↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カーテシー・クラブ3 女帝陛下の思いつきで男たち八十人がウェディングドレス姿に!? 宮廷疑似結婚式イベント「花嫁作戦」始まります  作者: 真城 悠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/12

第5章 花火の下で


祝宴会場へ通された時には、男たちのほとんどがもう疲れていた。

朝から着替え。

化粧。

髪。

ヴェール。

そして行列。

だが。

大広間に入った途端。


ミハイル「……うわ」


長い卓。

料理。

燭台。

肉。

魚。

果物。

菓子。

ワイン。

花。

銀器。


コーリャ「これ食べたら帰れる?」

ナターシャ「帰れない」

コーリャ「聞かなきゃよかった」

アレクサンドル「夜までって最初に言われてただろ」

コーリャ「こんな格好で夜までとは思ってなかったんだよ」

ヴァリア「もうかなり慣れてるじゃない」

コーリャ「慣れたくて慣れたわけじゃない」


そう言いながら。

コーリャは座る時。

自然にスカートを処理した。

ヴァリアは。

それを見た。


     *


コーリャとヴァリア。

近くにアレクサンドルとマーシャ。

マーシャはまだ時々アレクサンドルを見て笑っていた。


アレクサンドル「まだ笑うのか」

マーシャ「だって」

アレクサンドル「もう見慣れただろ」

マーシャ「見慣れても面白いものは面白いわ」

アレクサンドル「ひどい婚約者だな」

マーシャ「でも綺麗よ」

アレクサンドル「それを言われる方が困る」

マーシャ「じゃあ格好悪いって言った方がいい?」

アレクサンドル「それはそれで腹が立つ」

マーシャ「面倒ねえ」


ヴァリアが二人を見る。


マーシャ「ヴァリア」

ヴァリア「何?」

マーシャ「さっきから私たちのこと見てるでしょう」

ヴァリア「……少しだけ」

マーシャ「何か変?」

ヴァリア「平気なの?」

マーシャ「何が?」

ヴァリア「婚約者が、その格好で」

マーシャ「平気だけど」

ヴァリア「本当に?」

マーシャ「だって今日だけでしょう?」

アレクサンドル「たぶん」

マーシャ「たぶん?」

アレクサンドル「この宮廷では断言しない方がいい」

マーシャ「それもそうね」


マーシャは笑った。


マーシャ「せっかくこんなことになったんだから楽しまないともったいないじゃない」

ヴァリア「……そんなもの?」

マーシャ「そんなものよ」


そしてコーリャを見る。


マーシャ「あなたのところも、かなり綺麗じゃない」

コーリャ「俺を巻き込むな」

マーシャ「ヴァリアはどう思う?」

ヴァリア「……」

コーリャ「言わなくていいぞ」

ヴァリア「似合ってると思う」

コーリャ「言うのかよ」


マーシャが笑った。

ヴァリアも。

ほんの少しだけ笑った。


     *


ミハイルとソフィア。


ソフィア「ミハイル様」

ミハイル「何?」

ソフィア「疲れました?」

ミハイル「かなり」

ソフィア「私もです」

ミハイル「君はスカートじゃないだろ」

ソフィア「でも慣れない服なので」

ミハイル「まあ、そうか」


少しして。


ミハイル「なあ、ソフィア」

ソフィア「はい」

ミハイル「今日さ」

ミハイル「俺のこれ見て、少しは幻滅した?」

ソフィア「どうしてです?」

ミハイル「普通、結婚するかもしれない男がこんな花嫁姿で出てきたら、もうちょっとこう……」

ソフィア「嫌になる?」

ミハイル「そう」

ソフィア「なりません」

ミハイル「即答か」

ソフィア「だって、とても綺麗ですから」

ミハイル「またそれか」

ソフィア「それに」

ミハイル「それに?」

ソフィア「嫌だと思っていても、陛下のお言いつけならきちんと務めるんですよね」

ソフィア「今日だって、ちゃんと歩いて、皆さんに礼をして」


