫁にしたら、さすがにまた嫌そうな顔をするかしら?」
くらい平然と言うと思います。
……ほらね。
ということで、史実と創作の境目も確認できました。
そろそろ八十人の花嫁たちに、着替えてもらいましょうか。




