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恋愛不信  作者: あきら
3/13

圭子の話

 ある日の日曜だった。彼女は一人で買い物に出かけていた。一人で出かけるのは特別な事では無い。むしろ外出は別々なことが多い。柴田は近所の本屋へ、圭子は街へ買い物。そんな休日の過ごし方に、何の疑問も抱いてはいなかった。その日の空は鉛色の雲が空一面を覆っていた。そこから落ちてくる雪が、白いとは、とても思えなかった。その厚く濁った雲の切れ間から、力ない光がキラキラ差し込んで来てはいる。季節はもう冬だった。しかしまだ雪はない。最近は、季節がずれ込んでしまったかの様に、冬の到来が遅く感じられた。

 彼女は買い物を済ませると、いつもの喫茶店で、コーヒーを飲むことにした。そこの店のコーヒーは、非常においしいと評判だ。

 しかし圭子にはその味が理解できなかった。店に入って店内を見渡すと柔らかな印象が目に映る。

穏やかな音楽も胸に心地よかった。店内の様相が彼女にフイットした。

 彼女にとって、柴田と一緒に住む部屋よりも居心地が良かった。

彼女は外が見えるいつもの席についた。コーヒーを注文すると、目つきの悪い女店員が

「本日のおすすめはブラジルです」

 一瞬迷ったが、やはりいつもの飲みなれたブレンドを注文する。ゆっくりと足を組みなおし、圭子は壁にかかっている絵を見た。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」彼女は知らなかった。絵を見つめても特に何も思わなかった。しばらく待つと、目つきの悪い女店員がコーヒーを運んできた。

「お砂糖はご自由にお使いください」

 そう言ってコーヒーをテーブルに置いていった。

 圭子は茶色く枯れてかすれた外の景色をみながらゆっくりとコーヒーを飲んだ。ただ苦く感じたが、これがおいしいコーヒーだと言い聞かせるように飲んだ。外では枯れてかすれた裸の並木が風に揺れている。それを眺めながら柴田の事を考えた。「何をしているのだろうか」少し気になったが考えないことにした。何故なら彼も自分を考えてはいない。

 道路には家族ずれが歩いていた。時計をみると3時を過ぎている。

 まだ大丈夫だろう。何となくそう思いつつ外の並木を見つめてコーヒーを飲んだ。やはり苦い。しばらくすると、はでな帽子をかぶり、この寒い季節に合わない赤く短いスカート、売れない女優が私は女優、そう自己主張するかのように女が歩いてきた。

 よくみると見慣れた顔。会社の美千代だ。圭子が何げなく美千代に向かって手を振ると、彼女が店に入ってきた。美千代は圭子の向かいに腰を掛け、圭子に挑戦するように細く長い足を組んでみせた。その足を見た男はドキッとするに違いない。しかしこの季節にその短いスカート、寒くはないのかと圭子は不安に思ったが、黙っていた。

 圭子はコーヒーを口に運びながら、

「一人なの?」と問い詰めるような口調で聞いた。

「主人が子供を連れて遊園地に行ってくれたから久々に独身貴族ってやつ。圭子も一人なの」。

そういうと目つきの悪い女店員を追い払うようにコーヒーを注文した。

「うちは休みの日はだいたい別々」。

 圭子はカップをテーブルに置き、少し間を置いてから寂し気に答えた。何となく美千代が羨ましく感じた。

「いいわね、そのうち子供ができるとそうともいかなくなるわ」。

 彼女は独り言のように言った。圭子は子供という言葉を聞いてどきりとした。彼女は子供という言葉にこんなに反応した自分に驚いた。

「そんなものかしら。お宅は結婚して何年目で子供ができたの」

 圭子はその気持を美千代に見破られないように、平然と訊ねた。

「いいえ、うちは子供ができたから結婚したの。できなかったら別れているところだったかもしれない。主人に逃げられないように子供を作ったって訳。圭子は結婚しても仕事を続けているけど、子供ができたらどうするの」。美千代は言った。

 彼女は直美の話から、今回の圭子の結婚というものがどういう手順を取ったものか知っていた。内心、圭子の結婚生活は長くは続かないと読んでいた。

「わからないわ」圭子は実際考えてみたこともなかった。

 美千代は運ばれてきたコーヒーカップに口をつけて驚いた。

「あら、おいしい。このコーヒーおいしいわ」。

「へー、あなたコーヒーの味判る。ここのコーヒーおいしいって評判なのよ」。

「すごくコクを感じる。深みがあってすごくおいしいわ。圭子は感じない」

「あなたのように、一口飲んで驚きはしなかったわ」

 圭子は少し悔しそうに美千代をみつめ、そして話題を変えようとわざと聞いた。

「ずいぶんと若作りなかっこうしているけれど、どこに行こうとしていたの」

 美千代は四十台半ばだったはずである。

「街に買い物に行こうとしていたの。給料も出たじゃない」

 美千代は妖し気に答えた。

 その格好で本当に買い物なのだろうか、圭子は疑った。

「あら、邪魔しちゃったかしら」圭子は別に気にも留めずに言った。

「いいわ、あたしが自分で入ってきたんだから」

 美千代が答えると、店内に静かにビートルズのイエスタデイが流れ始めた。美千代が何か話していたが、圭子は彼女の顔を何げなく見つつ曲を聴いていた。

 彼女の話が途切れ、我に返った圭子が彼女に聞いた。

「あなた、喫茶店はよく行くの」

「だから子供ができるとそれどころじゃないの」

 彼女は諦めた様に言うと、壁に掛かっている絵を見つめ

「素敵」一言いった。

 そしてコクがあって深みの感じるコーヒーを一気に飲み干して店を出ていった。


 圭子は冷えたコーヒーを飲みながら「子供」という言葉を聞いてショックを感じた自分に思いを巡らしていた。

 子供のことは今まで考えたことはなかった。二人で真剣に話し合ったこともなかった。彼が本当に自分を愛しているのか、では自分はどうなのだろうか、彼女はとても孤独だった。

 圭子は店を出るとタクシーを止めた。行き先を告げるとひげ面の運転手は少し嫌な顔をしたが、圭子は特に気にもしなかった。いつものことだ。タクシーを降りてマンションへ向かおうとすると、保育園の子供たちが列を作って歩いている。どれもかわいい。彼女は思わず「あの中から‶イッピキ〟さらって自分のものにしたい」。そんな欲求にかられた。



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