幕間 髪結い師なんていたの?
パーシャ「ところで皆さん、少し疑問に思いませんでした?ポーリャさんみたいな人、本当にこの時代にいたのかって」
いた。
ただし、今でいう美容師さんを想像すると、少し違う。
十八世紀前半のロシア、とくに急速に西欧化していたサンクトペテルブルクでは、貴族たちの髪型も猛烈な勢いで変わっていた。
男性は鬘をかぶる。
女性は髪を高く結い上げ、粉を使い、花やリボンなどを飾る。
当然、
「これ、誰がやるの?」
という問題が発生する。
パーシャ「ご自分で全部できると思います?無理です」
もちろん、日常的な髪の手入れなら侍女や召使いも行った。
上流家庭の侍女にとって、主人の着替えを手伝い、髪を整え、装飾品を付けることは大切な仕事の一つだった。
だが、宮廷舞踏会ともなると話が違う。
髪型にも流行がある。
顔立ちによって似合う形も違う。
鬘の扱いにも技術がいる。
そこまで来ると、腕のいい専門家が必要になる。
十八世紀前半のロシアでは、そうした職人はまだ決して潤沢ではなかった。
舞踏会のために整えた複雑な髪型を、簡単には崩せなかったという話も残っている。
パーシャ「大変ですねえ…。私なら寝てる間に全部壊す自信があります(えっへん!)」
やがてサンクトペテルブルクには髪結い師や鬘職人が増えていく。
外国から来た職人もいた。
貴族の家へ呼ばれて仕事をする者もいた。
主人付きの召使いが高い技術を身につけることもあった。
だからポーリャさんのような、
「店を構えているわけではないけれど、腕がいいので貴族の屋敷から屋敷へ呼ばれている女性」
という存在は、それほど不思議ではない。
仕立屋。
鬘職人。
髪結い。
舞踏教師。
礼儀作法の教師。
外国語教師。
西欧化した宮廷社会には、そんな「腕一本で上流社会へ入り込む専門家」が必要だった。
パーシャ「ですからグロモフ親方が、『髪なら腕のいい女を一人知ってる』と言い出しても、おかしくないんです」
そして今回。
八十人近い「花嫁」を一度に作ろうという、とんでもない計画が始まった。
服だけでは済まない。
髪も。
鬘も。
花飾りも。
ヴェールも。
全部必要である。
パーシャ「……そう考えると…ポーリャさん、本当に大変なお仕事を引き受けましたね」
もっとも。
本人はそんなことで泣き言を言うような人ではなかったけれど。




