幕間 女帝が命じたからといって
エリザヴェータ「ひとつ、誤解しないでほしいのだけれど」
ナターシャ「何でしょう、陛下」
エリザヴェータ「私が男たちにドレスを着せているからといって、世の女たちがみんな、夫や恋人にドレスを着せたがっているわけではないわよ」
ナターシャ「……陛下ご自身がおっしゃると、妙に説得力がありますね」
エリザヴェータ「どういう意味?」
ナターシャ「そのままの意味です」
エリザヴェータ「まあいいわ。せっかくだから、少し説明しておきましょうか」
十八世紀のロシア。
しかも、その頂点に立っているのは女帝エリザヴェータである。
これだけ聞くと、
――この時代のロシアって、意外と男女の区別がゆるかったのでは?
と思うかもしれない。
残念ながら、そんなことはない。
確かに、ピョートル大帝以降、上流階級の女性たちは以前よりずっと公の社交へ姿を見せるようになった。舞踏会へ出る。男性と踊る。華やかな西欧風のドレスを着る。
そして十八世紀ロシアでは、実際に何人もの女性が国家の頂点に立った。
だが、女帝が国を治めていることと、「男は男らしく、女は女らしく」という社会の感覚は、別の話である。
家庭でも婚姻でも、男女にはそれぞれ異なる役割が期待されていた。
もちろん、女性全員が同じ考えだったわけではない。男性だって同じである。
しかし少なくとも、「男が女性の服を着て、女性の礼をして踊る」ことが、何の説明もいらない普通の習慣だったわけではない。
実際、後にエカテリーナ二世となる若きエカテリーナは、エリザヴェータが開いた男女逆転の舞踏会について記録を残している。そしてそこには、男たちの多くがこの催しを嫌がり、不機嫌になっていたことまで書かれている。
つまり――。
エリザヴェータがこんなことをやっていたからといって、「当時の女性は、男性の女装に寛容だった」などと考えてはいけない。
むしろ逆である。
少なくとも、日常的で説明不要な習慣ではなかった。
そういう意味では、コーリャの話を聞いて、
――男同士で集まってカーテシーの練習なんて、一体何を考えているの?
と顔をしかめたヴァリアは、別にとんでもなく頭の固い女性というわけではない。
彼女なりに、ごく普通の常識を口にしただけなのである。
問題があるとすれば――。
その「ごく普通の常識」が通用しない人物が、この国の一番偉いところに座っていることだった。
エリザヴェータ「何か問題でも?」
ナターシャ「いいえ。何も」
エリザヴェータ「なら結構」
そして女帝は、何事もなかったように扇を開いた。