少し照れて。


ソフィア「私は、そういうところも素敵だと思います」


ミハイルは。

何も言えなかった。


     *


ナターシャ「楽しんでる?」


男装したナターシャ。

隣には純白のユーラ。


ミハイル「お前」

ナターシャ「何よ」

ミハイル「若いの騙して楽しいか?」

ナターシャ「人聞き悪いわね」

ユーラ「僕、自分から出たいって言ったんです」

ミハイル「そうなの?」

ユーラ「はい」

ナターシャ「ほら」

ナターシャ「それを言うなら、あなたも似たようなものじゃない」


ナターシャがソフィアを見る。


ミハイル「俺は選んでない」

ナターシャ「でも、ずいぶん仲良さそう」


その一言が。

妙に胸に刺さった。


     *


祝宴が終わる。

外は暗い。

楽師たちが配置につく。


コーリャ「……来たな」

アレクサンドル「ああ」

ミハイル「何が」

コーリャ「踊り」

ミハイル「もう座ってたい」

ナターシャ「駄目」

ミハイル「お前は元気だな」

ナターシャ「私はスカート穿いてないもの」

ミハイル「ずるいぞ」


音楽。

白い花嫁たち。

男装の女性たち。

燭台。

巨大なスカートが一斉に動く。


     *


コーリャはヴァリアの前へ。


コーリャ「ええと」

ヴァリア「何?」

コーリャ「踊っていただけますか?」

ヴァリア「それ、私が言うんじゃないの?」


ヴァリアが姿勢を正す。


ヴァリア「踊っていただけますか、お嬢さん?」

コーリャ「……お嬢さんはやめてくれ」


手を取る。

今度はヴァリアがリード。


ヴァリア「難しいわね」

コーリャ「だろ?」

ヴァリア「あなた、いつもこれやってたの?」

コーリャ「だから練習してたんだよ」

ヴァリア「……そうね」


今度は。

否定しなかった。


     *


アレクサンドルとマーシャ。


マーシャ「ほら、もっとこっち!」

アレクサンドル「お前が引っ張りすぎなんだ!」

マーシャ「今日は私が男役でしょう?」

アレクサンドル「だからって乱暴に扱うな!」

マーシャ「花嫁は従ってください」

アレクサンドル「誰だ、こいつにこんなこと教えたの!」


近くから笑い。

ヴァリアも笑った。


     *


何曲か終わる。

一曲程度なら。

別の相手と踊ってよい時間。

ミハイルは。

ほとんど考えなかった。

ナターシャを探した。


ミハイル「ナターシャ」

ナターシャ「何?」

ミハイル「一曲」


ナターシャが少し驚く。

そして。

笑う。


ナターシャ「いいわよ」


ユーラが一歩下がる。


ユーラ「どうぞ」


ナターシャが手を差し出した。


ナターシャ「では、お嬢さん」

ミハイル「お前まで言うのか」

ナターシャ「今日は花嫁でしょう?」


ミハイルはその手を取った。


     *


以前にも二人で踊った。

だが。

今は全部が逆。

ミハイルは花嫁。

ナターシャは花婿。

彼女がリードする。


挿絵(By みてみん)


ナターシャ「上手になったわね」

ミハイル「誰のせいだと思ってる」

ナターシャ「私?」

ミハイル「半分くらい」

ナターシャ「光栄ね」


ナターシャが笑う。

近い。

男装しているせいか。

妙に格好よく見えた。


ナターシャ「何?」

ミハイル「いや」

ナターシャ「今日そればっかりね」

ナターシャ「ソフィアといる時も変な顔してた」

ミハイル「ソフィアは」

ナターシャ「うん」

ミハイル「いい子だよ」

ナターシャ「でしょう?」

ミハイル「すごくいい子だ」

ナターシャ「なら良かったじゃない」


良くない。

良くないから困っている。

ナターシャと踊りながら。

ミハイルは。

やっと認めた。

ソフィアがどれだけ可愛くても。

どれだけ性格が良くても。

自分が見ているのは。

今。

目の前にいるこの女なのだ。


挿絵(By みてみん)


