柴田と圭子の話
その日、いつも通りに、定時で会社から帰宅した圭子、柴田は毎日残業をして帰宅してくる。彼女は早速食事の用意を始めた。
「お風呂は沸いているわ」圭子がいつも通りの口調で言った。
「ありがとう」柴田の口調もいつも通りだ。
柴田はバスタオルを首に巻き付け、いつも通りの格好でバスルームに向かっていった。
柴田の風呂の時間は20分間だ、男にしては長いような気がする。この間に食事の準備を済ませ、彼が風呂を上がって食卓に着くのを待った。大体は買ってきた惣菜だ。準備に手間は取らない。それを彼はおいしいと言って食べるのだから問題はあるまい。彼女はそう思っている。
風呂から上がって食卓についた柴田は
「いただきます」早口で一言、いつも通りに言ってから食事を始めた。
圭子は食事を始める前に先日、美千代との会話で感じたことを柴田に話し始めた。彼が子供と言う言葉にどんな反応を示すか見てみたかった。
「あなた、私達もそろそろ子どものことを真剣に考えない、子供をどうするかなんて二人で真剣に話したことがないじゃない?」圭子はひさびさに柴田の目を真直ぐに、真剣に見て言った。
「子供」柴田は驚きを超えて、なにかあきれた様な表情で圭子を見つめ、箸を止めた。
「僕らには子供は必要ないだろう。それは君も感じている事だと思っていたけど」
彼は止めた箸を再び動かし始めた。
その言葉に圭子は少し悲しみを感じた。思った以上に彼は平然としている。
「でも、経済的にも少し余裕はあるしそろそろ考えなきゃ・・・」ささやくように小さな声で言ったが、柴田は相変わらず興味なさそうな表情で言った。
「そういう問題じゃなく・・・」と彼は言った。
部屋はいつもより暗く感じられた。彼の平然とした態度、それが圭子を妙に攻撃的にさせた。
「私は子供が欲しいわ」
そう言いながら、自分の言った言葉に恐怖を感じた。
柴田は無言のまま食事を続けた。
圭子は何か妙に時間の経つのが遅いような気がした。時間が止まっているような感覚にも襲われた。
「子供を育てていくことによって二人の結びつきが強まるものだとも思うわ」
彼女は本当に自分が子供を欲しがっているとは思っていなかった。ただ自分があのとき、子供という言葉にショックを受けた自分の気持ちを柴田にぶつけているだけだった。彼が同じようなショックを感じるのか。
「僕らみたいな年齢で結婚した夫婦は子供を必要としないコンパクトな生活をすべきだ、子供ができたらこのマンションも引っ越さなければならない、教育費も掛かる、その分、貯蓄に回したほうが生活は安定するんだ。そしていずれ家を建てよう」。
柴田は圭子を諭すように言った。彼女は彼の貯蓄の目的が本当は別な処にあるのを知っていた。彼女には理解できなかった。貯金、あるかないか分からない明日、将来のために何故お金を貯めるのか、しかしそれ以上何も言わなかった。
相変わらず柴田は買ってきた惣菜をおいしいと言って食べている。中にはインスタントも混じっている。彼女は自分で作る気はなかった。ないというより起きない。彼に作ってあげようという気にはならなかった。もっといえば彼女はカレーしか作れなかった。
食事の後圭子はTVを観ていたが柴田はいつも通り本を読み始めた。
そして„いつも通り″の一日、何もない一日が過ぎた。




