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第二話

 私は風邪が治ると、いつものように登校前にタロちゃんの家に迎えに行った。


 タロちゃんは少し遠慮気味だったが、私は強引に誘った。


 二人で仲良く教室に入ると、少しだけざわついた。


 鞄を置くと、タロちゃんの席に向かう。


 私は積極的にタロちゃんに話しかけた。そうすることでみんなも、以前のようにタロちゃんに接するようになった。




 私はタロちゃんが優しいことを知っている。


 タロちゃんは真っ青な私に意地悪するような人間ではない。


 むしろ、私のことを一番に気遣ってくれる。


 それで、私の顔色に気づかなかったのではと思うようになった。


 里美は「あんなに顔色が悪いのに、気づかないなんてありえない」と言ったけど、もしかしたらとタロちゃんとクラスのみんなの関わりを観察してみた。


 違う小学校の子と挨拶するとき、ちょっとよそよそしい。


 人見知りと片付けてしまってもいいが、毎回初対面の人と挨拶しているようにも見えた。


 毎日顔を合わせているのに、もしかしたらタロちゃんは相手の顔を覚えていないのではと思うようになった。




 調べているうちに、それが相貌失認の症状の一つだと分かった。


 相手の顔を覚えるのに時間がかかる。


 覚えた顔でも顔色まで判断することが出来ない。


 それが、幼馴染の私の顔色でも、分からない。


 これは仕方のないことだ。


 そんな事で私はタロちゃんを嫌いにはならない。




 そういえば、子供のころ雑誌を見て「広瀬す〇ってかわいいね」と言ったら、そのページをじっと見て、「そうなの?」と言われたことがある。


 広瀬す〇はタイプじゃないのかとその時は思ったが、今思い返せば変だ。


 例え親の仇だったとしても、広瀬す〇は可愛い。認めるしかない。


 あの時、気づくべきだった。何をしているんだ私は。




 中学になってタロちゃんが好きなのを自覚してからは、私は猛アタックしたけどダメだった。


 短めのスカートをはいても、化粧をしても、香水をつけてもダメだった。


 私のことをただの幼馴染だと思っている。


 ボディタッチは意識する前からしているので、今更しても効果は全くなかった。


 逆に香水は臭いと言われてしまった。


 もう少し、言い方があると思うんだ。


 女の子に対して、失礼だ。




 逆に、新しいクラスで女の子と二人並んでいると、タロちゃんは私と私じゃない女の子という判別をする。


 私と他の子の間に境界線ができることに、ちょっと優越感を持ってしまう。


 まあそれも、少しの間だけだけど。


 時間をかければタロちゃんは相手の顔を覚えることができるから。


 むしろ、みんなの顔を覚えられて良かったと思う。


 これは仲良くなるための必須条件だ。


 相手の顔を覚えることをなくして、人間関係は成り立たない。




 そんなわけで、高校入学したての頃は大変だった。


 中学からの知り合いはあまりいない。


 人間関係の再構築。一からやり直しだ。


 それはタロちゃんにとって最大の試練だった。


 まあ、その辺は私が最大限フォローしたんだけど。




 タロちゃんと一緒に登校した私は、目が合う人全員に名前を付けて挨拶した。


「おはよう、前田さん」


 ギャルの前田に挨拶する。


 タロちゃんも続く。


「おはよう、前田さん」


「おはよう。何? 何? 二人、付き合ってるの?」


「幼馴染。家が隣同士なの」


 みんなが集まってくる。


 しまった。こんなに大勢で来られると、タロちゃんがクラスメートの顔を覚えることが出来ない。


 一対一、せめて二人くらいじゃないと、流石のタロちゃんでも相手の行動パターンで覚えることは難しいと思う。




 実はタロちゃんは頭がいい。


 記憶力が無茶苦茶すごい。


 高校入試は暗記科目がほぼ満点でトップの成績だったらしい。


 新入生代表予定だったから、間違いない。


 まあ当日、風邪で声が出なくなったタロちゃんの代わりに次席の私が挨拶をしたのだけれど。


 タロちゃんから口止めされているので、みんなは私が首席だと思っている。


 二人だけの秘密だ。


 タロちゃんは目立たないけど実はハイスペック男子だったりする。


