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「たしかに映えそうやな」
「その先の小さな馬車ロータリーになっているところ」
栗栖とチロルとメノウは小道を小走りに進んだ。そして、その先に、大きな塊があるのを確認した。
「なんや……?」
遠目に見れば大きな人だかりだった。だが人だかりにしては一分の隙間もなく、全員が隣り合う人と腕を組んでいる。そして近づくにつれて聞こえてくる、吠えるような大声。
「お願いします!!工房を貸して下さい!!」
「お願いしまぁぁす!!!」
「どうしてもイベントアイテムを製作したいんです!!」
「なんでもします!!」
「母が危篤なんです!!」
「……」
近付いて人だかりの隙間をよくよく覗いてみると、腕を組んで円形に立っているプレイヤーの内側には、土下座をして並んでいるプレイヤーがいた。その更に内側。プレイヤーに囲まれた中央に、ディナンらしき水色の髪のプレイヤーが立っている。
「え……」
「まあ、街中じゃ捕まえるっていってもこれくらいしかできないわよね」
チロルの説明によると、このゲームではそもそもプレイヤーキルができない。街中やフィールドでできるのは、一騎打ちの申し込みのみになり、それも特定エリアのみ有効になる、ということだった。
フレンドではないプレイヤーの接触には制限があり、捕まえることも容易ではない。なので、このように多くの人を集め、周囲を隙間なく囲んで行く手を阻むことしかできないのだ。
栗栖はあまりの光景に絶句した。絶句したが、すぐに立ち直った。何にせよ、ディナンが乱暴なことをされていたり、痛い思いをしていなくてよかった。もしかしたら、不快な思いはしているかもしれないが。
「工房を使わせて下さい!!」
「俺何でもします!!」
「犬と呼んで下さい!!」
「脱ぎます!!」
「何かどんどん頭がおかしくなってるわね。……どうするの? いくの?」
チロルの言葉に、栗栖は少しだけ怯んだ。もちろん目の前のおかしな挙動をしている製作プレイヤーと、関わりたくないという気持ちで。だがそれでも答えは変わらなかった。
「うん、行くわ」
「マジか」
「チロル、素が出てる」
「あら、失礼」
「僕の相撲ぢからに任せといて」
「何も任せられないわよっ」
だがあの中に入っていこうと思えば、タックルを鍛えてアメフト選手になるか、張り手を鍛えて相撲取りになるしかない。栗栖は腕まくりをした。チャンパオの袖から出てきた二の腕は、あまり太くはなかった。
「待って。私に任せて」
メノウがそう言い、キャンディケインを取り出した。そして栗栖の知らない呪文を唱える。
「レビテーション」
「ぅおわっ」
キャンディケインが光ったかと思えば、すぐに栗栖の身体が重力を失う。いや、完全に失ったともいえなかった。地面から数センチ、身体が浮いているが、無重力という感覚ではない。ある時には少しだけ下に重力があり、ある時には無重力の、お腹がふわふわとする感覚がある、不思議な状態だった。
「浮遊の魔法。これであの肉壁を飛び越えられる」
「お、おお……ありがとう」
栗栖は何度目かも分からない、VRってすごい、という感想を抱きながら、レビテーションでの移動を少し試した。やはり無重力とは違い、空中を蹴ることができる。足の動きや姿勢で、慣れれば自由に跳ねたり進んだりできるようになるだろう。だが栗栖は慣れていなかった。
空中を少しだけ蹴ったつもりが、思っていたよりも強く反応が出てしまう。そのせいで、人だかりの少し上を飛び越えるつもりが、大きく跳ね上がった。
「わぁー?!」
「クリスさん?!」
栗栖はひしめく肉壁プレイヤーの上に飛び上がり、そのまま緩やかに速度を落として浮遊する。視点が高くなったことで、肉壁の内側がよく見えた。どのプレイヤーも円形に整然と並び、美しい土下座をしている。栗栖はまた少し、関わりたくないな、と思ったが、中央に立っているディナンの姿を見て、その考えを振り払った。ディナンは驚いたような顔をして、栗栖を見上げている。
「うーわー。軍隊みたいに綺麗に揃ってるな」
「そうでしょう!」
「ありがとうございます!」
栗栖の独り言が聞こえたのか、肉壁からそんな返事が聞こえる。別に褒めてないけど、という言葉は飲み込んでおいた。
「ディナンさーん! ……ってえ?!」
ディナンと目が合ったので、栗栖は空中で泳いだ。栗栖にはそれしか前進する方法を思いつかなかった。優雅ではないながらも目論見通りゆっくりとディナンに向かって進んだが、内側の肉壁プレイヤーが途切れたあたりで急に重力に掴まれた。レビテーションが切れたのだ。
思っていたより高く浮いていた状態で、栗栖はそのまま落下した。もちろん、VRなので大きな痛みを感じることはないだろうし、現実の肉体に怪我もしないだろう。だが落下の再現はかなり正確にされているようで、栗栖は胃のあたりが縮み上がるのを感じた。
衝撃に備えて身を硬くしたが、予想に反して栗栖は柔らかく受け止められる。ディナンが支えてくれたのだった。