     *


踊りが終わったあと。

ミハイルはソフィアを探した。


ミハイル「ソフィア」

ソフィア「はい」

ミハイル「ちょっといい?」


二人。

人の少ない場所へ。


ミハイル「俺、君のこと嫌いじゃない」

ソフィア「……はい」

ミハイル「むしろ好きだよ。いい子だと思う」

ソフィア「でも」


先に言われた。


ソフィア「でも、結婚はできないんですね」

ミハイル「……うん」


ソフィアが俯く。


ミハイル「ごめん」

ソフィア「私が何か」

ミハイル「違う」

ミハイル「君は何も悪くない」

ソフィア「じゃあ」


声が震える。


ソフィア「ほかに好きな方がいらっしゃるんですか?」


少し迷った。

そして。


ミハイル「うん」


嘘はつかなかった。

ソフィアの目に涙。

一粒。


ミハイル「ごめん」

ソフィア「謝らないでください」

ソフィア「今言ってくださって良かったです」

ソフィア「結婚してから言われるより、ずっと」


笑おうとする。

うまく笑えない。


ソフィア「少しだけ、一人にしていただいてもいいですか」

ミハイル「うん」


     *


しばらくして。

ソフィアは廊下へ。

窓際の長椅子。

一人の花嫁。

ユーラ。


ソフィア「……ユーラ様?」

ユーラ「あ」


彼女の顔を見て。

何かあったと察する。

だが聞かない。


ユーラ「座ります?」

ソフィア「いいんですか?」

ユーラ「僕の椅子じゃないので」


ソフィアが少し笑う。


ユーラ「ナターシャ様、またどこか行っちゃいました」

ソフィア「また?」

ユーラ「はい」

ソフィア「寂しくないんですか?」

ユーラ「最初から言われてましたから」


自分のドレスを見る。


ユーラ「それに、結構楽しいです」

ソフィア「その格好が?」

ユーラ「はい」


即答。


ソフィア「変わってますね」

ユーラ「よく言われます」

ソフィア「ナターシャ様のこと、お好きなんですか?」

ユーラ「えっ」

ユーラ「その……好きというか」

ソフィア「はい」

ユーラ「すごい人だなって」

ソフィア「憧れてる?」

ユーラ「たぶん、それです」


ソフィアが少し考える。


ソフィア「私も」

ユーラ「え?」

ソフィア「ミハイル様のこと、ずっと憧れていたんです」


少し笑う。


ソフィア「振られちゃいましたけど」

ユーラ「……」

ユーラ「僕も、ナターシャ様と結婚できるとは思ってません」

ソフィア「それはまた随分早く諦めましたね」

ユーラ「だって僕、十六ですよ」

ソフィア「私は十七です」

ユーラ「一つ上ですね」

ソフィア「そうですね」


二人は顔を見合わせた。

そして。

少し笑った。

男物の服を着た少女。

花嫁衣装を着た少年。

それぞれ。

少し年上の誰かに憧れている。

それだけだった。

この時は。


     *


夜も深くなった。

人々は窓辺やバルコニーへ。


ミハイル「今度は何だ」

ナターシャ「花火」

ミハイル「まだやるのか」

ナターシャ「最後よ」

ミハイル「本当に?」

ナターシャ「たぶん」

ミハイル「信用できない」


     *


バルコニーの端。

コーリャとヴァリア。

夜風。

白いヴェールが揺れる。


ヴァリア「寒くない?」

コーリャ「少し」

ヴァリア「その格好じゃね」


静かな沈黙。


ヴァリア「コーリャ」

コーリャ「何?」

ヴァリア「この前は、ごめんなさい」


コーリャが振り返る。


ヴァリア「カーテシー・クラブのこと」

ヴァリア「私、言いすぎた」

コーリャ「まあ」

ヴァリア「そこは『そんなことない』って言うところじゃない?」

コーリャ「言いすぎたのは本当だし」

ヴァリア「もう」


少し笑う。


ヴァリア「今でも、男の人には男らしくしていてほしいと思ってる」

コーリャ「うん」

ヴァリア「あなたにも」

コーリャ「うん」

ヴァリア「でも」