 顔だって悪くない。むしろいい。


 でも、タロちゃんはイケメンなことも全く自覚していない。


 自分の顔に無頓着なことも、相貌失認の症状なのだろうか。


 そんなわけで、頭のいいタロちゃんは、名前と声質、仕草など総合的に判断し、すぐみんなを認識するようになっていった。


 出来る限り私も協力した。


 でも、目立たないように協力するのは本当に難しい。


 幼馴染だからタロちゃんと一緒にいるのは問題ない。


 でも、私が必要以上に相手の名前を連呼することに、みんなはうすうす感づいている。


 ちょっと変な奴と思われたかもしれない。


 タロちゃんのためだ。この汚名は甘んじて受けよう。 




 クラス全員の識別ができるようになったタロちゃんだけど、相手の顔を覚えたわけではなかった。


 だから、無言で廊下をすれ違ったりすると相手がクラスメートだと気づけなかった。


 声を掛けられれば、直ぐに相手を認識して挨拶を返すけど、自分から声をかけることは出来なかった。


だから、タロちゃんは「視野が狭く周りが見えていない、ちょっと変わった人」と思われている。


 全然違うんだけどな。でも、タロちゃんが、嫌われなければそれでいい。


 クラスではタロちゃんは変わった人だけど、優しくていいやつという共通認識で通っている。そうだよねタロちゃんだもん。 




 私が相貌失認のことを知っていることを、タロちゃんは知らない。


 逆にタロちゃんは、顔を覚えるのが少し苦手。自分はあまり人に興味がないんだと思っているようだ。


 まあ、それ自体は合っている。特に異性に興味がない。




 でも、手探りで試しているうちに色々分かってきたこともある。


 タロちゃんの好みは、シャンプーのフローラルな香りだ。


 髪の手入れは入念にしている。髪の艶は私の唯一の武器だ。


「お前の髪だけ光ってるから、後ろ姿を見るだけで分かるよ」


 タロちゃんは言ってくれた。


 うれしい。


 でも、後ろ姿か。 




 私は、背筋を伸ばして姿勢をよくするように心がけた。


 鏡を見て研究した。


 髪の艶だけでなく、後ろの立ち姿も武器として手に入れた。


 そして、メイクはあまりしない方がいいというのも分かってきた。


 メイクをして、別人のように綺麗になっても全く意味が無い。


 むしろ、マイナスだ。


 濃いメイクをして別人のように綺麗になると、タロちゃんにとっては『特殊メイクをして別人になった』と受け取ってしまうようだ。


 綺麗になった私を見てドキドキするではなく、別人の顔をした私を見て不安になりドキドキするのがタロちゃんだ。


 まるでホラーじゃないか。


 綺麗なお面をつけた私を見て、たとえほめてくれたとしても全然うれしくない。


 それに、もしかしたら化粧をした私を綺麗だとも思っていないかもしれない。




 タロちゃんにも審美眼はあると思う。


 でも、その基準がいまだによく分からない。


 広瀬す〇を可愛いと思わなかったタロちゃんだ。


 もっとも、今は広瀬す〇は美人だと認識しているようだ。


 でも、それは周りのみんなが美人だと言っているから、美人だと認識したのかもしれない。


 では、ずっと一緒にいる私はどうなる。


 例えクラスで二番目に可愛いとしても、毎日みんなが私のことを美人だ可愛いと言ってくれるわけじゃない。


 幼馴染の顔のまま私はタロちゃんと長年過ごしてきた。


 ほんとに困った。


 私、可愛いのに。


 どうすれば、タロちゃんに認めてもらえる。




 今日もタロちゃんはじっと私の顔を見つめている。


 それは癖だ。私が可愛いから眺めているわけじゃないと思う。


 再確認して認識するのに時間がかかるから、その分じっと見つめているだけなんじゃないかな。


 それに、他の女の子に対しても同じことをしている。


 その癖は、本当にやめてほしい。


 イケメンのタロちゃんに見つめられたと勘違いしてしまう女の子が出てくるんじゃないかと。


 タロちゃんは好きだから、あなたの事を見ているわけじゃないよ。


 顔を覚えるために頑張って見てるんだよ。


 勘違いしないでね。


 勘違いするのは、私だけでいいから。

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