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「うーん、酒も味、薄いなぁ……」
「ああ、味覚制限はバイタルチェックを掛けたら外れますよ」
「ほう」
隣で同じ酒を頼んだディナンの話によると、VR拒食症が増えた影響で、バイタルチェック無しだと味覚に制限が掛かるようだ。法規制により、VRでの満腹中枢の刺激は制限を設けられているが、味覚は限定的な制限なのだとか。
栗栖はニュースなどの記憶から、VRで食べた気になってダイエットするやつ、という曖昧な覚え方をしていたが、一時期はかなり問題になっていたことは知っていた。
だが満腹中枢を刺激しなければ問題ないという医学的な証明がされたことで、味覚については各ゲーム、徐々に解禁されつつあるらしい。
ディナンにバイタルチェックの操作方法を教えてもらい、設定から味覚制限解除のチェックを入れた後の酒は、美味しかった。
「さて、次はどこかな~、マンジュウ~?」
『はい、今日はどうされましたか?』
「それはもうええて。酒場の続き」
ディナンと美味しい酒を飲み、麦が違う酒場を出てから栗栖がマンジュウに問いかけると、今度は教会へ戻れと言われた。
「もう寄付するもんないけどなぁ、あ、余ってる毛皮八枚?」
『ネリスティア王都教会では、所持金をすべて寄付してください』
「まじか。まあさっき売った毛皮のお金しか無いけど……」
栗栖はゲーム内マネーに対して特に執着は無かったので、教会に到着したらすぐに寄付した。今回は司教ではなく普通の神官が対応してくれたが、頭にはサンタ帽を被っていた。
「はい、5千万円」
「……? はい、たしかに寄付金、5000トルをお預かりしました」
そんな下らないやりとりで寄付を済ませ、栗栖とディナンは教会を出た。今回は特に変わったイベントなどが起きることも無かった。そして次はまたも商業ギルドに行くよう、マンジュウに案内される。
「しかし、何でまたわざわざ金の寄付だけで教会なんやろ。さっき一緒に寄付したらアカンかったんかな」
「もしかしたら、所持金をゼロにするのが目的かもしれませんよ。さっきの酒場、お酒を飲んでいけといわれましたけど、言われなかった場合は売却代金は持ったままでしょうし。ただそれなら先に酒場へ行った後に教会で寄付をすればいいので、他にもフラグが必要なのかもしれません」
「なるほどぉ」
栗栖はとりあえずそう頷いたが、あまり意味は分かっていなかった。何かしらゲーム的に必要な手順があるのだろう、ということだけは理解した。マンジュウにただ遊ばれているだけでないのなら、それでいいと思った。
「じゃあ、今からもう一回商業ギルドに行くんも、なんか意味あるんやろね」
そう思って、複雑な手順を攻略サイトから導き出し、丁寧に案内してくれるマンジュウを少しだけ見直した。
『商業ギルドに到着したら、受付に【工房を買いたい】と伝えてください』
栗栖は膝から崩れ落ちた。商業ギルドのロビーで、周りの商人NPCたちが変なものを見るような目で栗栖を見ているが、それにかまう余裕はなかった。
「なん……なんで……?! 今、たった今見直したとこやん! なんでそんな酷いこと言うん?!」
『商業ギルドの受付で、【工房を買いたい】と伝えてください』
マンジュウは無慈悲だった。そしてとうとう、栗栖は泣いた。ゲーム内では喜怒哀楽の感情がやや大げさに表示されるので、栗栖のキャラクターは滂沱の涙を流して崩れ落ちていた。ピンク髪の豹耳で三本ヒゲの、胡散臭い青年が泣き崩れる姿は、有り体にいって気持ち悪かった。
「無一文で……! 無一文で……!」
だが栗栖からするとそれどころではない。あれだけ無理を言って断られ、これ以上ゴネるなら衛兵を呼ぶとまで言われたのに、わざわざ所持金を空にしてもう一度買わせてくれと頼むなんて、ヤクザだってそんな交渉しないだろう。そもそも所持金がゼロなのにどうやって買うのか。
「う゛ぅぅ~~~……!!」
そしてそんな姿を見て、ディナンは気配を消して一歩下がった。関係者だと思われたくない、保身からの本能的な行動だった。
ディナンとしては、ゲームのロールプレイなのだからそこまで重く考えなくてもいいのではないか……というのが正直な意見だ。これはゲームなので、やろうと思えば住人の虐殺だって、強盗だってできる。そしてゲーム内で犯罪者になろうとも、現実には何ら影響はないのだ。
ただ、ではディナンが同じ状況なら気にせずに受付へ直行したかというと、そうではない。きっとディナンが栗栖の立場なら、もっと早いうちに諦めていたからだ。
けれど栗栖は諦めなかった。わけのわからないAIのオペレーションに従いわけのわからないことをやり続けた。そして今回も、ひとしきり嘆いた後、ふらふらと受付へと向かった。




