8
南門を出ると、背の低い草原が広がっていた。荷馬車を引く犬っぽいロバや、大きな荷物を背負って歩く村人が、草原の真ん中に通る広い土の街道を歩いていて、少し先には森や、その側を流れる小川も見える。
『ではまず、購入した白酒マンを食べてください。その後、この草原エリアのイッカクウサギを倒し、ドロップ品であるイッカクウサギの毛皮10枚とイッカクウサギのモモ肉を10本入手して下さい』
「白酒マンを食べる、と。あ、これはメニューから選んだら出てくるんやね。 ……うん、味は思ったより……薄くて大味やな。匂いからは想像できん味気無さや。 そんで倒すって、どうやって?」
『イッカクウサギと戦闘をして倒してください』
「いや、だからそれってどうやって……」
『草原に入り、イッカクウサギと戦闘をして倒してください』
「怖……」
マンジュウはあまり話が通じないのではないか……と、そろそろ栗栖も気付いてきた。が、だからといってどうしようもなかったので、とりあえず言われるままに草原の中へ入っていく。草は栗栖の膝下くらいの低いものなので進むのは難しくなかった。それよりも、踏んだ草の感触が、薄い布靴越しに感じられることに感心した。
「あ、あれがイッカクウサギか? なんか思ってたんとちゃうな」
栗栖はウサギと聞いて、なんとなく小動物だろうと思っていた。だが草の中に紛れていたのは、額に中指ほどの角が付いた小型のイノシシくらいの大きさで真っ白の、耳の長い生き物だった。小動物的な可愛さは感じられず、なんというか、画風が敵だった。
そのウサギのようなイノシシサイズの生き物が栗栖に気付き、後ろ足をダンダンダン、と踏み鳴らした。頭を低く下げ突進の体制を取ると、真っ直ぐに向かってくる。
「うわっ! え、ちょ、ええ?!」
栗栖はイッカクウサギの突進を、とりあえず避けた。栗栖は運動神経が鈍くはなかった。だが、戦闘ジョブのチュートリアルを受けていないため、戦い方は分からなかった。
振り向いたイッカクウサギは、またダンダンダン、と三回足を踏み鳴らし、頭を低く下げた。そしてすぐに突進してくる。単調な動きだったので、避けることは難しくなかった。何度も足を踏み鳴らし、イッカクウサギは突進を繰り返してくる。
「ちょっと! マンジュウ! マンジュウゥゥーーー!!!」
『はい。本日はどうされましたか?』
イッカクウサギの突進を避けていると、急に栗栖の動きが鈍くなった。身体が突然重くなり、移動速度が低下する。それに、疲れてもいないのに、何故か身体が大きな呼吸で揺れる。まるで息切れしているときのように。そこに突進をしてくるイッカクウサギ。角が栗栖の腹に刺ささる寸前、綺麗な光の一線が弾けた。
「え……」
後ろから気配を消して付いてきていた男、ディナンだった。細く肉厚の直剣でイッカクウサギを文字通り一線、光のゲームエフェクトが散ったと思えば、すぐにイッカクウサギの姿はポリゴンになり消えた。
「……えーっと……」
「あ、ありがとうございます」
「あ、いえいえ」
ディナンは困ったように苦笑していたので、栗栖はとりあえず礼を言った。栗栖とディナンの間には、モヤモヤとしたポリゴンの固まりのようなものが浮いているが、ディナンが指で何か操作をすると、ふわっと溶けるように消えた。
「あの、街の外は戦闘エリアなので……危ないと思います。その、デスしてしまうと取り返しが……」
「は、はぁ……えっと、それは大丈夫です? いや、デスは困りますけど……でもあの、目的があって、毛皮とモモ肉が必要なんですわ」
栗栖は説明をせずに回答だけしたので、ディナンは更に困った顔になった。
「イッカクウサギの毛皮とモモ肉が必要なら、私が取ってきましょうか?」
「えっ、それは、申し訳ないというか……」
栗栖は自分が快適にネットプリックスを視聴したいだけなので、そのためにディナンに労力を割いてもらうのは、何か違うと思った。
「でもクリスさんは、なんというか……戦闘にあまり慣れていない、と思うのですが……」
「慣れてないというか、やったことないんですわ……」
栗栖が素直にそう言うと、ディナンは笑顔のまま暫し固まり、そしてまた困ったように栗栖に言う。
「……街に戻りませんか?」
「いや、それはちょっと……」
栗栖はどうしても一週間のネットプリックスだらだら視聴を手に入れたかった。だらだら寝ながらネットプリックスを視聴するためにVRヘッドギアを買ったのだ。それが今だけ、三時間で一週間分のだらだら視聴ができるのだ。頑張らない理由がない。だがディナンが親切で街に戻るように言っていることも理解できる。ディナンはきっと、栗栖の身を案じてくれている良い人なのだろう。ならば、この良い人に少しだけ甘えても良いだろうか。そう考えた。だってマンジュウに戦闘方法を聞くのは怖い。




