26
「それじゃ、工房の譲渡手続きじゃの。この石の上に酒を掛けるんじゃ」
「え、酒?」
「うむ、新しい家主からの酒を要石が受ける、というのが作法じゃ。書類手続きはそこのシシリコンがするからの」
案内された工房の中、作業台の奥に置かれた、小さな祠のような場所を指してフゲン老人はそう言った。小さな祠と表現したが、それは神棚のようにも見える。榊が対になって置かれている奥に、サッカーボール大の御影石のようなものが置いてあった。
「酒が無いなら買ってくるとよいぞ」
「……ある。ゴルゴンの蒸留酒ってやつが」
「おお、なかなか良い酒じゃの、それなら要石も喜ぶじゃろうて」
栗栖は、すっかり静かになったマンジュウに向かって、すごい……と思いながら、言われた通りゴルゴンの蒸留酒を要石の上にかけた。じゃばじゃばと音が鳴り、灰黒だった御影石が白っぽく発光していくが、不思議と石の下に酒は溢れていかない。
「この石は……けっこう酒飲みやな」
「ほっほっほ、そうじゃ。要石は美味い酒が殊更好きじゃ」
フゲン老人が笑いながらそう言ったとき、ピコンとシステム音が鳴り、ウィンドウが栗栖の前に表示される。
「なになに……『拠点を獲得しました。名前を付けてください』。なるほど。拠点名か~、じゃあ『ここがあの女のハウスね!』とか?」
「クリスさん、一体おいくつですか……?」
「流石にまずいか。じゃあ『無料案内所』とか?」
「年齢制限が……」
「『桃ヒゲ薬局』」
「……」
色々な案が出たものの、歓楽街の一角にあることもあり、クリスから出てくる名前は癖が強いものばかりだった。ディナンの突っ込みはだんだんと減っていき、最後には困ったように笑うだけになった。栗栖はディナンのリアクションが薄くなったところで、最終的に拠点名を『クリスチャンの駆け込み寺』で登録した。いつでも変更できるそうなので適当につけた。
その後はシシリコンが用意した書類にペンでサインをして、拠点獲得手続きが終わる。フゲン老人はそそくさと旅支度をして出ていき、メニュー画面には、サブクエスト完了と表示されていた。
「やっっったーーーーー! これでネトプリ見放題やー!! ありがとうディナンさん! ありがとうマンジュウ! ありがとう世界!!」
「いえ、たいしたことはしていません」
『はい、本日はどうされましたか?』
「家具なんかは追々揃えていけばええね。まあベッドはあるからもう他はいらんかな。無一文やし」
ディナンによると、拠点があればそこで寝泊まりできるほか、サブ職業の制作施設としても使え、販売店舗としても利用できるのだとか。プレイヤーの多くはこの王都以外の、渡り鳥居住区に拠点を構えており、そこではプレイヤーズメイドの装備や小物が販売されているらしい。
「ネットプリックスは、メニュー画面の外部接続からアクセスできるはずです」
「お、あったあった。いや~、ホンマにありがとうね、ディナンさん」
「いえ、なかなか珍しい体験ができて私も楽しかったです」
にこやかに話をしながらディナンを玄関まで見送りにでると、パーティを解散する。ディナンはこのあと、このバグだらけのクリスマスデスゲームを攻略してみるそうだ。フレンドが数人、巻き込まれてこのサーバーにいるらしい。栗栖はもちろん、この後はネットプリックスを観る。テルマエ・オマエの他、ゲッド・ファーザーも観たい気分だった。スドレンジャー・シングスも始めから見返したい。それもこれもこのクリスチャンの駆け込み寺なら叶う。何せ一週間のネトプリ見放題なのだ。
「また何かあれば呼んで下さい」
「僕も、あんまり力になれんと思うけど、なんかあったら呼んで下さい」
「あーーーーっ! いた! 見つけたわよー!」
栗栖が玄関先でディアンと別れようとした丁度その時、通りの奥からそんな大声が聞こえてきた。道を歩くNPCたちに紛れて◎表示のアイコン、プレイヤーがいた。身長が低く、赤毛をツインテールにしている女の子姿で、睨むようにディナンを見上げている。
「ちょっとアンタ、あのレターは何?! 広場が大騒ぎになってるんだけど?! あのロールプレイ君なんとかしてよね!」
栗栖はこの女性アバターを知っていた。監獄と呼ばれていた、ゲームを開始したときに始めに降り立った場所、コロッセオのようなところで隣の隣の隣に立っていた……たしか、ハラスメント監獄の人だ。もちろん口には出さなかった。
「あー……クリスさん、私はこのへんで」
「あーはい、ほな、今日はどうもありがとうございました」
どうやら知り合いのようで、ディナンはそう言って女性を連れて歓楽街の通りを消えていった。ゲームをしているプレイヤーたちは、これからログアウトしていくのか、それともディナンのようにこの不完全な期間限定イベントを攻略していくのだろう。それはそれで面白そうだが、栗栖にはそれよりもまずやることがある。
ディナンの姿が見えなくなると、いそいそとクリスチャンの駆け込み寺へ入り、二階の寝室へと行く。そこにはフゲン老人が残した、簡素なシングルベッドがあった。枕を整えて横になってみると、不思議と首が支えられるフィット感がある。とはいえ栗栖としては、もう少し高く、低反発な枕のほうが好みだった。
「うーん、枕ってどっかで買えるんかな? まあ、無一文やから今はええけど」
そのうちどこかでトルを稼いで、ベッドと枕は新調しよう。今はとりあえずこの態勢のまま、ウィンドウを天井側に表示させて快適なネットプリックス視聴をするほうが大事だ。ゲームだからか多少ベッドのマットが固くとも、枕が合わなくとも身体が軋んだりはしない。この快適さなら、ゲーム内では横向きに寝ることも辛くないかもしれない。栗栖はメニュー画面を出し、外部接続からネットプリックスを選択した。
「あ、タマプラも入ってるんや。ほな観れるもん増えるな~」
タマゾンプライムビデオも視聴が可能だと分かったことで、栗栖はメニュー画面の位置やサイズをジェスチャーで調節した。こういた操作も、ディナンが街を歩きがてら教えてくれたものだ。
「さて、まずはテルマエ・オマエからやな!」
こうして栗栖は、映画の世界へと没入していった。




