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「お、そろそろ時間か」
栗栖は小さな警告音が鳴ったことで、ベッドから身体を起こして動画を一時停止した。腕を上げて伸びをするが、身体は特に軋みも痛みも無い。バーチャルな身体は快適だった。だがバーチャルとはいえ、このディシディア・ネリス・オンラインのゲーム内では食事と睡眠が必要だ。
VRMMORPGゲーム、ディシディア・ネリス・オンラインには空腹値と疲労値がある。空腹値はゲーム内の食べ物を摂取することで回復し、疲労値はゲーム内睡眠によって回復する。どちらも時間経過で減少していく数値であり、ベッドでだらだらとネットプリックスを観続けている栗栖であっても対象になる。
今栗栖に通知が来たアラームは、空腹値のものだ。一定を下回ると鳴るように設定されている。この音を放置するとゲーム内でのHPが減少していき、最終的にはデスしてしまうことになる。栗栖はまだ、それは避けたかった。
クリスチャンの駆け込み寺を手に入れて三日。栗栖は快適なネットプリックスライフを満喫していた。古い名作映画をたくさん観返したし、まだ手を付けられてなかったB級映画もいくつか観ることができた。
簡素なベッドがひとつ置かれているだけの寝室を出て、一階へと向かう。クリスチャンの駆け込み寺は、譲り受けたときと全く変わらず、何も家具が揃っていない。栗栖の感覚では生活空間とはいえないが、ミニシアターだと思えば気にはならなかった。
そんな簡素な工房であるクリスチャンの駆け込み寺には、二つの出入り口がある。まずひとつは、店舗側のものだ。クリスチャンの駆け込み寺は工房だが小さな店舗を兼ねていて、店舗側出入り口は歓楽街の広い通りに面している。ここは拠点の設定で出入りを制限できるので、栗栖は入店を制限していた。売るものがないので当然である。
そしてもうひとつは、家主である栗栖が出入りしたり、友人を招待するための勝手口のようなものだ。目立たないよう通りではなく側面に作られている。栗栖が使っているのは、今のところこの扉だけだった。
そんな扉を出て、隣の建物に入る。この三日で馴染みに馴染んだゲランシャトー(仮)こと、総合アミューズメント施設だ。正式には金鐘館という名前があるらしいが、栗栖は一度もそう呼んだことはない。
「いらっしゃいませ、クリス様」
「こんにちは~、ミニゲーム誰かおる? お腹空いてんねん」
「何人かいらっしゃってますよ。案内いたしましょうか?」
「いや、大丈夫。飲み物だけお願いするわ」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
ロビーラウンジで店員NPCとそんな会話をしたあと、ミニゲームフロアへと向かう。
クリスチャンの駆け込み寺を手に入れてから三日、栗栖は未だに無一文だった。当然、空腹値を回復するための食べ物は買えない。とはいえ拠点獲得クエストの過程で手に入ったコインは、かなりの桁数であり、このゲランシャトー(仮)に入れば、それを換金することは可能だ。だが栗栖は換金した通貨、トルを持って歓楽街を抜け、屋台通りまで行くのが億劫だった。なのでこのゲランシャトー内で空腹を解消しようと考えたのだ。フゲン老人がそうしていたように、ここではコインで酒やちょっとした肴を注文することができる。
「おうクリス、来たな」
「そろそろ腹の虫が鳴る頃だろうと思ってたぜ」
「オッサンらも昼間から暇やな~」
ミニゲームエリアにある麻雀卓に向かうと、髭面のNPCが二人、栗栖へと話し掛けてくる。この三日のゲランシャトー(仮)通いで仲良くなった住人NPCのうちの二人だ。この二人は主にミニゲーム内にある魔法牌麻雀、マギ麻雀というゲームで同卓する。
そもそもコインに困っていない栗栖がなぜ拠点入手後もゲランシャトー(仮)でミニゲームをしているのかというと、金鐘ランクというものが関係していた。このゲランシャトー(仮)では、館内で稼いだコイン数によってランクがあり、そのランクにより、サービスや注文できる軽食メニューに違いが出ているのだ。換金したコインではなく、館内で稼いだコインでのランクなので、富豪が高ランクであるということはない。また、拠点獲得特別クエストで獲得したコインは含まれない。そのため栗栖は莫大なコインを持つ最低ランクの客だった。
最低ランクで空腹を満たそうと思うと、エールと串焼き肉しか注文できない。それも塩を薄くふりかけただけの味気ない串焼き肉と、明らかに水と混ぜているエールだ。バイタルチェックをして味覚制限を開放しても美味しくはない。それなのに取られるコインだけは立派なレートだ。
そこで栗栖は金鐘ランクを上げるため、空腹を満たすついでに麻雀卓によく座っていた。麻雀なら飲み食いしながらゲームもできるのでちょうど良かった。二人の住人NPCは、そんなマギ麻雀で仲良くなったマギ麻雀仲間だった。
「今日はうちのかかあが作ったチーズのパンを持ってきたぜ。俺に勝ったらやる」
「おっ、ほな今日は本気出しちゃおかな~」
「ガハハ、昨日も本気で二位だったじゃねえか」
「そやったかな? じゃあ本気の本気にするわ」
ここ三日、毎日空腹値のアラームが鳴るたびにマギ麻雀をしに来るので、昨日からはオジサンたちが食べ物を持ってきてくれるようになった。栗栖は立派に餌付けされていた。




