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「……ずん゛ま゛せ゛ん゛」
「は、はい……」
受付に座っているのは妹系兎耳受付嬢、ミナだった。ロビーで泣き崩れ、ふらふらとやってきた栗栖に、ミナはもはや怯えた顔をしていた。
「工房を買わせてく゛だ゛さ゛い゛」
「……あの、それは……」
「…………」
当然断られることは分かっている。目の前のミナの顔が、怯えと同時に困った雰囲気を出していたからだ。今度は何回言わされるのか、と栗栖は遠くを見ながら考えていた。視線の先は商業ギルドの壁だった。
「申し訳ありません、工房は……「儂の工房を譲ってもよいぞ」
「え?」
「そこの若者よ……その、遠い目をして泣いておる若者よ。儂はフゲンという。そなた名はなんというのじゃ」
そう言って栗栖に歩み寄って来たのは、一人の老人だった。真っ白の頭髪を短く切り揃え、丸いメガネを掛け、柔和な顔で笑っている。
「……クリス」
「ふむ、クリスというのか。どうじゃ、儂の工房を受け取らぬか」
「お待ち下さい、フゲン様。王都の土地建物は……」
「受付のお嬢さんや、儂の工房は、譲渡に制限はないはずじゃ。そうじゃろう?」
「それは……ですが、彼は渡り鳥の方です」
「たとえ相手が渡り鳥であっても、儂の一存でその譲渡は行われる。それに変わりはないはずじゃ」
「……少しお待ち下さい。ギルド長に確認してきます」
受付嬢ミナと老人フゲンの会話は、栗栖を置いて進んだ。栗栖が呆然とその会話を見ていれば、ディナンが隣に立ち、声を掛けてくる。
「何かフラグが立ったようですね」
「……そうなん?」
「おそらくですが。メニュー画面からクエスト一覧を見ると、何かサブクエストが出ていませんか?」
涙が途切れた栗栖にディナンがそう教えてくれたとき、ちょうどピコン、と音がなり、ウィンドウが開いた。
《拠点獲得特別クエスト、【老師フゲンの試練】を受注しますか?》
「あ、何か出た。【老師フゲンの試練】を受注しますかって」
「それですね。受注すると話が進みますよ」
ディナンが勧めるとおりに栗栖がクエストを受注すると、フゲンが栗栖のほうに向いて話し掛けてきた。
「それでのう、クリスや。工房を譲るにあたって、いくつか条件がある。付いてきてくれんかの」
受付から奥へと向かったミナをそのままに、老人フゲンと栗栖、ディナンの三人は商業ギルドを出た。老人の案内するままに道を歩きながら、世間話のように今回の事情を聞く。
「実は儂は旅好きでのう。この王都に工房を構えておるが、そろそろ出たいと思っておったのじゃ。だが儂の工房は事情があっての、工房ではあるが、大使館のようなものでもあるんじゃ」
「……大使館? 大使館譲ったらアカンのちゃう?」
「まあまあ、クリスさん。ゲームなのでそんなこともあります」
曰く、崑崙山という山に住む一族の大使も兼ねているというフゲン老人。ただ、殆ど大使館としては機能しておらず、古い友人がたまに訪ねてくる程度なのだとか。そして、王都ネリスティアの土地建物に関する販売や貸借契約に引っかからないのは、一応大使館として登録されているから、らしい。治外法権のようなものとクリスは理解した。
「お主のことはのう、酒飲み友達のジジイから聞いたんじゃ。なかなか見込みのありそうな若者じゃとのう」
「はあ……」
「まあ儂も一応、そのへんの馬の骨に工房を預けるわけにもいかんからの。そんでの、ちょいと試験をしたいと思っての」
そう言いながら、フゲン老人に付いて栗栖、ディナンは大通りを進み細い道へ入り、入り組んだ路地を抜けて広い道へ出た。次第に路上には肩や胸元、背中が開いたきらびやかな女性が立つようになり、その何人かはフゲン老人に手を振ったりしている。ゆっくりそぞろ歩く男に声を掛ける女、急いでいるように早足の男、通りの店にはあまり見ない植木鉢に植えられた花たち。
栗栖は宗右衛門町に似てるな、と思った。つまりは歓楽街だ。ゲームで作られた街にこんな場所があるのは意外だったが、これはこれで活気があって悪くないと栗栖は思った。今はゲームの中では昼間だが、きっと夜になればもっと賑やかになるのだろう。
「よし、付いたぞ」
「こ、ここは……!」
フゲン老人に連れられて来たのは、一際大きな建物だった。両開きの大きな扉と、その上に、これまた大きな看板があり、その看板がランプでライティングを施されている。
「ここは、総合娯楽施設っちゅうやつじゃな」
「ゲ、ゲランシャトーや……!」
「ゲラ……?」
ゲランシャトーは、所謂レジャービルだ。サウナ、カラオケ、ゲームセンター、リラクゼーションマッサージや食事、そしてキャバレーなどが入った総合レジャー施設で、栗栖にとっては、行ったことはないがなぜか知っている場所だ。
古い洋館風の建物といい、ランプで看板や扉を目立たせている雰囲気といい、ちょっと汚れているところといい、栗栖の知っているゲランシャトーにそっくりだった。
「難波やなくて京橋やったんか……!」
ディナンは、どちらも違うのではないかと思ったが、黙っておいた。