白いドレスを見る。


ヴァリア「今日見てたら」

ヴァリア「こういうことをやらなきゃならないなら、練習しておいた方がいいのね」

コーリャ「やっと分かった?」

ヴァリア「ちょっと偉そう」

コーリャ「俺、最初からそう言ってたぞ」

ヴァリア「そうだけど」


目を逸らす。


ヴァリア「これからは、もう少し理解する」


コーリャは黙った。

思ったより。

嬉しかった。


コーリャ「でもさ」

ヴァリア「何?」

コーリャ「俺、カーテシー・クラブ辞めるとは言ってないぞ」

ヴァリア「……」

コーリャ「もしかしたら来週も、またドレス着てレヴェランスしてるかもしれない」


ヴァリアが見る。


コーリャ「何だよ」

ヴァリア「だったら」

コーリャ「だったら?」

ヴァリア「私も行く」

コーリャ「え?」

ヴァリア「誰と踊ってるか見張る」

コーリャ「メタモルフォーゼ舞踏会にお前が呼ばれるとは限らないぞ?」

ヴァリア「それはそれよ」


一歩近づく。


ヴァリア「踊る相手が私ならいいんでしょ?」


近い。


コーリャ「ヴァリア」

ヴァリア「何?」

コーリャ「一週間後」

ヴァリア「うん」

コーリャ「本当にいい?」


ヴァリアが笑った。


ヴァリア「今さら何を聞いてるの?」


ヴァリアから少し顔を寄せる。

コーリャも。

二人の唇が重なった。

花嫁姿のコーリャ。

花婿姿のヴァリア。

完全に逆だった。

だが。

この瞬間だけは。

どちらでもよかった。


マーシャ「あ!」


二人が離れる。


マーシャ「見た!」

アレクサンドル「お前、声が大きい!」


人々が振り返る。


若い貴族「あの二人、来週本当に結婚するんだろ?」

別の貴族「そうなのか?」

マーシャ「そうよ!」

ヴァリア「マーシャ!」


拍手。

祝福。

笑い。

その瞬間。

夜空が光った。

大きな音。

最初の花火。

金色。

次。

さらに次。

白。

金。

赤。

宮殿の窓。

純白のドレス。

ヴェール。

男装の上着。

一瞬ごとに違う色へ染まった。


     *


少し離れた場所。

エリザヴェータ。

その隣にナターシャ。


ナターシャ「いかがでした?」

エリザヴェータ「何が?」

ナターシャ「今回の企画」


女帝は考えるふり。


エリザヴェータ「まあ」

ナターシャ「まあ?」

エリザヴェータ「悪くなかったわね」

ナターシャ「それだけですか?」

エリザヴェータ「何を言ってほしいの?」

ナターシャ「大成功、とか」

エリザヴェータ「調子に乗るでしょう」

ナターシャ「もう乗ってます」


エリザヴェータが笑った。


エリザヴェータ「でも」

ナターシャ「はい」

エリザヴェータ「最初の頃みたいな顔、また見られたわ」


ナターシャも花嫁たちを見る。

朝には絶望していた者。

昼には人目を嫌がった者。

今は。

笑っている。

踊っている。

恋人と。

妻と。

友人と。

花火を見ている。


挿絵(By みてみん)


ナターシャ「良かったじゃないですか」

エリザヴェータ「ええ」


     *


ミハイルは。

少し離れた場所から見ていた。

コーリャとヴァリア。

アレクサンドルとマーシャ。

ソフィアとユーラも。

いつの間にか並んで花火を見ている。

そして。

ナターシャ。

女帝の隣。

男装姿。

花火の光の中で笑っている。


パーシャ「ミハイル様」

ミハイル「何?」

パーシャ「花火、綺麗ですね」

ミハイル「うん」


パーシャは。

それ以上何も言わなかった。

ミハイルも。

ただ空を見た。

長かった一日が。

ようやく終わろうとしていた。

八十人近い男たちが。

花嫁になった一日。

そして。

きっと彼らが何年経っても忘れない夜が。

最後の花火とともに。

ゆっくりと終わっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。